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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり


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24/74

幼稚園児だって男なんです

 試合が1週間後に迫り、ジム内は益々活気づいている。張り詰めた空気の中、激しい声が飛び、切れのいいミット音が響いている。


 亮は通気性の悪いスポーツウェアを着こんで、ヤマさんのミットめがけて、パンチを叩きこんでいた。

 連日の絞り込みで、さすがに出る汗は減ってきている。もともと減量には、それほど苦労するタイプではないが、さすがに絞り切られた体からは、あと500gであってもなかなか落ちない。


「よーし、今日はここまで」

 伝次郎の声とともに激も音も止み、ジム内にホッとした空気が広がった。


 亮はタオルで汗を拭いながら、黙って練習を見つめていた子供たちと美貴へと近づいていった。

 毎週末ジムに通い、はしゃぎあっているユイと拓也だが、試合が決まってからは張り詰めたジムの空気を感じ、練習中は黙って食い入るように見ているようになっていた。


 そんな2人も練習が終わったと同時に動き出した。

 ユイが「タッくん、パンチパンチしよう」と言い、サンドバッグのほうへ駆け出していき、拓也が嬉しそうに後を追いかけていった。

 駈け出す2人を微笑みながら見送った亮は美貴に、「美貴さん、今日も送りますから」と声をかけた。


 美貴も毎週末、拓也の付き添いをするうちに、すっかりジムになじんでいる。また、ちょくちょく顔を出してくれる商店街の人たちとも、楽し気に話しをかわしていた。

 いつしかみんなの呼び方も〝植村さん〟から〝美貴さん〟に変わっていた。


「いつも悪いわね、亮くん。練習で疲れているのに……」

「悪くなんて、全然。むしろ好きでやっているんですから。ほら、美貴さんやタッくんと歩きながら話していると楽しいし、いい気分転換になるんですよ」

「それならよかった」

 美貴は亮へと顔を向けて微笑んだ。


「キャー!」

 突然、ユイの甲高い悲鳴が響き渡った。


「どうした?」

 亮が声を張り上げると、ユイは棚にある2人専用のかわいいグローブの上を指差し、「クモ……クモがいる」と涙声で言った。

 いつもは拓也の前を立ち進んで何でもするユイが、この時は小さな拓也の後ろで縮こまっている。


「タックくん! ユイちゃん、クモがダメだからどかしてあげて」

 亮が声をかけたが、拓也はクモを見つめ固まっている。

「タッくんも虫だめなの」美貴は苦笑いしながら言うと、2人の元に――亮は美貴の腕を掴んだ。

 美貴が振り向き、視線を向けてくると、前を見つめたまま、首を横に振った。


 亮の視線の先には、目に涙を浮かべながらも歯をくいしばり、一歩前へと進みでる拓也の横顔がある。

 拓也はグローブを掴もうと手を出すが、直前で止まり、なかなか掴むことが出来ないでいる。


 美貴が再び歩きだそうとするが、亮は腕を放さなかった。美貴は一瞬、振り返ったが、黙って視線を戻した。


 後片付けをしていた奈津子も、ひと息ついていたはずのヤマさんも、ジムの奥へと行こうとしていた伝次郎も動きを止めている。

 息をつめながら見守っているのか、物音ひとつ聞えてこない。


 恐怖と緊張からか、体を強張らせている拓也が、必死に腕を伸ばしている。


 もう少しだ!――亮は胸の中で叫んだ。


 拓也の腕がいっぱいに伸び、そして、グローブを掴み上げた。少し震えて見えるその手をユイから遠ざけ、上から下へと振り下ろした。

 床に落ちた黒く小さな物体が、サササッと逃げていく。


 クモにとったら、その方向が悪かった。

 ヤマさんが、素早い足さばきで踏みつぶした。


「ユイちゃん、大丈夫?」

 ユイに向けた拓也の顔は、涙で目を潤ませながらも誇らしい〝男〟の顔になっている。

「ありがとう」

 笑顔でお礼を言うユイに、拓也はうなずきで応えた。

 その顔はいつもの笑顔に変わっていた。それを見たみんながほほを緩めて動き出している。


「タッくん、すごいじゃないか」

 亮が声をかけると、

「だって、あっくんがいってたもん。おんなのこは〝やさしく〟まもってあげなくちゃだめだって」

 拓也が胸を張っている。


「あの子……あんなに成長しているんだ。親子2人だからどうしても甘やかしちゃって、すぐに何でもしてあげちゃってた。本当に甘えん坊で……でも、ちゃんと成長している。強くて優しい子になってる」

 涙で少しにじんだ目で見つめながら、美貴が言葉をもらしている。

 そして、亮へと顔を向け、

「本当はボクシングって恐いし、危ないし、見るだけならいいけど、あの子がジムに行きたいって言った時には心配で、内心不安でいっぱいだったの。でも、よかった。みなさんのおかげです。本当にありがとう」

「やめてください。俺たちのほうこそ、美貴さんとタッくんが来てくれて楽しいんです」

 もっと言いたいこともあったが、何だか恥ずかしくなってきてしまった。

 だから、亮は「着替えてきますんで」と言いながら、奥へと向かおうとした。


 その時、背後から聞こえてきた言葉が、胸を打った。

「私も、あなたにワクワクさせてもらっています」

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