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卜部くんとつれづれならぬ日々  作者: 土倉ミクロ
1 糴州螺連続殺人事件
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Chapter4:ぼくらはころしや⑬

一章完結です

「一〇分くらいで来てくれるそうっす」


 携帯電話を耳から外し、僕はそう報告した。視線の先では黒川が横島の死体をいじって遊んでいた。少しだけ手を止めて「うん」と言うと再び死体いじりを再開する。


 電話の相手はよく世話になっている掃除業者だった。


 横島が使えないときにはこの業者に仕事を依頼し、事後処理を任せていた。何十回と使ったことがあるわけではないが、最初に「卜部っすけど」と一言伝えれば用件が伝わったのも同然の仲である。


 掃除業者は後片付け、証拠隠蔽のプロだ。お金さえ払えば誰の死体だろうと、原型のない死体だろうとどこか誰にも見つからない場所へ捨ててくれる。現場には人が死んだという事実自体を消し去るかのように何も残らない。信頼の置ける業者だった。


「で、どこの誰を殺したんです?」


 声馴染みの業者は挨拶のようにそう訊ねてきた。軟派な感じのする軽快な口調だ。

お互い顔を合わせたことはないので、こっちは勝手に電話の向こうの相手が金髪でアクセサリーを鳴らす若い男だと想像している。しゃべり方少し巻き舌気味で、タバコをくわえ、女の尻を揉み、片手間に電話をしているような姿が僕の頭に勝手に浮かぶ。大方間違ってないだろうと勝手に思っていた。


「横島警部」


 どこの誰を殺したという情報は教える必要はないのだが、横島警部はそこそこ有名人であるから結局はばれてしまう。それならば今ここで言ったところで誰かの首が飛ぶわけでもない。


「うはっ。大物ですね」


 興奮した高い声が返ってきた。


「まあ殺したってよりは、死んだって良い方の方が正しいかも知れないっすね」

「は? どういういこと?」

「いや、何でもないっす。それよりどれくらいで来れそうっすか?」

「一〇分くらいですかねえ」


 場所はもう伝えてある。僕は暗がりに仄かに浮かぶ腕時計を見た。青白く光った文字盤は午前一時を示していた。恐ろしいことにここに来てから五時間近く経っていた。


 業者との会話を思い出しつつ「早く帰らないと」と思う。今何時なのかを知って途端に眠気が襲ってきたというのもあるし、今から一〇分くらいでこの場所に来るということは業者は割と近くにいる。仕事上は仲がいいが、実際に会っても仲良くできるか、と聞かれたら正直なところ頷けない。あまり自分とはソリが合わなさそうな人格に思えた。


 自分のやるべきことを全て終えると、思い出したように寒気を感じた。風が襟元に忍び込んでくる。手を擦り合わせてみるが気休めにも鳴らず、体は震えだした。業者が来る来ないにかかわらず、ここに長居をしていれば風邪を引いてしまう。


「黒川さん、帰りましょう」


 横島の頭に空いた空洞を、望遠鏡ながらに覗き込む黒川の肩を叩く。


「えー」


 公園を去りたがらない子どものようだ。


 と、僕が手を載せたのは反対の肩に手を載せる者があった。緑川だった。彼は例によって一言も言葉を発さなかったが、瓶底眼鏡の奥は「早く帰りたい」と訴えていた。見れば彼も寒そうな恰好をしている。パーカーもジャージも夏物なのか、随分と薄手に見えた。


「あと一〇分だけ観察させて」

「一〇分したら掃除屋が来るっす」


 会いたくないのだ。彼らが来る前に店に戻りたいし、何より寒い。しかし黒川は横島の側を離れない。相棒が死んだ事実を受け入れられず悲しみに暮れる男、という構図にも見えるが、むしろ逆だ。相棒が死んだ事実を受け入れて喜びにくれる男。「行くっすよ」「あと少し」互いに押し合うだけの会話は埒が明かないので、僕は手にしていた懐中電灯を切った。途端に横島の死体は消え、黒い布で覆われたかのようにあたりは真っ暗になる。


「ちょっと、見えないよー」


 黒川の声が聞こえる。声の方向に手を伸ばし、手探りで黒川の襟首を掴んだ。強引に引き摺る。


「ちょっ……待って苦しい」


 本当なら髪の毛でも引っ張ってやりたいが、整髪剤で撫でつけられたオールバックヘアは掴みにくい。仕方なくソリでも引き摺るかのごとく後ろ襟を引っ張った。


 ずるずると砂利を擦る音の後ろを静かな足音がついてくる。注意していないと消えてしまいそうなほど小さな足音だった。緑川のものだとわかる。足音が小さいというのは殺し屋や暗殺者として優れものだろうかと思うが、荷物運びを手伝わないのはコンビニ店員として優れているとは思えない。


「緑川、手伝ってくれよ。黒川さん重いんだ」

「僕、重くないよ」


 何も言わず、ぬっ、と僕のすぐ横に緑川が顔を覗かせた。彼は自分の懐中電灯を点ける。瓶底眼鏡を掛けた色白の顔が目の前に広がった。何も言わず、何にも思っていないようなマネキン人形じみた平坦な顔でしばらくこちらをを凝視した。


「な…なんだよ」


 昔見たホラー映画にこういうキャラクターがいたような気がして少し気味が悪くなった。彼は襟ではなく、黒川の腕を掴んで引き摺った。


「私は」


 初めて緑川の声を聞いた。意外にも高く澄んだ声だ。しかし表情と同様に平坦で、業務連絡を聞いているような気分になる。


「先輩だぞ。先輩に指図するのはどうかと思う。呼び捨てにするのも」


 声は一本調子だったが、少し怒っているような言い方だった。何を言われても黙りだった緑川が怒ったことも意外だったが、上下関係を気にすることも意外だった。


「緑川さん」


 さん、を強調して言う。


「今僕らが引き摺ってるのは上司っすけどね」


 緑川はチラリと懐中電灯の光を黒川の顔に向けたが、何も言わなかった。


「緑川さんはつまり、アレなんすか?」

「アレ、とは?」

「ホームズ君」

「そうなるね」


 黒川直属の殺し屋だ。ホームズ君というのは全国に二二一人いる殺し屋達の総称で、殺し屋屋のルールを破った者を殺す役目を負っている。迅速かつ残忍に。ネットで迂闊な発言をした山村澄奈を殺したのも彼らだ。ホームズ君と黒川だ。


「いつも何も言わないし静かだから全然そんな役目だったとは思わなかったっす」

「素人の君にばれたらプロ失格だ」

「……それもそうっすね」


 声はどこまでも平坦で、機械で合成された音声を聞いているような気分になる。終始同じ顔同じ声色なので、緑川がどういう感情を持っているのかはまるでわからない。だが、黒川を引き摺る力が強くなった気がした。貧相な腕からは想像できない力だ。プロとしての意識を甘く見られたことに腹を立てているのか。引き摺り方が雑で強引だった。


 ひとまず工事現場から出て、二人は黒川の体を離した。支えを失った彼は間抜けにアスファルトへひっくり返る。その扱いは部下と上司の関係にはとうてい見えない。


「ところで黒川さん」

「なに?」


 したたかに打ちつけたらしい後頭部をさすりつつ黒川は顔を上げた。


「警部死んじゃいましたけど、これからどうするんすか?」

「うーん……まあそれはそうだよね」


 工事現場に転がっている警官の死体は掃除屋が綺麗さっぱり片付けてくれるだろうから心配はない。夜中の人気のない場所でのことだから目撃者もいないはずで、恐らく彼らは集団失踪扱いにでもされて終わる。どこを探しても死体が出てこないのだから、そもそも殺しの事実すら知り得ないだろう。


 問題は今後だ。殺し屋屋は少し横島に頼りすぎていた節はあった。隠蔽工作から情報提供資金援助など、警察の恩恵は大きかった。それが彼の死によって全て白紙に帰したのだ。今後あまりに大規模な仕事を持ちかけられた際引き受けるのが困難になってくる。


「まあでも警部の代わりなんていくらでも見つかるよ」


 あっけらかんと、まるで気にしてない様子で黒川は言う。


「要するに従順で少し心の歪んだ警官と仲良くなればいいわけだ」

「それはそうっすけど」

「じゃあ大丈夫。殺人鬼を何ヶ月も野放しにしてた糴州螺警察署だよ。そんな使える無能警官なんていくらでもいるって」


 明るい方へと歩き出した黒川の後を緑川は追った。彼らの足取りは軽くこれから先のことなど何も心配している様子はない。


 黒川を引き摺って動いたせいか、少し寒さを感じなくなっていた。背後で微かだが車のブレーキ音のようなものが聞こえた。続いて人の足音が幾つか聞こえてくる。恐らくは掃除屋が到着したのだろう。


 死にかけたのが遠い昔のように思えた。見殺しにしようとした黒川に恨みはない。物騒な世界に片足を突っ込んでいるのだから命の覚悟くらいはいつもしている。むしろ死の崖に半分以上体を乗りだしていた身は、何かしら新しい感動のようなものを覚えていた。


 黒川イズムの弊害か、僕は苦笑する。


 糴州螺ワンダー商店街のネオンへと消えていく黒川の背中を、僕は確かな足取りで追いかけた。


一応、これにて一章完結です。


二章を考えてはいますが、いつ構想が決まるか分からないので発表は糖分先になるかと思います!!

ここまで読んで下さった方々ありがとうございました!!

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