Chapter3:ヤクザの正しい仕留め方⑦
萩白組と荻臼組。
似たり寄ったりな漢字を持つ二つの組は、かたや弱小暴力団でかたや黒門会系暴力団。黒門会系とはいっても末端の末端も良いところで結局はどちらも弱小暴力団である。
ただでさえ名前の区別が付きにくいうえに、黒川が書いて寄越した手書きのメモは恐ろしく字が汚く、『1』丁目と『7』丁目の字の判別が付かなかった。組名がややこしければ、住所も不確か。ビルの前の表札は使い込まれて薄汚れていたから、真ん中の線がくっついているかいないかなどわかりっこない。
嫌な予感は当たった、ということだ。
「いいか、トベミネ」
沈んでいく太陽を見ながらぽつりとピースは呟いた。
九手川の土手に停めたオープンカーが、黒塗りの車体に夕日を浴びる。昼間見た血の様に赤い夕日だ。どこかで鳴いたカラスの声は、昼間不幸を謡ったあのカラスだろうか。今度は僕らたちの失敗を笑うかのような高い声だった。
シートに沈み込み、僕は「ああ」と一言返す。
「筋書きはこうヨ。萩白組マフィアと荻臼組マフィアは抗争ウォーの最中だったよ。
どっちも相手に兵隊ソルジャー送り込んだネ。そしたら運悪くどっちも全員メンバー死んだんダ。オーケー?」
「……オーケー」
ぼんやりと見やった土手で、子どもたちが駆け回っている。真冬だというのに半袖短パンで、手には水鉄砲。流石に水は入っていないが。想像の弾丸をバンバン撃ち合っていた。互いに食らったのか、大げさに呻きながら草むらの上に転がった。
「殺し屋には頭のよさ、重要ネ。咄嗟のことも頭を回して逃げ切るヨ」
ピースは目を細めて自らのこめかみを指でつついた。
あの時、手違いで全く別の組を一つ潰してしまったのだと気付くや否や、僕とピースはすぐさま事務所を後にし、萩白組へと向かった。
オープンカーごとビルの正面玄関へ突っ込み、遠慮はなしに手榴弾やRPGをぶちかましてビルもろともヤクザたちを蹴散らしたのがほんの一時間前のことだ。武器を惜しんでいる心の余裕も時間の余裕も二人にはなかったのだ。ピースは無我夢中でヤクザ数十人相手にまっこから挑みかかり、僕はそんな彼を盾のように使って次々出来上がるヤクザたちの死体を踏み歩いた。結局僕はまたしても無傷であり、ピースもピースで指や腕が筋肉痛になった以外に大きな怪我はなかった。彼らは武器以外の大きな損傷なく、東糴州螺の暴力団を二つ潰してしまったのである。
そうして本当の意味で仕事を完了した僕たちは、河川敷に車を停めてどっと疲労した身体を休めているところであった。
「……疲れたな」
コートをぎゅっと引き寄せ、ちらりと横目でピースを見やる。
「オーイェア。トベミネ大丈夫カ?」
柔らかいオープンカーのシートに身体を埋め、ピースは朱色の雲を眺めていた。半開きに空いた口からは白い息がふわりと浮く。疲れてはないが、少し休みたい。そんな雰囲気だった。
「まあ、俺はお前の後ろにひっついてただけだし」
「でもバット。今日人死に過ぎたね。オーバーキルだヨ」
「あれくらい慣れてるよ」
半分くらいは嘘だ。
くらいビルの中で嗅いだ火薬と血の臭い。
ありとあらゆるところに散らばった男たちの身体。
流石に焼き肉もハンバーグも当分は口が受け付けないだろう。家具よりも死体の方が多い現場に居合わせたのは僕とて初めての経験だった。今日一日でのピースの成果は六十人近い。死体にも慣れた頃だが、流石にあれだけ大量なのは少し気持ち悪くなる。見つける人間見つける人間を片っ端から穴だらけにしていった。おかげでピースの防弾トランクに嫌というほど詰め込まれていた武器弾薬の類はすっかりなくなっていた。
「トベミネ、殺し屋なりたい?」
「出来るならなりたくないな」
「殺しハ? 好き?」
「好きでじゃない。けど、こうして関わっている分嫌いにはなれない」
「オーイェア。好きじゃないなら殺し屋にはならない方がいいネ」
「殺しが好きじゃない奴の方が多いんだろ」
「よく勉強してるネ!」
「まあな」
「でもバット。そういう人は有名なれないヨ。ドブで小銭マネー稼ぐだけ。有名殺し屋になる人、みんな殺し好き。黒川さん有名ネ。アメリカでも人気ポピュラーだったヨ」
「そんなグロバールな殺し屋なのか、あの人」
「オフコース。拙者もマジリスペクトヨ。ファッキンリスペクトネ」
僕の知り合った殺し屋は、みんな仕事の話をする時は爛々と目を輝かせる。本気でこの仕事を愛していることが嫌というほど分かる。そしてそういう人間ほど腕が立ち、失敗することはまずない。殺し屋の世界も好きこそものの上手なれという理屈が支配するのだ。
「……あの言い訳、通じるかな」
「拙者はなかなかの言い訳だと思うネ」
とピースは言って、小さく舌打ちをする。
「間違えミステイク。言い訳じゃなくて、事実ヨ」
「そうだな」
意外と細かいところを気にする男だ。
「でも報復リベンジ怖いネ。黒門会、大きいヤクザマフィアでショ?」
「まあな。けど今回の依頼人は警部だし、何とか治めてくれるだろ。潰したのだって下っ端の下っ端だ。どうってことないよ」
殺し屋と親交があるくらいの横島なら、ヤクザとの関係があってもおかしくない。それなりの詫びを入れれば難なく手打ちになるだろう。僕がヤクザの殴り込みに怯えなくてもすむ。
半円になった夕日が九手川の水面を赤く染める。自然と昼間見た血の海が思い出された。冬の夕暮れというのも中々綺麗であった。
「帰るか、トベミネ」
白く息を吐き、ピースはハンドルを握った。半袖の腕が端から見れば実に寒そうだった。
「そうだな」
走り出せば冷たい風が身体に入り込んでくる。昼間よりも一層冷たい夜の風だ。もう完全な日の入りも間近。河原で遊んでいた子どもたちも、もういない。使い捨てられた水鉄砲だけが虚しく転がっている。
「帰りにラーメンでも食べようぜ」
と僕は小さく誘ってみる。熱いスープを悴んだ身体に染み込ませたかった。
「オーイェア。拙者は真っ赤な辛いラーメンが食べたいヨ!」
アクセルを踏み込むと同時にピースは口笛を一つ吹いた。
夏のビーチを彷彿とさせるようなロックが車のスピーカーから流れる。テンポのいい曲だ。ただの河川敷がホノルルの海岸に見えてきた。
僕らを乗せたオープンカーは草を巻き上げると、夕日に照らされた土手を駆け上がっていった。




