櫛と少女
孤独な城塞には未だに冷たい雨が打ち続けられている。
下松とヘンセイと、アリィ。
渋面の若者と褐色の大男、そして金髪の少女が顔を見合わせていた。
金髪の少女は纏った服の袖から櫛を取り出した。
少しサイズの大きい服故か、少女の行動に対して揺れる袖口や裾に下松は更に眉根を寄せた。
少女の服は上下一貫した白いワンピースだったが、それは清楚というよりは質素という印象を与える質感だった。
「それで?」
「ん? それでとは?」
「俺は芳本達の元へ向かわないといけないんだが」
「そうですね、賢明です」
「お前らが何の策も講じてないなら俺は出ていくぞ」
「策ですか」
「ああ、それともあの細身の男の拘束がお前らの策か?
だったらお前らの水準もたかが知れてるな」
下松は挑発的に笑うフリをした。
こんなものはフリだ、演技だ。
下松は先程自分を恥じたばかりだった。
疑問を持っていたにも関わらず騙されて罠にかかった自分を。
仲間を尽く死なせてしまった自分を。
山峰悟という存在に気付いてなかった自分を。
山峰に関しての思考をするだけで下松の頭の中に電流が走った。
下松は怒りがスパークしているのだと思った。
目の前では金髪の少女アリィが先程の櫛で毛を梳いている。
下松は行動を開始した。
「話し合いましょ……」
ヘンセイの言葉を無視してハイキックを繰り出す。
この体格差では下松のハイキックも胸に届かせるのが精一杯だ。
案の定、突き出した足は捕らえられた。
自動ドアにでも挟まれたような圧力を感じる。
だが蹴りを繰り出した目的は始めから蹴る事自体にはない。
下松は蹴りの際の勢いをそのままにして体を半回転させた。
掴まれた右足と逆、左足で小さく跳躍し、次いで左手のククリナイフで足を掴む腕を切り飛ばした。
「おおっ」
「体格だけで勝てると思ったら大間違いだ」
「これはすごいっ!」
ヘンセイは声を上げた。
それは悲鳴ではなく、どちらかといえば歓喜の声だった。
ズレたサングラスからはやはり煌いた目が窺える。
下松は益々顔をしかめた。
ヘンセイは片腕を失った、だが慇懃な態度は毛ども消えていない。
サイボーグというのは伊達でも無いのだろうか。
そう思った矢先、腕に熱いものを感じた。
木製の櫛が、腕を貫通していた。
「特別製よっ」
アリィの声が聞こえた。
しかし、下松にその姿を捉える事は出来なかった。
ククリナイフをしっかりと構える。
腕の激痛はかなりのものだったが下松には何度も経験のある痛みだった。
前進してきたヘンセイを蹴り飛ばし、沈黙したのを確認する。
アリィは居ない。
雨打つ窓からは垂れ込めた厚い灰色の雲が覗いていた。
遠くで雷が轟いた。




