竜宮城の月~竜宮城の姫は孤独を知らない。
竜宮の姫は孤独を知らない
私は竜宮城に住んでいる、唯一の人間だ。
容姿が良いから、若さがあるから、そんな理由で。
幾年に一度来る人間と戯れ、時間を封じ込めて玉手箱を渡す。
私は善意で、悪意なんかなく、「絶対に玉手箱を開けないでください」と、「地上に持ち帰れる唯一の贈り物です」と言って渡しています。
お客人が地上に帰って何週間か経った後に、玉手箱に封じ込めていた時間が本人に返っていくのが感じられます。
私はとても複雑な気分で送り出していて、帰り際に無理に笑っているのを悟られないように、鏡面で出来ている竜宮城の入り口で、自分の表情を確認しているのです。
そんな私は、玉手箱を作っている竜宮城の姫巫女にして、唯一の人間。
玉手箱は外界から来た人間に使用しなければいけない、時間を凍結する神の力、来客の時間を固めて玉手箱に封じ込める、竜宮城の約束事でした。
竜宮城の姫巫女である私にはその力が使える、竜は言いました「生涯の伴侶に定めた相手には、九苦留の秘術を使って永遠を共に生きても良い。」と。
私に寿命はない、時間を永遠に引き延ばしているから。
来客してきた人に同じことを施していいのか、わからない。
それってとっても身勝手なことじゃないのかな。
永遠に引き延ばされた時間を生きる人間は、いつか、竜になるそうだけれど。
竜宮城の寝台で横になっていた私は、泳いできた魚の家臣を一瞥して、起き上がる。
「どうかしたの?」眠たそうに私は尋ねる、浮かぶ魚は答えるだろう「ヒトが使いに乗って舞い降りてきます、明日の昼頃です。」私は寝台から降りる。
海の中で貴族の衣装を着た姫巫女が立っている、なかなか、美しくて見惚れてしまう、これは私なのだけれどね。
こんなに美しいというのに、なぜ私は普遍的な女の子にはなれないのか。
「伴侶なんて、見つかるのかしら。」そう呟く私に、家臣の魚は「美しきあなた様に釣り合うものは中々居ませぬ。」と申した。
魚を軽く撫でると、動かなくなった。屍が天井に浮き上がる。
「そう...」
どれだけお相手が美しくたって、こんな場所に連れてこられて、永遠を共に暮らせだなんて言われたら私は拒否するけど。
初めましての殿方と会話は弾まないし、中々難しいものよ。
そんな事を軽く考えながら、眠りについてしまった。
竜宮城の朝は、スポットライトが当たったように、少しばかりの淡い陽光が差す姫の眠る棺桶で目が覚める。
毎日体感しているように、どれだけ淡い日光が降り注いでいて時間がわかると言っても、棺の中の睡眠というものは起きた時の体の痺れから察するに、眠り心地は余り良いものでないのだろう。
起き上がった私を見下げているリュウグウノツカイ、その名は確か。
「いつもご苦労様、アクラ王子...だったよね?」
私の周りを一周泳ぎ、ひらひらと尾ひれを靡かせている。
「鈴蘭姫がお相手する殿方をご用意いたしますれば...私の任は終幕となりまする...」
リュウグウノツカイの使い、この竜宮城では竜宮の使い。
その使いはいつも通り、現世から一人の男性を連れてきた「こちらの姫様を今日一日、御相手なりますれば、龍の神様もお喜びになりまするとも。」 長い胴体に隠れていた男性にそう言って、使いは私に近寄る。
私は使いに耳打ちした。
「時間はあなたから頂くつもりはないの、だって、必要ないし必要でしょ?感謝しているから、お礼のつもりでね。」使いはそれを聞いて、「ありがたい、私は幸せ者だなあ」と言いながら、泳いで去っていった。
男性は隠れ蓑であるリュウグウノツカイがいなくなり、あたふたしていた。
私は竜の羽衣を脱ぎ捨てて、尋ねた。「貴方、お名前はなんていうの?」
男性は少し困惑しつつ、答えた。
「浦島だ。お前は、人を喰う化け物か。」
化け物、彼はそう言った。
私は綺麗な姫巫女だ、それを獣を見るような、そんな目で見てくるのだ。
「私は人間です、魚じゃないんですよ。」
彼の表情は変わらなかった。
「あの魚達と連むお姫様何ぞ、閻魔の御前にいるようなものだろうが。お前は自分を何と心得ているのだ?」
私の想定した殿方と違う。「困ったな...」
私の時間を操る秘法は触れないと使えない、時間を奪うことができない。
「私は、確かに人とは違う化け物です。
それは、ものの数秒で貴方を意思なき肉塊にできるほどのものです。
それが分かるなら、今日はお引き取りください...」
男性は、怒り出した。
訳がわからなかった、なぜ怒るのか、理解ができない。
「俺は、人を喰うあのクソ野郎共に娘を喰われたんだ!
魚の形をした異形の化け物だ!お前もそうだろう!
人の形をしていても、慈悲ある言葉を発せても、無慈悲な竜宮の使いなんだろう!」
殴りかかって来た青年を抱き抱えた私は、そっと亡骸を宙に葬る。
「何を仰っているのか、分かりません。
そんな事を、言われても。」
亡骸は掃除屋の蟹が食べてくれて、腐る前に骨になっていた。
「そういえば、骨の掃除をしないとな。
また、ため置きしてしまうところだわ。」
そんな独り言を呟いても、姫巫女には言葉は返らない。
窓から外に骨を放り出し、いつも通りの眠りにつく。
竜宮の姫は孤独を知らなかった。
「久しぶり、竜の姫巫女」
そう投げかけてきた、竜神様だ。
目覚めたら竜神様のお屋敷だった、知らぬ間に、眠っている間に転移させられていた。
「何用で御座いますか、竜神様。」
竜神様は、片目を閉じてこう言った。
「竜宮城を其方に任せて、数百年は経ったね。
君の力で死にゆく者たちの魂は、私の力となっている。
君の願いは、未だに『永遠の命、孤独になりたくない』だよね。そうじゃなければ、竜宮城から出ているだろう。」
いつも、竜神様は勝手に決めつける。
私の自由を奪っていく、でも、願いを叶えてもらった神様に逆らうなんてできっこない。
「はい。
私は、永遠に生きていたい。
孤独なんて分かりたくないんです。」
私は、少し裕福な家庭で生まれた。
お仕事で疲れた両親の機嫌をいつも伺っていて、無邪気で子供なフリをしていたんだ。
それをしていたら、大人になりつつある私は見放されてしまった。
私は、普通の幸福が欲しかっただけなのに。
不貞腐れて海を眺めていたら、亀がいじめられていて、助けた私は拾われたんだ。
竜神様は私を見ている、何かを見透かすような瞳で。
「其方は、竜の秘法を手放したいの考えている。
それをしたいなら、竜宮城を出ると良いさ。」
竜神様は少し微笑んだ、純粋な微笑みだった。
「竜宮城から、出ても良いんですか?」
人差し指を掲げて、「ただ、今までの時間は返してもらうけどね。」
時間を返す、数百年の時が私に巡るのだ。
「わかりました、受け入れます。」
笑顔で見送られた、竜神様は昔から命に頓着がなかったな。
「じゃあ、今までお勤めご苦労様。
今度は、私のような竜に捕まる人生を歩むんじゃないよ。」
目覚めた瞬間、妙に身体が軽かった。
私はゆっくりと、竜宮城の入り口に向かう。
「今日は、景色が綺麗だな。」
外の景色を見たら、太陽の光が明るく見えた。
深海にある竜宮城には、太陽光は届くはずがないのに。
「竜宮城から出るなんて、考えたことなかったや。」
私は扉を開けて、海の中に飛び降りた。
意識は途切れた。
竜宮城の姫巫女は、深海の竜宮城の外で、淡い光の泡になって消滅したのだ。
普通の女の子になりたかったなあ、私は男だけれど




