混雪魂
久しぶりの投稿
ただのくたばり損ないの兎の話だ。
雪がチラチラ降り、人魂が舞う夜。
その夜の冥がりに妖しげな灯りが複数あった。
人の気配はしない、生きてる人間なんているわけがない、現世と幽世で分たれた狭間の地であるここに滅多に人は入ってこない。
居るのは飛蝗や蟋蟀、鈴虫や蜻蛉、兎や雀などの小さな生物の霊。
霊、と一言で言えば簡単なのだが、死後に意志を強く保ち存在できる事は稀なのだ。
上に羅列した生物たちは死後に意志を保つ事はできない、しかし本能や記憶を多少保ち漂っている場合はある。
それらの霊体は現世から幽世に渡る事が出来ず、狭間に落ちる。
その霊たちは共鳴し、一つの霊になろうと集まり固まる。
霊達は生物が模る理想的な形状を求めた。
兎を基礎に蟲や小鳥の羽や爪、複眼や脚力など。
小さな本能の集合体は意志を持ち、一つの不完全な妖と成る。
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「兎ノ轍一、夢貝蓮罰、荘間断廃、壊劣戦。」
妖怪となったばかりの兎は地獄へ向かう事にした、まず言葉がわからないし、鳴いても鳴き声のような、意味不明な騒音になるばかりで可愛げもない、兎は少し悲しかった。
幽世に渡る為に川を渡るのだが、まぁまず兎は飛んでみた。
飛び、向こう岸に届き着地した...はずなのに、飛ぶ前の地面に着地してしまっていた。
「群?砕冷杯米〜詩奈月。」
もう一度飛んで渡っても同じ事が起きたため泳いで渡る事にしたが、川に入ると魂が不安定になり、散り散りになりそうなのだ。
元は複数の魂から出来た兎な為、この川は弱点だ、この川の水がダメなのだろうか、入ると溶けていきそうだ。
「渡刃〜本毒武迦?」
川の向こう側に着地せず、岸のギリギリに飛び込み、一瞬で上がれば魂を保てる可能性に賭け、飛び込んだ。
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結果は成功だが……
蟲の羽は欠けてしまい、無くなってしまった。
「ま無...星河足亡何。」
巨大な蟲の魂が欠けたが、川に浸かり魂の奔流を浴びた事で人間の言葉を少し記憶した、言葉にはならないようだ。
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この兎が何故、地獄へ向かうか。
魂が不安定かつ、統率があまり取れていない。
統合していない魂は時間がたつと徐々に崩れ落ち、別の魂に分裂してしまう。
それの解決策として、ある妖怪を訪ねること。
地獄には、閻魔を模った妖怪が居る、それに魂を統合してもらい、一匹の妖怪として、新しい妖怪として生まれ落ちようとしている。
これは真の妖怪に成るための銀河から与えられる命令であり、妖怪が進化するための道筋。
妖怪は等しく与えられているのだ、世界から、神になるまでの案内を、それは平等であるが誰しもが貪欲に強さや力を求めるわけではない。
妖怪は人間の感情や死者の魂や感情の残留から生まれる、非観測生命体。
認識することが認識する条件、だが普段は認識することが出来ない、幽霊や魂も同じだ。
一度視てしまえば見て理解することが出来る存在であると同時に、一度も見ることが出来ない存在。
此奴は不完全かつ不安定だ。
生者のようで、死者のような。
妖怪は生死を超越しているが、この兎の魂は直ぐにでも消えてしまいそうな強度で保たれている。
魂を洗い流す川で崩壊してしまう程弱い存在が、地獄にたどり着けるのだろうか。
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「暑い....無ッ湯來蛇能...」
川を渡り、和風造りの階段をひたすら降りていくと気温が常識的な範囲内を超えているのか、蜃気楼があちらこちらに発生しているし、木々から煙が出ている個所もある。
意味不明な暑さに兎は大分困惑している、地獄の近くはこんな地獄絵図なのかと、地獄はもっと地獄絵図か...と少々気が滅入るところだ。
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「輪廻の入り口。
地獄遍、迷いを断ち切る刀の柄の塚。」
看板に書かれていた文言の意図は、まぁ予想はつく。
地獄は死者が次の生に辿り着くための道、生前の全てを浄化するための場所なのだろう。
遍、という字は魂として存在する限りは何度も通る道、どんな魂も必ず一度は。
ということか...
迷いを断ち切る刀の柄の塚、柄の塚があまり分からないが魂を一に戻す事に関係ある物なのだろう。
「此処は...人夜場所じゃない」
だが、通り過ぎようとした刹那。
刀は淡く点滅した。
「なんだ...?」
刀は答えない、光り輝くだけ。
兎は気になって握ってしまった、迷いを断ち切る刀の柄を。
兎の体は途端に光輝く。
「嗚雨...霊が分離していく。」
雀の霊は切り祓われた、兎との不安定な繋がりと接続を断ち斬られた。
本当は解放されたかった、自由に飛びたかった。
そんな思いが、迷いが、刀によって切り離された。
雀は迷いなく、空に飛んでいった、地獄から、旅立っていった。
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「魂が分離して行く度に、安定し、言語の発声ももたつかないな...そういうものか。」
兎は、兎を形成していた殆どの魂を失い、虫の力も羽も鳥の飛行能力や声帯変化の力を無くし、それでも地獄の閻魔を訪ねる。
閻魔はただ、石を積んでいた。
「閻魔が石を積んでいるなんて、生前は親不孝だったのか?」
重い腰を上げ、振り返った。
「やっと来たね、待ちくたびれたよ。」
「答えぬか、お前は不気味だな。」
閻魔は笑っていた、そう見えただけかもしれない、全てを見透かしているかのような瞳、口の運び。
全て諦めて、どうしようもなく笑ってしまうような、そんな表情だった。
「君はさ、雀や蟋蟀、飛蝗が居なくても、冷たくなれる?」
「冷たい......?私は兎。何が欠けたって、本質は変わらないさ。」
閻魔は笑った。
「ハハ...なら、いいや。此処を通って、地球にお行き。」
「あっさりだな、何を見極められたのか私にはあまり理解できない。」
「それで良いよ、行ってらっしゃい、雪兎。」
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閻魔に見送られ、私は地球にやってきた。
閻魔は何を見極めたのか、私にはわからない。
だが、妖怪として地球に現れることができた、これで人間から力を得て、神に近づくことが出来る。
雪の兎の神など、世界を冷たくすることしかできなさそうだ。




