第一話 死因、改善提案
俺が死んだのは、金曜日の午後十一時四十八分だった。
社内ではまだ木曜日という扱いだった。金曜の朝に提出する資料が終わっていなかったからだ。
「佐伯君、この数字、先月の資料と違うんだけど」
課長が俺の机に紙を置く。
「先月の方が間違っています」
「そういう話じゃない。先月と揃えて」
「間違った数字に?」
「柔軟に考えてよ」
俺は修正しなかった。
二時間後、役員会議で数字の誤りが発覚した。
課長は俺を指差した。
「佐伯の確認不足です」
「資料には修正箇所を記載しています」
「君ねえ、言い訳から入る癖を直しなさい」
理不尽だった。
だが、俺は内心で少しだけ笑っていた。
追い詰められると、頭が妙に冴える。
証拠のメールを印刷し、変更履歴を並べ、課長が間違いを知った時刻まで特定した。逃げ道を一つずつ塞いでいく作業が、正直、楽しい。
「課長。このメールで『間違った数字に揃えろ』と指示しましたよね」
「それは言葉の綾で……」
「では、ここの録音も確認しますか」
課長は黙った。
会議室の空気が変わる。
その瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
俺は机に手をつき、床へ崩れ落ちた。
最後に見たのは、課長の顔だった。
俺が倒れているのに、まだ資料を隠そうとしていた。
「そこは先に救急車だろ」
そう言いたかったが、声は出なかった。
*
目を覚ますと、石造りの部屋にいた。
机はない。
課長もいない。
頭上には巨大な水晶が浮かび、床の上を三匹のスライムが這っている。
《新しいダンジョンマスターを確認しました》
声が頭に響いた。
「説明を頼む」
《あなたは死亡し、異世界へ転生しました。この迷宮の管理者です》
「給料は?」
《ありません》
「休みは?」
《ありません》
「前職より条件が悪いな」
《ただし、ダンジョンの設備、人員、運営方針はすべてあなたが決定できます》
俺は水晶を見上げた。
「上司もいない?」
《いません》
「採用する」
《当ダンジョンには三日後、冒険者が到着します。侵入者の撃退に失敗すると、あなたは死亡します》
残り三日。
戦力はスライム三匹。
予算は五十ポイント。
部屋はこの一つだけ。
俺は口元を押さえた。
「そんな条件で守れと?」
《はい》
「いいね」
《いい、とは?》
「無茶な期限を押しつけられると、燃えるんだ」
三匹のスライムが、俺を見上げていた。
一匹は他の二匹より小さく、移動も遅い。
《スライムは侵入者を攻撃できます》
「攻撃力は?」
《一般成人の足止めに一匹あたり約二秒》
「全員で六秒か」
《はい》
「戦わせる場所を変える」
俺は床に膝をつき、石の配置を調べ始めた。
守るべき水晶は部屋の奥。
入り口は一つ。
天井は低い。
これなら、六秒でも仕事ができる。
《初期配置を変更しますか》
「まず質問だ。この部屋に侵入した冒険者は、必ず水晶を壊しに来るのか?」
《いいえ。宝を持ち帰れば、そこで撤退する者もいます》
「なら、宝を置こう」
《宝の生成にはポイントを消費します》
「一番安いのは?」
《銅貨一枚。一ポイントです》
「三日で五十ポイント。銅貨に使うのは一枚だけだな」
《それで冒険者は引き返すでしょうか》
「引き返させるんじゃない」
俺は入り口から水晶までの距離を測った。
「あと少しで手に入りそうだと思わせる」




