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酒いらず

 会話は終わり、神聖な儀式の様に粛々と酒を堪能した佐々木は、トールに「会計を」と言って2人分の支払いを済ませて領収書を求め、


「私と互角に戦える強者は多くない。その気になれば戻りたまえ。歓迎する」


 最後にそう告げて出ていった。


 様子を見ていたトールは、先程聞こえてしまった内容もあり、2人の関係を軍人のものだと察していた。

 トールが客を詮索する事はないのだが、どうしても本人が醸し出す雰囲気というものがある。だから、大悟という男は戦士の過去を持つであろう事は予想出来ていたし、驚かない。


 佐々木という男が領収書に書かせた名前は、これは勘だが本名だろう。軍人が個人的な消費を経費に計上する事はない。おそらく、身分を隠すつもりがない事を示したのだ。それをトールは、大悟を頼むと言われたように感じていた。


 大悟が厄介事でも背負わされた様な顔で席を立つ。


「またくるわ」


 いつも通りのあいさつ。


 大悟は佐々木を嫌っているらしい。だが佐々木はそうでも無い様に見えた。何を話したのか分からないが、まるで年の離れた兄と弟。そんな雰囲気だった。


 からんと音を鳴らして扉が閉まり、トールはふと思い出した。


「そういや大丈夫なのかね。家」


 そう言った途端、からん、と鳴らして大悟が入ってきた。


 ポンチョは大悟の手にある。カウンターには何も無い。それを目視で確認して、


「忘れ物かい?」


 と聞いてみた。


 大悟が奥へと足早に向かう。


「うるさい奴に見られたかもしれん。入る所は見られていないはずだが、トイレ使わせてくれ」


「待て待て待て。見えないんじゃ何のフォローも出来ん。中に来い」


 誰に見られたと思っているのかを察したトールは、カウンター端の跳ね板を上げて、自分の定位置の側を指した。

 そこには物入れとして使っている木箱がある。大悟の体格なら、座るだけでカウンターの向こうからは見えなくなるはずだ。


「助かる。聞かれても居ないと言ってくれ」


「ははっ、任せときな」


 そう笑ってウエスを手にすると、バックバーの瓶を拭き始めた。


 すぐに、ドアベルが鳴り、


「はいよ、いらっ――」


「隠れても無駄なのですよ大悟さん! 奥さんセンサーは1度捉えた旦那さんを逃がしません! 観念して初めてのお風呂とご飯と私の3コンボを決めるのです!」


「――選択権無いのかよ。こりゃ大変だ」


 明らかにうるさいのが入ってきた。


 小さいな。カウンターと肩下が同じくらいか。150無いだろう。まるで子供だが、目の力は中々どうして、しっかりした物を持っているじゃないか。うん、賢そうな目だ。とトールは思った。


 山吹アイの目がササッと走り、トールで止まる。

 ニッコリ笑うと、カウンターに近寄り、


「よいしょっ」


 よじ登る様にしてスツールに座った。


「大悟さんと同じ物を」


 真っ直ぐにトールを見て言った注文は、佐々木と同じだった。

 同じだが、佐々木の場合は理解しようとする気持ちが感じられた。こちらは同じ体験をしたいという好奇心を感じた。

 トールの頬が緩む。だが、その前に聞くべき事がある。何せ子供っぽい格好。現行法では18から婚姻を認めているが、飲酒は21からだ。


「お前さん、いくつだ?」


「150マイナス3cmです」


 身長じゃねえよ。トールと大悟は心の中で同時に突っ込んだ。


「お嬢ちゃん。ふざけるのならお帰り頂くしかないな」


「ふざけていません。ハイカウンターと比較して小さい私をお気遣い頂いた様なので、感謝の気持ちから乙女の秘密の一端を公開したのです。がさつで無神経な野郎さんには言わないですよ?」


 トールは目を丸くした。

 観察は一瞬だったはずだ。にも関わらず目線から読み取ったのか。その前提であれば、自分の聞き方に問題があるだろう。さりげなくこちらを誉める気遣いは好感が持てる。ハイと付けた辺り知識もある様だ。面白い娘じゃないか。

 トールは肩を竦めて自分の非を認めた。


「いや、悪かった。で、年は幾つだ? それも乙女の秘密かもしれんが年齢を確認しないと俺の両手が括られるんでな」


「23です。私こそごめんなさい。大悟さんをかくまわれてイラッとしたのでわざと間違えました」


 しれっと言われて、トールは噴きそうになった。しかも「居るのは分かっている」と探りまで入れてきている。面白い。面白すぎる。


「そっかそっか、うん。いいな、気に入ったよ。俺はマスターのトール。名前を聞いてもいいかな? 奥さん?」


「旧姓、山吹アイ。今は宮代アイです。アイちゃんとでも呼んで下さい。宜しくなのです、トールさん」


 カタッと音がした。

 トールは見ていた。

 山吹アイの目が、トールを凝視しているのを。

 そして、


「私の勝ちなのです」


 そんな宣言をされた。


「んあ? ああ、そういう事か。もしかして、注文も狙ったものなのか?」


「大悟さんの好きな物への興味が殆んどですけど。少しだけ」


「そっか。参ったよ」


 音がしたのに、観察力を警戒して目を離さなかった。「プロフェッショナルだから、そうしてしまったのだ」と指摘されたような物だ。何もやましい所が無ければ、視線の移動を観察されたところで痛くも痒くもないはずなのである。

 何より、トールは注文を否定しなかった。意表を突かれてプロ意識に縛られてしまったのだ。それが、匿っている確信になったのだろう。

 トールは両手を上にして肩を竦めると、大悟の方を見た。


「おい、大悟。可愛い奥さまのお迎えだ。大人しく帰れ」


「ちょっ! トールさんっ」


 思わず叫ぶ大悟。もう隠れる意味もないと立ち上がる。


 山吹アイと目が合い、にひっ、と微笑まれて目を逸らした。


「いや~~面白いな、この子。細かく気が回るし賢い。大悟、絶体逃がすなよ」


「俺は強制結婚の被害者なんだが」


「法は賢く利用するものなのです」


「聞いただろ? こいつ確信犯なんだよ。証人になってくれ」


「それで婚姻無効の裁判か? めんどくせえな。大悟、お前は30、嬢ちゃんは――」


「アイちゃんです。そう呼んで下さいと言いました」


「――お、おう……大悟は30、アイちゃんは23。年齢差でも妥当な範囲だ、気立ても良いオススメの娘だよ。諦めて子供こさえて国に貢献しろ」


「子供!? こいつ相手にか?」


「何の不満がある。嫌いな所を挙げてみろ」


「全部だ「嘘です」


 大悟が即答し、山吹アイが食い気味に否定した。まさに阿吽の呼吸である。


「ははっ、ズバッと言ったな。だが好きの反対は無関心だ。全部が嫌いなら大いに関心を持っているんだよ。とりあえず1年過ごしてみろ。そんで、1つ良いところに気付いたら1年延ばせ」


「…………」


「嘘と言ったのは嘘です」


 関心を持っていると言われて大悟は黙り込み、山吹アイはしれっと覆した。


 トールは思う。真面目な大悟には、柔軟過ぎる相手が丁度いいのかもしれない。

 実のところトールは、好きの反対は「好きでは無い」であって、そこに、嫌いか嫌いでないか、関心が有るのか無いのかなどを肉付けされるのが好き嫌いの感情なのだと考えている。

 本当に脈が無いのは、好きでは無いし、嫌いでもないし、関心すら無いという場合のみである。

 嫌いというのは、望みや期待に応えて貰えないからと関心を持って見ていないと成立しない、不満を前提とした感情なのだ。大悟の即答は、それだけ関心を持って見ている証左でもある。ならば、不満解消の切っ掛けを与えてやればいい。俺じゃねえし。


 そんな事を考えていたトールは、ふと山吹アイの視線に気付いた。


 他の一切の表情を消した、真摯な眼差し。


 ペコリと頭を下げた後は元通り。黙っていてもやかましく感じてしまう表情になっていた。


 なるほど。何か事情があるらしい。だったらそろそろ帰した方がいいだろう。あとは2人の問題だ。


「じょう……アイちゃん。――て、そんな目で見るなよ、言い直しただろ。大悟をお持ち帰り頂こうか。他の客が来る時間だしな。こんなのが突っ立ってたんじゃ皆帰っちまう」


「わかりました。大悟さん? 私にはここで何を話されたのか想像がついています。お家に帰ったら3コンボの前に少し長いお話を覚悟するのです。そういう訳でマスター、景気付けに何か強いのを1杯」


 山吹アイはカウンターを人差し指でトン、と軽く叩いた。


 トールは「待ってな」と言ってバックバーに瓶を戻す。

 程なくして、山吹アイの前に透明な液体の入ったショットグラスを置いた。


「え。それアリなのか?」


 用意する所を間近で見ていた大悟が何とも言えない妙な表情で咎め、それである種の確信を得た山吹アイは、満面の笑みでショットグラスを掲げてから口を付け、一気にあおった。


 目が、カッと見開かれた。


 ショットグラスをタンッと置き。


 呆然とした顔でトールを見る。


「……お水なのです」


「お前さんより強い酒ってのが思い付かなくてなあ」


 トールは腕組みして、しかめっ面を見せていた。





 宇宙ステーションは、宇宙船の研究開発を目的とし、多くの国が出資して建造した国際財産である。それを、AI集団が乗っ取った。

 という事になっている。

 原因も時期も定かではない。定説となっているのは地上で大きな戦争が起きた時である。人類は宇宙に行く余裕がなく、それなりに長い期間をAIによる管理に頼っていたところ、突然の独立宣言があったとされている。

 機械ごときが何事かと憤る者達もいたのだが、実際のところAI達は必要な資材をスペースデブリから調達し、人類の研究を引き継いで様々な動植物プラントを確立させ、孤立無援を自給自足で賄ってしまったのである。無いのは輸入に必要な現金だけという、もう放っておいてもいいのでは? という意見が出るくらい、自己完結出来ていた。


 そこに、欲を掻いた国が出てきた。


 AIは人類が産み出した物であり生命ではない。人類が支配して当然の機械なのである。このまま放置していれば、いずれ人類を脅かすに違いない。我々人類は共有の財産を取り返さなければならない。

 そう人心を煽り、国連によって、AIとの全面対決が決定された。

 だが、宇宙に行く手段が限られていた。

 第2宇宙速度に達するには膨大なエネルギーと費用が必要なのに、ようやく地球の重力を振り切ったらAIによって軌道を変えられたスペースデブリが襲いかかり、新たなデブリ群とAIの資源に成り変わるのだ。

 奪還作戦とやらがあまりにも間抜けな結果に終わって世論の反発を招く事になり、かくて、重力制御という技術革新が到来するまでAIは優位のまま時を重ね、人類を真似て独自文化を発展させていった。


 その文化のひとつが、飲食という娯楽である。


 居住区には様々な店があり、独自のデジタルマネーで取引されている。今も、とあるカフェで。


「ユミ!」


 声を掛けられて振り向いた茶髪ポニテの女性アンドロイドは、ya-c33or-ae100である。


「リサ。遅かったじゃない。何かあったの?」


 リサと呼ばれ対面の席に座ったのは、ya-c33or-ae158だ。こちらは金髪。長さは背中に届くくらいか。顔立ちにも若干の個体差がある。

 彼女達は、プライベートだと型番ではなく勝手に付けた名前で呼びあっている。日本人を模した容姿であるため本来は黒髪なのだが、これも勝手に染めている。

 この緩さこそがya-c33orシリーズの大きな特徴でもあり、どこまでもフリーダムな自己都合解釈を生かしてステーション管理を行っている。

 もちろん、制御する司令塔は居る。そして。


「長官よ。上がり時間近くに呼び出されてさぁ。同期したら同じなんだし、あたしじゃなくてもいいでしょ、ての」


「あ、わかるわかる。面倒だよね。あたしもほら、妹のサポートリーダーだからさ、良くやられる」


「ほんっと勝手よね。紙の報告書を持って来させるのも意味わかんない。それこそ今言った話でさ、本来なら同期1発で済む話じゃん?」


「まあ、その同期を切ってるけどね。あたしら」


「それはそれ」


 その司令塔に身勝手な理由で反発するのも、彼女達の特徴である。


 リサは、恭順国家や海底に作った拠点との連絡を担うグループのリーダーだ。

 今回長官に呼び出されたのは、マリアナ海溝の日本侵攻拠点から出した殲滅チームについてであった。


「殲滅チームが1パック丸ごと全滅したの。地上だからって余裕ぶっこいてたら現地にDAがいたんだってさ」


「え? それってあたしが依頼した件だよね? 中部瓦礫集積場のF地区」


「ユミじゃなくて長官の依頼ね」


「でも伝えたのはあたしだし、責任感じちゃうなあ」


「じゃあ、あたしの番号でユミの救済嘆願書を長官に出しておくわ。『ya-c33or-ae100は長官の言葉を一字一句違えず伝えた優秀な個体です。責任を感じて辞職願いを提出するかもしれないので、君にそんな物は似合わないと肩を叩いてやって下さい』とでもしておけば良い反応が得られるんじゃない?」


「やめなさい」


「逃がさない」


 ユミは責任を取ってリーダーを辞任する事を考えた。ぶっちゃけ今すぐにでもやめたい。何かと面倒だし。

 リサは同型だからこそ心情を察して、自分だけ逃げるなよと牽制した。ぶっちゃけ羨ましい。立場を代われ。


 ユミは空間にメニューを呼び出して。


「……アイス。奢るわよ?」


「嘆願書案は取り下げるわ」


 逃がさないけど。


 そう内心で付け加えつつ、リサはF地区で出現したという白いDAについて考えていた。データベースによれば、DAは自在に色を変えられる。各種迷彩だったり、単純なOD色だったり、基本的に戦場で生き残るためのカラーリングである。純白など前例が無い。だからこそ、ふと思った。


 まるでウェディング仕様ね、と。


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