18. 調べ物
婚約発表の式典の翌日から、ルアンリ邸には繋ぎを取りたい貴族たちからの手紙が続々と届き始めていた。そして十日ほど経った今でも引きも切らずに手紙やら招待状やらが送られてきている。その一通一通を確認しながらオスカーが渋い顔をした。
「うーん、別にリヴェラが王太子妃になったところで我が家が権力を持つわけじゃないんだけどな」
「まあ、権力はともかく王家と親密にはなりますからね。一概に的外れとも言えません」
「娘が冷静すぎて辛い……」
父が手紙を選別するのを手伝っていたリヴェラは、ふと見慣れた筆跡の手紙を発見して手を止めた。差出人はハリエット・スタッセン。それに続いてフレデリカからの手紙も発見する。
「お父様、私の友人からの手紙も混ざっているみたいなんですけど」
「ああ、今日届いたものを全部まとめて持ってきたからね。自分宛ての手紙も選別して持っていくといい」
相手は誰なのかとか余計なことを訊いてこない父で助かった。特にハリエットとは今世でまだ一度も接触していない間柄なので、関係を追及されると返事に困る。父の手伝いをササッとこなし、リヴェラは自分宛ての手紙を持って早々に自室へと引っ込んだ。
フレデリカからの手紙には、今度一緒にお茶をしないかという旨のお誘いが書かれていて純粋に嬉しかった。実はこういう普通の友達付き合いに飢えているリヴェラである。
そしてハリエットからの手紙には、例の懐中時計の修理で苦戦している現状が綴られていた。
『過去の文献を元に修復作業を進めているが、試行錯誤の末に酷い目に遭っている。こんなものを作れたルツィオーネは化け物じゃないのか。進捗としては、あと少しというところで行き詰まっている。圧倒的に情報が足りん。なにかヒントになりそうなものはないか』
完全にぼやきのような内容であったが、あと少しということは、かなりの部分の修復は終えたということだ。リヴェラは驚く。すでに失われた技術が使われているというあの精巧な時計があと少しで直せるとは、むしろハリエットのほうが化け物ではなかろうか。
それにしても、情報か。リヴェラは考え込んだ。錬金術に特化したあの研究所にすらない情報がそう簡単に手に入るとも思えないが、エレットではなくクーデルカにしかない情報というものもあるのかもしれない。
それに、こちらには王太子ギルバートという国家権力の権化がいるのだ。上手くいけば禁書の閲覧なんかもできる可能性があるし、多少の無理も押し通せるかもしれない。そんな悪役のごとき結論を下し、善は急げとばかりにリヴェラは自分付きの使用人を呼び出した。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「出かけるわ。テレサ、馬車を呼んでもらえる? それからカレン、あなたはちょっと私に付き合ってね」
「は、はいっ」
ちなみにカレンの処遇についてはすでにギルバート経由で国王陛下にも報告済みだ。彼女を保護することに関して最初は難色を示されたが、エレット王国で王女付きだったというカレンが提供した情報には、十分な信憑性と価値があった。そのためクーデルカ王国への忠誠と、今後も知っている情報を提供し続けることを条件に恩赦が下ることになったわけである。
本当は王宮メイドとしてそのまま王太子付きになっても良かったのだが、カレンが密偵として入り込んでいたように、王宮内は玉石混淆である。それならば使用人ひとりひとりに目が行き届くルアンリ邸のほうがまだマシだろうと、リヴェラが彼女を引き取ることになったのだった。
「あの、お嬢様。どちらへ行かれるのですか?」
馬車の手配をするため部屋からテレサが出ていったあと、リヴェラの支度を手伝いながらカレンがおずおずと尋ねてくる。普通の主従とは少し事情が違うため、距離感を測りかねているようだ。
だが、脅し半分でこちら側へと引き入れたのだ。怖がるなというほうが無理であろう。ここは地道に信頼関係を築き上げるしかない。
「考古学博物館よ。ちょっと調べたいことがあってね」
意外な行き先だったのか、カレンが目をぱちくりさせる。
「……調べ物、ですか」
「ええ。そうだわ、カレン。ダメ元で訊くけど、あなた古代錬金術について詳しかったりする?」
リヴェラの問いに、カレンは眉を下げて申し訳なさそうに「いいえ」と首を横に振った。そりゃそうだ。リヴェラは気にしないように言ったが、カレンはますます眉を下げて「ですが」と付け加えた。
「その……博物館へは今日ではなく来週行かれたほうが良いかと」
「え?」
「確か来週から、古代錬金術についての特別展が開かれるはずです。もちろんお嬢様のご目的に叶う展示かどうかは分かりませんが……」
カレン曰く、先日テレサと買い出しに行った際に街中でその特別展についてのチラシを目にしたらしい。別に錬金術に興味があるわけではなかったのでそのまま素通りしたとのことだが、チラシの内容を覚えていてくれただけでも大収穫だ。
お手柄のカレンを絶賛すれば、嬉しいやら困惑するやらでカレンの顔色がくるくる変わる。そこへ馬車を呼びに行ったテレサが部屋へと戻ってきた。
「お嬢様、馬車のご用意が出来ました」
「ありがとう、テレサ。カレン、行きましょう」
「お待ちください、お嬢様。どちらへ?」
そういえばまだテレサに行き先を告げていなかった。当初は博物館へ行く予定だったのだが、それは急遽来週に変更である。しかしせっかく馬車を手配したのだから、どこにも出かけないのはもったいない。
できればギルバートと直接会ってこの特別展について話したいところだが、今から手紙を書いても遅いだろう。ただでさえ王太子は忙しいのだ。だから。
「王宮の大図書殿に行ってくるわ」
まあ、もしもギルバートに会えたら御の字ということで。会えなかったらハリエットの依頼についてと特別展については手紙で知らせることにしよう。
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なお結論から言えば、リヴェラは登城した瞬間にギルバートと出会うという偶然の無駄遣いを経験することになった。本当に、王宮に到着したと同時にギルバートと鉢合わせるだなんてどんな奇跡だ。
「リヴェラ、どうして……」
驚くギルバートに対して「いや、それはこっちのセリフなんですけど」とか言いそうになるのを寸前で堪える。そばにいるカレンはもちろん、ここは大勢の人がせわしなく行き交う耳目の多い場所なのだ。不用意なことを言わないよう気をつける必要があった。
そんなわけで場所を移動して、本日の目的地である大図書殿へと向かうことにする。いつも通り裏庭園でもいい気がしたが、調べ物はしたいし、なによりテレサにはここへ行くと告げて家を出てきたのだ。一瞬でも行っておいたほうがいいだろう。
「なるほど、ハリエット・スタッセンからの依頼か」
「そう。それで考古学博物館に行こうと思ってたんだけど、来週から古代錬金術についての特別展が開かれるんですって。それに行ってみるつもりなんだけど、あなたもどう? せっかくだしデートしない?」
ちなみにカレンにはいくつか本を見繕ってくるよう頼んであるので、今は個室に二人きりのリヴェラとギルバートである。
話を聞いたギルバートが微妙な顔をした。もしかして都合が悪いのだろうか。その可能性はリヴェラも想定済みであったため、無理しなくてもいいと口を開きかけたその時。
「……偶然だな。偶然すぎて不気味なくらいだ」
「え?」
なにやらブツブツ言いながらもギルバートが取り出したのは、なにかのチケットのようだった。それを見たリヴェラの顔色が変わる。
「え、これってまさか……」
「その特別展の入場チケットだ。回帰と錬金術の関連について調べる上でなにかの役に立たないかと思って取り寄せたんだが、まさかお前から誘ってくれるとはな」
どうやらこれにリヴェラを誘おうと出かけようとしたちょうどその時に、当のリヴェラが登城してきたらしかった。あそこで鉢合わせていなかったらすれ違っていたということだろう。わりと本気で危なかった。
「じゃあ、来週は博物館デートということでいいのかしら?」
「ああ、もちろん。……しかし過去三回も結婚しているのに、こうしてデートするのは初めてだな」
「そうね。まあ、愛のない結婚なんてそんなものよ」
あっさりしたリヴェラの反応にギルバートの表情が歪んだ。愛のない結婚。……まあ、その通り。だけど。
「……お前にとっては、今回も愛のない結婚なのか?」
「え?」
過去三回は、確かにギルバートにとって愛のない結婚だった。特に三回目に至ってはリヴェラにとってもそうだったらしい。
それなのに、三回目のあの時、彼女はギルバートの命を助けてくれたのだ。愛はなくとも情はあったとリヴェラが淡々と言ってたけれど。
情があるからといって、自分の命を危険に晒してまで愛していない相手を咄嗟に庇えるものなのだろうか。
リヴェラの手を取って、指の間に指を差し込むようにして彼女の手を深く握りしめる。振り払われはしなかった。そのことにひどく安堵した。
「それでも俺は、今度こそお前を……」
「お待たせいたしました、お嬢様。ご要望の本をお持ちし――も、もも申し訳ありませんっ!」
手を取り合うリヴェラとギルバートの姿を見たカレンは慌てて扉の向こうへと引っ込んだが、今さら隠れても遅かった。一応入る前に声をかけはしたのだが、聞こえなかったのだろう。やはり返事が返ってくるまで待つべきだったとカレンは激しく後悔した。
「カレン、そんなに気を遣わなくてもいいのよ。単に会話していただけなんだから」
「いえ、でも、とても仲睦まじいご様子でしたので……」
「仲睦まじい? ……初めて言われたわ」
一方、ギルバートは額に手を当てて己のタイミングの悪さを呪っていた。あれか、王宮の入り口でリヴェラと鉢合わせた時点でいろいろと使い果たしてしまったのか。
カレンを連れ戻しに行ったリヴェラが彼女を引き連れて戻ってくる。申し訳なさそうにこちらの様子を窺ってくるカレンだが、彼女に悪気がなかったことなど明らかだ。別に責めるつもりはない。
「殿下、申し訳ありません……」
「いや、構わないよ。時と場所をわきまえなかったわたしが悪い」
神妙な様子の二人に構わずリヴェラはカレンから受け取った本のタイトルを確認した。
「えーと、『錬金術に関するアリエナイようなホントの話』『錬金術師トンデモ大百科』『これであなたも錬金術師!? 過去に錬金術師たちが本当に使っていたあの言葉を教えちゃいます』……的確な選択だわ。ありがとう、カレン」
満足気なリヴェラとは対照的に、ギルバートは本のタイトルを二度見した。ある意味ものすごく気になるタイトルだが、本当にこの選択で大丈夫なのだろうか。カレンも同じことを思ったらしく、「とんでもないです」とか言いつつもさりげなく他の選択肢を提示する。
「お嬢様、『実在した錬金術師たち百選』とか、『古代錬金術とは如何なるものであったのか――その盛衰を追う』とか、そういう本もお持ちしましょうか?」
「ううん、これでいいのよ。そういう基本的な……というか、まともな本はもう大体読み尽くしているから。だから今度は逆に胡乱な本にも目を通してみようと思ってね」
そういうことだったのか……。ギルバートとカレンはようやくリヴェラの意図を理解した。胡乱でもいいから新情報が欲しいということらしい。そういうことなら確かにこれらの本は役に立ちそうである。斬新だという意味では。
そんな経緯もあり、この日リヴェラはカレンが持ってきてくれた本を大図書殿が閉まる時間まで読み漁り続けた。公務のため一旦席を外していたギルバートが迎えに行った時にはリヴェラの目は血走っており、しかもなにか収穫があったらしくニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。
「カレン……この本を借りていくわ。手続きしてきてもらえる?」
「あっ、はい。ただいま」
リヴェラから手渡された本のタイトルは『これであなたも錬金術師!? 過去に錬金術師たちが本当に使っていたあの言葉を教えちゃいます』だった。……本当にそれでいいのかとギルバートは思ったが、目が血走っているリヴェラを前にしてそんなこと言えるはずもなかった。
そして後日。リヴェラから送られてきた返信を見たハリエットは沈黙した。
『情報収集についてはもう少し時間をください。それから、騙されたと思って修復作業の時にこの言葉を念じてみてください。少しは役に立つかもしれません』
この言葉、に該当する部分を読んで、ハリエットはぽつりと呟いた。
「『――錬成反応。術式発動』……?」
まるでその言葉に反応したかのように、目の前にあった壊れた懐中時計がわずかに光を帯び始めた。




