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エロゲ脳はほっとけない  作者: びねつ
嵐の幕開け
1/8

吹き溜まり

 桜舞い踊る季節。

 浪花大学では新入生の入学手続きがおこなわれていた。


 受験の緊張感から解放され、安堵と期待の表情をみせる新入生。

 そんな彼らを待ち受けるのが熱烈なサークル勧誘。

 入学手続き会場である8号館へと続く道には、在校生によって花道が作られている。


「ボクシング部、左利き急募中! 未経験者も歓迎だよー!」


「天文部でーす! 満天の星々が、みなさまをお待ちしていまーす!」


「コンピュータケンキュウカイ……。タノシイヨ?」


「君、イカした髪型してるねぇ! バンドやらない?」


 容赦なく浴びせられる言葉とビラの嵐にうんざりしながらも、どこかうれしそうな表情の新入生たち。大学生になったことを実感しているのだろう。


「大学生活になに期待してんだか……」


 おっと思わず口に出てしまった。


「大事な商売相手になんてこと言ってんすか! 高村さん!」


 後輩の星野が突っかかってくる。


「いや、新入生の期待に満ちた顔見てるとなんか哀れに思えてきてな。大学生活なんて無価値な時間つぶしなだけなのによぅ」


「哀れなのは高村さんのほうっすよ。いつまでもニヒリスト気取ってたら内定もらえませんよ」


「就活の面接でニヒリズムかますわけねぇだろ。俺のコミュ力を無礼なめんな!!」


「エロゲーオタクのコミュ力ねぇ…?」


 いぶかしげな目を向けてくる星野。ほんと嫌な後輩だ。


「いや、ある一面だけを見て俺の能力を決定するな。俺の精神は俺が今まで触れてきた様々な要素によって構築されている。」


「つまり、高村さんの精神は合同ではない図形で構成された多面体であると」


「そうだ! 俺はニヒリストにだって、社会の歯車にだって変幻自在の多面体! 二十面ぐらいあるんだぞ! 内定なんて余裕余裕!」


「二十人格……? それってただ人をだましてるだけじゃないですか……」


「就職活動なんて自分を偽ったもん勝ちなんだよ。星野、お前は社会を何も知らないあまちゃんなんだよ」


「バイトすらしたことない高村さんに言われたくありませんねぇ」


「高等遊民と呼べ! あとバイトは不良がやるもんだってばあちゃんが言ってた」


「はいはい、せいぜいそのコミュ力とやらで、新入生いっぱい勧誘してくださいね」


「へいへい」


 青空の下にいくつもの長机が立ち並ぶ、新入生勧誘ブースの一角。

 俺たち浪花大学漫画研究会は、新入生の勧誘に励んでいる。


「それにしても全然人こないっすねー。暇だー」


 ブースを設営して4時間。もう昼過ぎになるが新入生はだれ一人来ていない。


「そうだなぁ、じゃあ暇つぶしに、”世界”とはなんたるか語ろうではないか」


「また変なもんにハマってんすか? それ絶対、最近やったエロゲーのテーマが哲学だったんでしょ?」


「変なもんとはなんだ! 哲学は男のロマンだぞ!」


 身を乗り出して抗議する。こいつは何もわかっちゃいない。


「後半部分、否定はしないんっすね……。いや、哲学なんていかにも役に立たなさそうじゃないっすかー。哲学やれば就活有利になるんですか? ならないでしょ?」


「ちっぽけな人間だなぁ。就職活動なんかより、世界がなんたるかのほうが気にならねぇのか?」


「高村さんと違って現実見てんすよ。リアリストなんすよ」


 すかした表情を浮かべながら、星野は新入生用の茶菓子に手を伸ばす。


「ん? 実在論者か? じゃあ、お前はプラトンのイデア論についてはどう思っ……」


「あーもう! そういう意味で言ったんじゃないっすよ! 現実主義者ってことっす! ストップ!」


「あっそ。だったら新入生が誰一人寄ってこない、この現実もしっかり受け止めろよなー」


 図星を突かれたのか、茶菓子に次々と手を伸ばしていた星野の手が止まる。 

 星野が再び茶菓子に手を伸ばす前に、袋の口を輪ゴムで縛る。


「い、いや、高村さんが電波なこと言ってるから新入生も近寄りがたいんっすよ!」


「まあ、しょうがねぇよ。男二人がつまんなそうな顔下げてるブースなんかにだれがくるかよ」


 俺が新入生だったらこんなブースには立ち寄らない。

 受験の抑圧から解き放たれた新入生が、サークルに求めるものといえば刺激だ。

 新しいことに挑戦したい、仲間たちとの堅い絆を結びたい、女の子とイチャイチャしたい etc.

 そんなもんだ。

 あいにくうちのサークルにそんな青春を彩るドラマチックなものは一切ない。


「いや、むしろ硬派な感じに惹かれる人がいるかもっすよ。漫画好きな人ってまじめな人多そうだし」


「漫画は不良が読むものだってばあちゃんが言ってた」


「高村さんがおばあちゃんっ子なのはよくわかりましたー。はぁ、僕こう見えて真剣に後輩ほしいんっすよー? 欲してるんすよー?」


 幽霊部員の巣窟となってしまった我がサークルの実働部員は二人。

 まあこれといった目的のないゆるいサークルだ。

 こうやって時の流れに淘汰されるのが自然なんだ。


 俺としてはこんなサークルこのまま部員が0になり、つぶれてもらってもかまわない。

 しかし、なにかの間違いで俺はこの今にも消えちまいそうなサークルの代表をやっている。

 意外に歴史のあるこのサークルを自分の代で終わらせるのはなんだか申し訳ないという良心の呵責がないわけではない。

 それに隣に座る生意気な後輩、星野が新歓活動にやけに乗り気なのである。

 生意気だけど、ほっとけない、まったくもって嫌な後輩だ。

 そういうわけでしょうがなくこうして新入生の勧誘をおこなっている。


「高村さん、僕ちょっとビラ配ってきますね~」


 ………

 ……

 …


 だれもこない。ブースの撤収時間も迫っている。

 無理だ。こりゃあ無理だわ。


 今年の新入生が誰一人入部しなければ、このサークルは廃部だろう。

 俺が来年に卒業して、星野だけが一人残る。

 そんなものはサークルとは呼ばない。ただの"星野"という個人である。


 となると残る星野が新たに部員を勧誘しなけらばならないのだが……。

 あの社会不適合者には荷が重すぎる。無理だ。

 そうなると星野はサークルを廃部にしてしまった自分を責めるだろう。

 あいつ社会不適合者のくせして責任感だけは強いからな…。

 めんどくさいやつ…。


 そんな未来がぼんやりと現実味を帯びてきたこの状況。

 やっぱりいさぎよく俺の代で……。


「残念だったな後輩よ、我がサークルは今年度をもって……」


「あのーすみませーん、漫画研究会のブースってここですか?」


「「えっ……!?」」


 解散させてはくれなかった。

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