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異世界旅行は愛する娘と共に  作者: 月見ヌイ
161/162

仄暗く宿が並ぶ通りにて、です。

マスターことジャックの快進撃は尚も続いた。レースは既に中盤へと差し掛かり、先頭集団の後ろ姿も薄らと視界内に捉えつつある。


その豪脚が唸りを上げる度に実況の声はより一層深い熱を帯び、都市中から集まったギャラリーから歓声が上がった。所々からジャックコールと、アレフが今日使っている偽名「バロン」という名のコールが湧き上がっていた。

まるで都市カルガンレティアそのものが一人と一匹の味方のような、そんな雰囲気が辺り一帯を包み始めていた。


「……なァ、どう思うよフーガぁ?」


「どうもこうも間違いないでしょう……奴らです」


「やーッぱ、そうなんかァ……?」


広場の大画面にアップで映るマスクを被ったバロンとジャックを見つめる大小異なる二つの影、人呼んで「ボス」。そしてその直属の部下「フーガ」その二人は、見事なまでの激走を見せてこの盛り上がりの中心へとなった一組のペアを不審に思っていた。

と、言うのも部下のフーガは少し前にこの都市街の中で、かの大泥棒アレフと出くわしているのだ。その時は共に夕食を食べ、そのまま逃がしたのだがそこだけ上手く言い逃れ、あくまでアレフがこの街に居たという点だけをボスに伝えた。そしたらこのレースに見るからに怪しいヤツが居たという訳だ


「どうします、ボス? 問答無用でしょっぴきますか?」


「んん〜……取り敢えずこの団子食ッてから考えるわ。それからでも遅かァないだろう」


ソワソワしているフーガとは対照的に

ボスは落ち着きすぎている程に落ち着いていた。口いっぱいに団子を頬張ってムシャムシャと音を鳴らしている。


前々から思っていた事なのだが、この人動き出してからは驚く程俊敏なくせに肝心の動き出すまでがまるで馬の糞並みに長ったらしいのだ。いやまぁ欠点を上げるとすれば枚挙にいとまがないのだけれども

しかし、自分なんかがどうこう言った所で直るような事でも人でもありはしない、なんて事はよく分かっている。


だから


(あの覆面さえ、せめてどっちかのだけでも剥がれればなぁ……)


フーガは一人腕を組み、思案した。

横に居る鈍重さを極めたような上司をどうすれば(納得させた上で)動かす事が出来るか。その末に思いついた内の一つが奴らの覆面を剥ぐこと。しかしそれをするには数々の問題がある。


もし奴らがただフラフラと街路を歩いているだけなら、忍びの経験を生かして無理矢理にでも剥ぐことは出来るだろう。しかし今の奴らはまるで矢の如しスピードで駆け抜けているのだ。それを一体全体どうやって成せというのか。ハッキリ言って不可能に近い


「さて、どうするかな……」


フーガは辺りを見渡した。こういう時案外近くにヒントが隠されているものなのだと、最近知った。

時折、口いっぱいに団子を頬張る巨漢の姿が見えたがソレは気にも留めず頻りに視線を動かした。


「あぁっ!」


そうして彼が見つけたのは馬だった。馬装が取り付けられ、今にも走り出せる馬が四頭、荷馬車に括り付けられていた。持ち主らしい男は映像を見ながらこれまた団子を頬張っている。


「んぐ、どうしたよ、フーガァ?」


「ボス、乗馬の心得くらいありますよね?」


「んあ? そりャァ多少はあるけどよォ」


最後の一本を平らげたボスは、小首を傾げるばかりで、フーガの考えなんててんで理解できずにいた


そうして、突然の乱入者として二組のペアがレースへと加わるのであった。


▶▶▶


『おぉっと! 先程電撃参戦したボスとフーガ君の守護者二組が猛烈な勢いで街の中を駆けていきます! 流石にホームグラウンド、巧みな手綱捌きで先頭集団との差をみるみる縮めて行きます!』


「えぇ〜……」


例によってそこら中に取り付けられた音響機器から聞こえてきた声とその内容に、アレフは思わず情けない声を上げる。マスターも少し速度を落とした辺り思わず動揺してしまったらしい。


「なぁ、しっかりバレてんじゃねーかよぉ……ジャック君」


「そうだねバロン君、俺の見通しが甘かったよ。ごめんね」


ボスとフーガと言えばバロンことアレフの泥棒人生に長ーく横たわる仄暗い街灯のような二人組だ。そんなのがピンポイントにこのレースへ参加したとなれば真っ先に脳裏に思い浮かぶのは

「身バレ」からの「拘束」。が道理だろう


それも実況によると彼らはエグいスピードで追い上げて来ているとの事だ。2km程の差があるとはいえ決して油断が出来ない。というか何奴も此奴もペースを考えなさ過ぎだ。そのしっぺ返しが早くも先頭の方で起き始めている


『おぉっと! 鎬を削り合う先頭三ペアよりも二馬身後方、五組のペアが一斉にペースダウン! ここに来て馬のスタミナが底をついてしまったァ!』


「く、くそっ! 何故だ!?」


何故もなにも、そりゃハナからケツまで全力疾走なんて出来る生き物は存在しないだろうと。レースの距離がうん百mならまだしも、4km。ここからはスタミナと根性勝負になる


「おい、お前は行けるよな?」


「もちろん。こんなんでバテてちゃ女は作れねぇぜ!」


「なら良し!」


マスターの返事にアレフは手綱を引きスパートの合図を出す。まだゴールまで距離はあるが、今垂れ始めた敵の戦意喪失を狙ってのスパート。人の言葉を理解するマスターはその意志を言外に汲み取り、即座にその豪脚を唸らせた。


砂塵が舞い上がり、獣臭い突風が往路を駆け抜ける。既に垂れた馬達は追い抜いた。現在四位、残るは先頭集団三人衆のみとなった


そして差し掛かるは旅の宿が多く立ち並ぶあまり日も当たらない上に灯りも少ないという通り。即ちアレフの泊まっている宿のある通り


そして、マナが健気にも一人お留守番をしている宿のある通りなのだ。

アレフは考えた、一位に躍り出るならココだと。ココしかないと

理由は単純、娘を少しでも喜ばしてやりたいからだ。


「行くぞジャック!」


「おうよバロン!」


一人と一匹のコンビはグングンと加速していき、みるみる最先頭への距離を縮めていく。その差僅か一馬身半、あまりの迫力に三頭の馬達も釣られてスパートを駆けだして騎手たちは慌てふためき始めた。所詮はお遊びで参加している貴族連中、こちとら命懸けの鬼ごっこ経験者なんだ。と意気込むアレフは


遂に先頭。一番手へと躍り出た


▶▶▶


(んん……なんか、おそとがうるさい)


妖精を引っ込め、大人しく横になっていたマナは胡乱げな瞼を擦り、部屋の窓から外を覗く。まず視界に入ったのは驚く程の人、人、人。その数といったら何かあったのかというくらいのモノだった。そして次に、何か怯えるような表情で往来の道を駆け抜ける三頭の馬と、それに乗る人の姿。そこでやっとマナはまさに今、件のレースが行われている事を察した。


その瞬間、マナは躊躇なく窓を開けて思わず落ちそうになるほど身を乗り出した。目当ては父とマスターのペア。

今、確かに彼らが走って行ったのが見えた。先程の怯えた顔の三ペアの後を猛追する変なマスク。あれこそが自分の目当てであり、家族だとマナは直感的に感じ取った。

それから少女は、既に遠くまで行ってしまった家族の背に向かって


「パパぁ、がぁんばれぇぇぇ!!!」


と、声を掛けた。届いたかどうか分からないが、きっと届いている事だろう


(あっ!)


何せ、聞こえてないなら右腕を上げたりなんてしないはずなのだから……。


そうして、レースは着実に終幕へと進んでいく。

ゴールまでの距離、実に1km

アレフ&マスター現在一位。

ボス、そしてフーガは現在守護者本部を通り過ぎる辺り……おっと?


『あぁ!? これはなんとも大胆なショートカット! 許されるのか!? ルール的に大丈夫なのか? ……ア、アウトなそうです! この瞬間、ボスとフーガ選手の参加資格は剥奪となります!』


なんて実況が街に響いた。勿論ボスもフーガも聞こえている。しかしそんな事はお構い無しと言わんばかりにスピードを上げ、コチラも着実にゴールへと……いや、アレフへと突き進んでいく。はてさて、このレースどうなるか


続く

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