突然の…
お久しぶりです。なかなか筆がのらず苦戦しておりました。…暖かく見守ってくださると幸いです。
ウィルと出会ってから一年余りが過ぎた。
この一年でウィルについて分かったことは沢山ある。ウィルは私の一つ上で今は12歳。お父様が王宮で働いているらしくて、ウィルも王宮にいることが多いって。でも嫌気が差して抜け出して来ちゃうんだとか。まあ、それで私に会いに来てくれるんだけどね。それに、その事で分かったのはウィルは少なくとも貴族の子息ってこと。敬語で話した方がいいですか?ウィル様って言ったら二度と口聞かないって言われちゃった。だから今でも普通に友達として会話している。あとは、魔術が好きだって。これは嬉しかったな。ウィルの家には魔術の本がいっぱいあって、それを読むのも好きなんだとか。
ああそうだ。最初にウィルと出会ってから一年余りって言ったけど、正確には一年と月二つ分だよ。因みに私はこっちに来てからすぐ11歳になりました!それに次の誕生日ももうすぐなの!孤児院の皆がお祝いしてくれて凄く嬉しかったな。ウィルも誕生日プレゼントをくれた。真珠の髪飾り。小さな真っ白の真珠が二つもあしらわれていて可愛らしいもの。今の私には勿体無い気がしたけど、ありがたく戴いた。なんか受け取らなければいけないような目をしてたんだもん。でも流石に普段使いはできないから大切にしまってる。
おっと。鐘の音が聞こえてきた。時間だね。今日も月の日。ウィルと会う日。早く行かなきゃ!
◇◈◆◈◇◈◆
「ねぇ、イル。」
ウィルといつものように話してから帰ろうとしたとき、呼び止められて腕を掴まれた。少し力が入っていてちょっと痛いかも。
「ん?どうかした?」
痛いなんておくびには出さずウィルを振り返る。振り向いた私を捉えたグレーの瞳はいつもより真剣さを帯びていて、真っ直ぐこちらを見ている。
「あのさ…、今日は言わなきゃいけないことがあって…。」
ウィルが言葉を詰まらす。珍しいな。こんなことほとんど無かったのに。
ウィルは一度きつく目を閉じて、何か決心したように開いた。そしてきゅっと一文字に結んだ口を開く。
「もう、二度と会えないかもしれない。」
────…え……?
多分私は今すごく間抜けな顔をしていると思う。でもそうなっても仕方ない言葉だったよね。今の。…会えない…?
戸惑って言葉が出ない私をウィルは黙って見つめる。秋の訪れを告げるような通り風が私たちの間を吹き抜けていく。ウィルの若葉のような黄緑の髪がサラサラと風に靡く。風が止むとウィルがまた言葉を紡ぐ。
「その、家の事情なんだ。僕ってほら…ね?だから二度と…。」
「そ、そっかぁ~。うん。仕方ないよね。さすがに私でもいつかこうなるって分かっていたよ?だから、気にしないで。ね?それに、『かも』なんでしょ?なら、私は待ち続けるから。」
最初は取り繕ったように、そして段々意識がはっきりしてきて頭が動き出す。ウィルの言った言葉を私に都合の良いようにとってみる。
「…え。ありがとうイル。」
「うん。いいの。じゃあね!」
緩んだウィルの手を自分の腕から離して踵を返す。そのまま振り返らず歩く。歩く。歩く…。
どれくらい歩いたのかな。いつも通っている道なのにどこか分からないような感じ。
────そっか…。会えないんだ。
頬を暖かい何かが伝う。一筋、二筋…。次から次に堰を切ったように溢れ出してくる。あれ?あれ…?何で?何で?何で…?分からない。何でかな。だって心にぽっかり穴が空いたみたい。何か大切なものがどっか行っちゃった。
崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。ここで座り込んだら負けな気がして。何と勝負してるのか分からないけど。負けな気がする。
そして思う。私はいつの間にか人間みたいになってるなぁって。だって一年間なんて私のような魔人族からしてみればほんの一瞬。なのにその一瞬だけを共に過ごした人がいなくなる、ただそれだけでこんなに涙が溢れてくるなんて。何か自分が笑えてきちゃう。
でも、やっぱり『二度と会えないかも』だから会える可能性、信じても良いんだよね。そう思うと心がふっと軽くなる。いつの間にか目尻の熱は退いていた。私は案外切り替えが早いみたい。
水魔法で腫れた目を癒して歩き出す。だってもう決めたから。暫くは絶対に会えないと思うけどいつかきっと会えると思って待ち続けるって決めたから。大丈夫。大丈夫。
歩いて帰っている途中で心持ちぎこちない歩き方をしている人を見かけた。どうしたんだろう。右足かな。隠しているようだけど、少し引きずってる。声、かけたほうが良いよね?
「あの、足をどうかされましたか?」
駆け寄って声をかけると、その女の人は少し驚いたように私を見た。
「まあ。分かるのね。でも、平気よ。ありがとう。」
そんなことを言ってるけど、どう見ても平気じゃないと思う。そんなぎこちない笑みを浮かべても何の意味もないよ。
「本当にそうですか?私は魔術が使えます。治させていただけませんか?」
そう返すとさらに驚いたようで、大きく目を見開かれた。
「そう…なのね…。では、お言葉に甘えさせてもらっても良い?」
女の人はそう言って右の足首を私に見せてくれる。これはどう考えても痛い。こんなに赤く腫れ上がっているのに我慢しようとしていたなんて。思わず眉をひそめそうになる。
え~っと。治癒の魔術の詠唱は…、ウィル何て言ってたっけ。あ!そうそう。
「水よここに集え。我が魔力を糧にして我が願いに応えよ。ここに清らかなる癒しを。」
患部に手を添えてウィルから教わった詠唱を行う。教えてもらっていて助かった~。これで詠唱できなかったら魔人族ってばれちゃうかもしれないもんね。
私の手から柔らかな青い光が溢れだし患部を包み込む。みるみるうちに赤みが退いていく。光が収まる頃には腫れもすっかり治って元通りになっていた。良かった良かった。
「ありがとう。本当にありがとう。助かったわ。ところで貴女の親御様にお話をしたいわ。その、案内してくれるかしら?」
「ごめんなさい。私、親はいません。孤児院に住んでいます。院長先生ならいますけど…。」
「ええ。それでも構わないわ。案内してくださる?」
「はい。」
あれ…?段々言葉遣いが丁寧になってきてないかな、この人。そんな疑問を抱きながらもシワコアトル孤児院へと案内することになった。
◇◈◆◈◇◈◆
女の人を連れ帰ってきた私を見て子供たちが不思議な顔をしている中、エルマー院長先生だけはぎょっとした顔をして慌ててその人を院長室に案内していった。どうやら私はエルマー院長先生の知り合い(?)の、それもエルマー院長先生より身分が高い人を助けたらしい。
「イル~、せんせーすっごい慌ててたね!」
「うん。凄い慌てようだったよね。偉い人なのかもね、あの人。」
ダンが座っている椅子をガタガタ揺らしながら言ってきたため、それを抑えながら返す。するとダンはブー垂れたけどおとなしくなった。
暫くしてエルマー院長先生から院長室に呼ばれた。
「失礼します…?」
語尾が上がったのは見逃して欲しいな。なんて考えながら入る。さっきの女の人はエルマー院長先生のローテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰掛けていた。座っているだけなのに、とても存在感があるっていうか、威圧感があるっていうか…。とにかく凛とした佇まいだ。エルマー院長先生に手招きされて院長先生の隣に座る。私が座ると女の人が口を開いた。
「イリアナさん。貴女、シックザント公爵家の養女になりませんこと?」
────………へ…?
急展開となりました。はてさてイリアナはどうなることやら…。
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