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恋する二人は許されない ~敵国王子と化物王女の現世青春~【毎日更新】  作者: 雪林りん
シーズン3 ~かつて化物と呼ばれた君へ~
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18章 人を夢見た愚かな君へ

 翌日、怒涛の昨日を経ても朝陽は燦々と輝き、平穏を思わせるような光が降り注ぐ。


 俺たちにとってはいつ戦闘行動が勃発するか分からない朝だが、島民にとってはいつもと変わらない朝だっただろう。おかしなことがあるとすれば、先日花火師さえ知らない花火が打ち上がったことと、アルドフッドたちの戦闘によって辺鄙な場所にある森が破壊し尽くされていることくらいだ。

 多少の不可解はあれど、急に日常が終わるはずもない。きっと誰もが油断し、今日も緩やかな佳日であると思っている。


 確かに今日は良き日、佳日だろう。

 しかし、その佳日が誰にとってのものなのか。……未だ、誰も知らない。





「……みなさん、今まで……黙ってて、ほんとうにごめんなさい」


 AM7時頃。神成島キズナ児童ホームの『しょくじのへや』に集結した俺たちは、木製の長テーブルを囲んでいた。時刻はちょうど朝飯時だが、これから呑気な朝餉が始まるような緩い雰囲気は満ちていない。


 テーブルの誕生日席に座るワムが、自信なさげな表情で俺たちを端から眺めていく。この中だと比較的元気な俺とアイ、足の怪我はもうあまり気にならなくなっていそうなハル、未だ治り切っていない怪我で寝られなかったのか目が仄かに赤くなっているナイリンに、目を閉じながら腕を組んでワムの話に傾注しているアルドフッド。

 突如として言い放たれた事実に、半ば予想していたことではあったが――俺とハルは驚愕を露わにする他なかった。


「俺たちと同じ存在、だって……?」


 事の始まりは今朝だった。

 一足早く起床したワムが俺たちの部屋を回り、「大切な話がある」といって全員をしょくじのへやへと集めたのだ。


 恐らく昨日見せた異常な身体能力についての説明か弁明だろうと思い、ある程度の覚悟を持って説明を聞き始めたのだが――出てきた事実は、俺たちの想像を超えていた。

 化物という点は受け入れられる、そうでもなければあの身軽さに説明がつかないからだ。ゼロに造られたという点も分かる、彼らが攻めてきたタイミングとあまりにも合致し過ぎているからだ。


 しかし……俺たちを再現しようとして造られたという点については、想像の範疇を超えていた。

 つまりワムは俺たちに類似する存在。作り手が違うだけで、ある意味、妹とも呼べるのだ。


「なんで、そんな……」


 無意識的に言葉が喉から出て、そこで止まる。

 戦争を激化させたいゼロが、俺たちみたいな大量殺戮兵器を欲することなど当然のことだ。再現するために様々な実験を重ねるのも至極当たり前の話で、その過程で数多の人間が犠牲になることも道理。

 俺たちが生まれてしまったならば、ワムのような実験の犠牲者が出ることは自明の理なのだ……。


「……成程な。崖の下で頭カチ割れて倒れていたのも、俺の元へ送り込むためにゼロが仕組んだことだってのか」


 忌々し気に葉巻を吹かし、暴言をぶちまけるかのように煙を吐き出す。アルドフッドが苛立つのも当然だろう。いくら人間よりも丈夫な化物とはいえ、敵の内部へと侵入させる為だけに崖から突き落とすなど正気の沙汰ではない。

 ワムの全身に刻まれた傷跡から考えるに、ゼロという無法者どもは化物を欠片たりとも人間だと思っていないようだ。そんな組織の中で育まれてきたのなら、ワムが他人と関わりたがらないのも当然のことだろう。


「…………ワムも……俺たちと同じだったんだな」


 席を立って身を乗り出し、ワムの頭を優しく撫でる。

 化物と呼ばれて迫害されることも、人に成れない辛さも、俺たちはよく知っている。きっと彼女は、在りし日の俺たちそのものなのだ。

 ハルも俺と同じように席を立ち、ワムの体を後ろから抱き締めた。


「………………………………」


 そんな中、アルドフッドは神妙な表情で黙りこくり、一心不乱に虚空を見つめていた。そのただ事ではない空気を感じ取り、ワムへの同情に満ちていた俺たちの心も、少しずつ冷静さを取り戻していく。


 ……そう、ワムがゼロから送り込まれた化物であるならば――当然、そこには理由がある。


 敵の内部に間者を紛れ込ませる理由として、諜報と妨害工作が挙げられる。内部から敵の命令系統を混乱させたりして、敵の侵攻をスムーズにする役割だ。

 しかし、こちら側に潜入させるとしても――何故わざわざ化物と呼ばれる少女を使う必要があったのか。恐らくゼロにとっても化物は貴重な実験体。もし諜報や妨害工作を命じるだけならば、普通の子供を使うほうが絶対に良いはず。


 であれば、恐らく理由は化物の持つ力にあるはず。一番ありえそうなのはアルドフッドを殺害することだ。外部からの侵攻だけではなく、内部から殺害の機会を増やそうとしたのだろう。

 ……でも、その割には暗殺を試みた形跡がない。しかも彼女は俺たちを助けるために、化物染みた身体能力を露呈させてしまっている。何をどう企んでいたとしても、正体がバレてしまった以上は潜入活動に意味など無い。


 考えれば考えるほど、彼女に与えられた任務が分からなくなる……。


「なぁ、ワムよぉ。おめぇは一体ゼロから何を命じられているんだ?」

「え……?」

「俺の命か、禁術の実験記録か? このまま何も為せずにゼロに戻ることになったら、相当キツい罰があんだろ。……話してみな、少しくらいなら手柄を持って帰らせることができるかもしれねぇ」


 ワムが間者であると発覚したこの期に及んで、アルドフッドは彼女の身を一心に案じているようだった。ゼロの目的がアルドフッドの殺害である以上、彼女が内部に侵入した事実は彼の死期を確実に早めたとしか思えないのだが、そんな事実は欠片ほども気にしていない。

 彼が今恐れているのは、このままだとワムに地獄が待ち受けているのではないかということだけだった。


「あ、あの……」

「言ってみな、聞くぜ」

「わ、わむは、その……何も命じられて、いないのです……」


 どこか申し訳なさそうにワムは呟くが、そんなはずがない。

 何の命令もなく相手の懐に間者を忍ばせるなど、人材を捨てて自らの組織を弱体化させるようなものだ。好きなタイミングで命令を下せるような仕組みでもあれば話は別だが、見た限りそのような通信機器などは取り付けられていない。


「す、スカーレット、さんからは……アルドフッドさんの元へ行って、ふつうの子供として保護されて……しあわせになってこいって、言われました……」

「……あいつが?」


 俺たちはスカーレットの人となりを伝聞でしか知らないが、そんな殊勝なことを言うような男だとは到底思えなかった。むしろ子供であろうが積極的に虐待し、悶え苦しむ様をゲラゲラと下品に笑いながら愉しむような輩とさえ思う。

 あんな暴虐武人な組織が慈善団体のようなことをするものか。何かを目論み、その為に彼女を利用しているはず。


「あいつがンなことを言うとは思えないが……まぁ、あれだな。なぁ、ほんとにそれだけだっていうならよぉ、命令に従うしかねぇわな。おう」

「え……?」


 少々照れ臭そうに後頭部を掻き、アルドフッドが真剣な眼差しをワムへと向ける。


「俺はなぁ、おめぇらみたいなガキを自分の子供だと思ってんだ。……だからよぉ、ゼロだろうが化物だろうがどうでもいいんだわ」

「……」

「拾ったその時から、ワムは俺の娘だよ。これからも俺たちのとこで幸せになれよな」


 少しだけワムの瞳が潤んでいた。そしてナイリンとアイのほうへと顔を向けて、本人たちにしか分からないが確かな熱量を持つ視線を交わす。


 そして彼女は、不器用ながらもしっかりと微笑んで、アルドフッドへと向き直り――。




「――では、手筈通りに」


 同刻。

 世界の狭間にて、マドーサがスカーレットの顔を窺いながら確かめる。最終確認を受けたスカーレットが面倒臭そうに頷き、足元に広がる雄大な光景を見据えた。


 彼らの足元には望遠魔法によって映像が映し出され、神成島を上空から撮影したような空中映像がリアルタイムで流れている。風に吹かれて形を変えゆく巻雲の間に、平和極まりない緑の神成島が浮いていた。

 その島の南西には、愛すべき宿敵とも呼べるアルドフッドの塒が佇んでいる。今まさにアルドフッドとワムの絆が結ばれようとしている児童ホームを眺めて、スカーレットは喉奥を鳴らして歪に笑った。


「アルドフッド。……試用はここまでだ。これ以上家族ごっこを続けたいなら、相応の対価を出してもらわないとなァ」

「……」


 邪悪にも程がある笑みのスカーレットにうんざりしたような表情を見せつつ、マドーサが杖を振り上げた。

 マドーサにとっては、スカーレットの密かな計略など微塵も興味がない。なんならアルドフッドを仲間にしようが殺そうがどうでもいい。彼にとって重要なのは、己の研究成果が有用であるか否かだけ。


「それでは、信号を送らせて頂きましょう。スカーレット様も是非、望遠魔法にてご覧くださいませ。ひひひ……」


 彼らの足元に広がる島の風景がアップになり、児童ホームに寄っていく。それと同時にマドーサの杖先からは毒々しい紫の魔精反応が広がり、矢と成りて天へと立ち昇っていった。


 かつて、マドーサはこう語った。


『アレの脳には欲求を制御する魔力部品が込められておりまして、遠隔から特定周波数の魔力を届ければ即座に! 蛆虫としての本分を思い出すという訳です!』


 斯様に禍々しき滅紫色の矢は、化物の本性を燻し出す鍵だ。厳重に秘められた欲望を解放し、封じられた厄災を世界に降り注がせる。


 一度は天を目指した矢は雲を裂き、児童ホームへ向かって落ちていく。その周囲には外部からの一切を遮断する障壁が張り巡らされているが、開錠の矢を弾く由縁はない。

 ありとあらゆる物を遮断するのであれば、空気や音、光までもが齎されないだろう。故に思い至るは、障壁にも例外があるという事実。敵からの攻撃とは縁のない概念については障壁をすり抜けるという確証高き推論。

 矢と成りた魔法は振動。周波数に変換され、音と同じく一切の脅威を排除して放たれている。人の可聴域を超えた魔法に威力は無いが、本性を封印されし化物にのみ効力を発揮する。


 そして、悪意は障壁を貫き、ワムの脳を穿ち――。




「―――――――!」


 アルドフットと視線を合わせた瞬間、突如、ワムの動きが止まった。この世界が映像の中に在るとするならば一時停止を受けたかの如く、表情から指先、息を吸って膨らんだ胸元までもが一切静止する。

 それはあまりにも異質で、あまりにも不自然なこと。世界を切り取って停止させるなど写真の世界ではありふれているというのに、現実世界では不気味なまでに只ならない。


「ワム……?」


 心配を越えて異彩すら感じ、怖々と声をかけると――ワムの髪先が僅かに揺れた。


 揺れて露わになった瞳には、深潭に潜む鮫にも比肩するほどドス黒い色が渦巻いている。人語も道理も、ありとあらゆる人間社会のしがらみが通じないと一瞬で悟れるほど、色濃く滲む狂気の螺旋は……。

 ――目の前に相対する仮初めの親、アルドフッドに向けて放たれた。


「……ッ!?」


 人間には到底成し得ない脚力にて、ワムの体が空を舞う。瞬きよりも素早く天井に到達した彼女は、左足を抉り込みながら天井を蹴り、眼下のアルドフッドに向けて襲い掛かる。


「ぐおぉあぁッ……!」


 天より急襲したワムは、黒曜石よりも鋭き牙でアルドフッドの首に噛み付こうとした。寸でのところで腕を振り上げて防御したものの、刹那でも判断が遅れていれば今ごろ喉笛を喰いちぎられて致命傷を負っていただろう。

 アルドフッドの左腕から夥しい鮮血が溢れ出す。減り込んだワムの牙が止血の役割を担わないのは、彼女が全力でその肉を喰いちぎろうと力を込めているからだ。想像を絶する咬合力によってアルドフッドの肉が引き延ばされ、内部から力任せに引き千切られるような断線音が響いている。


 アルドフッドを守るために、その場にいた全員が一斉に杖を抜く。各々杖先をワムに向けて、照準を合わせるも――。


「くッ……そ……!」


 躊躇いからは逃れられない。


 僅か数秒前、俺たちは――例え化物だろうが仲間として彼女を受け入れると誓ったのだ。

 それなのに、彼女が化物としての本性を出した途端に、敵として拘束を仕掛けるのか。だとしたらあのやり取りは何だったというのか、単なる茶番でしかなかったのか。


 しかし目の前にいるアルドフッドが窮しているのも、また事実でしかなく……。


「……なん……だッ! ワムッ!」


 瞬間、ワムの体が吹っ飛び、その五体を壁に打ち付ける。衝突の勢いで破損した壁の木材を浴びながら、ワムが後頭部を押さえて蹲った。

 アルドフッドが痛みによって反射的に腕を振った瞬間に、彼女が勢いのまま吹っ飛んでいったのだ。左腕からは留まること知らぬ蛇口のように血を流しているが、そんなもの夢現であるかのように、彼はワムを見下ろす。


 地に伏すワムは眼光を放ち、アルドフッドの顔面を見つめていた。そして転がりながら四足で起き上がり、獲物を狙う猫のように隙を窺う。もはや人間としての形は消え去り、完全なる獣にしか見えない。


「アルドフッド! 事態が急すぎる、何か干渉されているぞ!」

「分かってらぁ。……その上で言っておく、手ぇ出すなよボウズ共」


 一歩、また一歩とアルドフッドがワムに近づいていく。人類が慈悲なき野生動物に接近するような躊躇は微塵もない。むしろ食物連鎖の王が下位なる存在と相対したような、傲慢さと余裕が見て取れる。


「……ワムよぉ、親子喧嘩は初めてか?」


 アルドフッドはふところに差してある杖を抜き、適当に放り投げる。アイの身長よりも長い杖が地に落ち、床を転がっていった。

 魔法使いが杖を捨てるということは、単なる人間になることだ。かつて化物と呼ばれた杵柄など何処にもなく、只々人間として、一度は娘と呼んだ相手と向かい合う。


 もしも魔法を使って制圧するならば、親子として許されざる行為になるだろう。反抗期で喚く子供を刃物やスタンガンで大人しくさせるようなものだ。

 正々堂々と。相手がその身一つで襲い掛かるというならば、こちらも同じく徒手空拳で相手をする。それが年上として、親としての矜持だった。


「意識落として大人しくさせてやるよ、なぁ。……俺はおめぇの父親だからよ」





「時は来た」


 ゼロたちが蠢くこの世界の何処かで、面並ぶ部下たちの姿を見下ろしながら、マドーサが重々しく呟く。

 列を成して号令を聞く工作員たちの顔には、隠し切れない高揚の色が浮かんでいる。まるで誕生日ケーキに突き刺さったロウソクを消さんと前のめりになるように、彼らはこの後訪れる気保養に期待を露わにしていた。


「俺の出番だなァ。逃げられねェように島をオトすぞ」


 目を血走らせたスカーレットが前に出て、常人ではありえないほど指の骨を鳴らしまくる。


 彼の片手には分厚い研究書が握られているが、カバーは真新しく、まるで本屋に陳列されている新品のよう。しかし既に彼はその中身を読破し、ありとあらゆる理論と応用を体認している。

 その書物の表紙に描かれているのは、天を裂き地を焦がす雷の紋様。雷魔法を習得するための研究書だ。


 本来、新たなる魔法を身に宿すには簡易な魔法で数週間、複雑な魔法で数ヵ月を要する。一朝一夕の付け焼刃で身に着けられるような難易度ではない。しかし彼が会得にかけた時間は、僅か2時間ほどでしかなく……。


「おォい、てめぇらァ! 悦べ、ボーナスステージだ! 慰安旅行みたいなモンだと思って気の行くままに愉しめよォ!」


 スカーレットの杖に光が宿る。それは来光を思わせるような灼たかなる閃光だ。色はやがて物質となり、残酷な放電音を撒き散らす無常の雷と化す。

 同じ雷魔法を使うマドーサとは比較にもならない程、その雷の純度は凄まじい。それこそが化物が化物たる由縁、人と化物の間に在る超えられない隔たりだ。


「好きにヤれ。以上ッッッ!」


 そして、彼の杖から雷が放たれる――。


 まるで滝を上り龍にならんとする身の程知らずのように、稲妻は対流圏を超え成層圏を超え、遥かなる天空から神成島へと照準を合わせていた。

 鳥すらも存在しない天空からは、神成島など地球に浮かんだ雀斑にしか見えない。しかしスカーレットがコントロールする雷の束は、正確無比にその場所へと身を落としていく。


 ……それは恐らく、無人界では後世にまで語り継がれる異常現象だっただろう。

 20、30、いや、40を超えるほどの雷が、同時に島へと襲い掛かったのだ。その轟音たるや凄まじく、周辺に点在する島々にも鳴りはためいた。音だけで心臓が止まる動物が出現するほど、その音圧は常軌を逸している。


 そして、慈悲なき直撃を受けた神成島は――燃え盛る。


 島中のありとあらゆる木々が燃え、家々が焼け、観光地が煙を上げて燻って。それどころか、超濃度の雷が直撃して塵と化した動物まで現れる始末だ。

 それは現世に顕現した大焦熱地獄。全てを灰燼に帰す冥土の拷問場。


 そして、そんな地獄に――ゼロの工作員が解き放たれる。

 好きにヤれという号令を受けた彼らには、行動を縛る枷など無い。ただ一つ、この島を地獄に変えろという指示を守れば何をしても良いのだ。


 大焦熱地獄に相応しく、非道なる閻羅人として思うが儘の小地獄を生み出せば良い。もしも望むのならば無間地獄を再現しても良い。

 好きなだけ殺し、犯し、奪い、食らい尽くす。

 ここに法など無く、無法のみが君臨する。異常が常識を蹂躙し、欲望が現実を侵食していく。


 異常者は嗤う。

 そう。今日こそが彼らの待ち望んだ佳日。

 業火の佳日なのだ。


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