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恋する二人は許されない ~敵国王子と化物王女の現世青春~【毎日更新】  作者: 雪林りん
シーズン3 ~かつて化物と呼ばれた君へ~
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7章 ツワブキの冬花火

 車窓を過ぎ去っていく木々は、紅葉の鮮やかな潤朱色に染まっている。盛夏頃は瑞々しい緑に染まる樹々たちも、四季の秋波に誘われて血が昇ったように、その葉先までも鮮やかに紅潮していた。

 屏風歌の渡月橋を思わせるような唐紅の道を、無骨な大型バンはどこまでも進んでいく。排気ガスと共に舞い上がる葉の一枚一枚が、まるで舞い散る雪のように窓へと付き、やがて風と寄り添いながら後方に向かって消えていった。


「いや悪ぃな! 行事の手伝いに参加させちまってな! 観光もしてぇだろうにな! なぁ!」


 片手でハンドルを操作しつつ、もう片手で葉巻を取り出しながらアルドフッドがド声量でそう言う。咥えた葉巻にUSB式シガーライターで火を点けて、燻る煙が窓から流れて消えていった。

 助手席に座る俺は、折り目の付いた観光パンフレットを見ながら首を横に振る。


「まあどうせ暇なので。それにこの行事も島の見どころの一つらしいので、丁度よかったというかなんというか」

「そう言ってもらえりゃあ助かるなぁ! 実行委員会に頼んでいい席を用意してもらうからよ! ケツまくって楽しみに待ってろなぁ!」


 あまり状況に適していない慣用句を使われながらも、俺はパンフレットに書かれた『神成島 ツワブキの冬花火』という項目を流し見ていく。

 その名の通り、夏の風物詩である花火を冬に打ち上げちゃおうという催しだ。


 冬なんて乾燥しているんだから危ないだけじゃないのか?とも最初は思ったが、どうやら意外にも冬の花火はそこまでマイナーなものでもないらしい。話によれば、空気が澄んでいるおかげで冬の花火は夏よりも綺麗に見えるのだとか。現にクリスマス辺りに花火を打ち上げている都道府県も幾つかあるのだという。


 で、どうして俺たちが花火大会の手伝いをすることになったのかと言えば――。


「しかし行事の手伝いに強制参加とは大変ねぇ。こっちでも児童労働は活発なのね」


 後部座席にいるハルがアイとボランティアの案内を見ながら不穏なことを口走っている。メース国が児童労働させがちな国だからってわざわざしんみりと呟かないでもらいたい。

 更にその後ろの座席にはナイリンとワムが座っており、存分に頭を撫でられているワムが「んむむむう……」と便秘に悩んでいる時の俺みたいな声を出している。


 俺たちが手伝いをすることになったのは、主にワムが理由だった。

 アルドフッドの話によると、神成島私営診療所に併設された神成島キズナ児童ホームで暮らす児童たちは、週に1~2日ほどボランティア活動に参加しているのだという。もちろん全員に課せられた義務ではなく、学校に通えていない子供が対象のようだ。

 外部との接触が無ければ奥へ奥へと内向的になってしまう。それを避けるために、子供たちに外へ出て他人と関わる機会を増やしているとのこと。


 そして今日はワムが会場設営のボランティアに参加するとのことで、アルドフッドから仲良くなるように頼まれていた俺たちも参加してみようかな、という流れになったのだ。


「ほら、あれが会場だぜぇ! おう!」


 茜の逕路を越えた先には、山吹の楽園が広がっていた。


「おお……」


 思わず俺たちは窓から顔を出し、その広大な景色に声を出してしまう。

 険しくも美しい自然の山道を抜けると、ツワブキの花畑が俺たちを出迎えてくれていた。

 有り余った土地を贅沢に活用し、四方八方どこに視線を向けても黄金色の花が嫋やかに揺れている。まるで黄金の海に迷い込んだかのように、辺り一面が芥子色に染め上げられていた。


「着いたぜ、ほら降りなぁ!」


 花畑の手前に設置された駐車場に停車するなり、俺たちはドアを開けて車を降りていく。

 風と共に現れる花の波、天花のような黄金にさざめく花園は、まるで天国にでも来たかのよう。溢れんばかりの繁花は途方もなく爛漫で、誰しもの心を奪って離さない。


「うわあ……見てクロ、一面の鼻畑!」

「お前の誤変換気持ち悪っ」


 侘びとか寂びとかを魔法界に置いてきたと思われるハルを放っておいて、俺は馥郁たる花香を存分に堪能する。冬も間近だというのに、花園を包み込む香しさは暮春を思わせるようだった。


「でもこんな引火しやすい花畑で花火なんて打ち上げてどうするのかしら。みんな火だるまになるわよ」

「お前は人の説明を全然聞かんやつだな。ここは花火を見るための会場、打ち上げ自体はもっと遠いところだっての」


 百華繚乱の花々に囲まれながら、天に咲く花を見る観光行事。それがツワブキの冬花火という行事だ。年2回、夏の部と冬の部があるようで、これに参加するために島外からやってくる観光客もいるとのこと。

 島としてもかなり力を入れている行事らしく、実行委員会のスタッフTシャツを着た島民たちが忙しなく準備を進めていた。


「それで、俺たちは何を手伝ったらいいんですか?」

「決まってねぇな! 適当に手伝えそうなところに首突っ込んでいく感じだ!」


 えぇ……とあまりのアバウトさに若干引きかけたものの、そもそも戦力として呼ばれたのではなく児童に他者と関わる機会を与えるための活動だ。その本分さえ全うできるならどこに配属されても構わないのだろう。


「それなら早速参加してもいいのね! 皆の衆ー! なにか手伝えることあるかしらー?」


 様子見をする気がさらさらないハルが、子供特有の無鉄砲さで実行委員会のほうへと突撃していく。ハルを一人にしたらどうなるか分からないと言わんばかりに、アイがその後ろを追っかけて行った。

 実行委員会の方々は、どうやら事前にアルドフッドから連絡を受けていたらしく、突如として仕事をせびってきたハルに対して「元気がいいねー」と呑気な対応をしている。そして立ち入り禁止区域へのロープ張りという、ハルに任せたら確実にエリアを間違えるであろう職務を振っていた。まあアイがいるからなんとかなるだろう。


「俺ぁ作業が遅れてそうな力仕事のほうに顔出してくるかな。悪ぃがワムのことよろしく頼むな! 仕事が見つかんねぇ時はスタッフTシャツ着たヤツに声かけりゃスグだからよ、頼んだぞ! なぁ!」


 そう言い残し、アルドフッドは腕が鳴るとでも言いたげに肩を回しながら、櫓の骨組みが建つ場所に向かって歩いていく。

 残された俺とナイリンは一瞬視線を見合わせてから、同時に腰をかがめてワムと視線の高さを合わせる。


「んじゃ、俺たちも仕事に励むか」

「んんん……はい……」


 なんだかあまり乗り気ではなさそうな声を出しつつも、ワムは拙く頷いた。




 どこまでも見通せそうな空模様は、花火を打ち上げるにうってつけだった。やがて空が黒の帳に覆われれば、そこは七彩の花園を描くに相応しい画布となるだろう。

 そんな快晴の下、俺たちは各々のできる役割をこなしていく。


「や! 大将、元気? 働きづめだとガタが来ちゃうよ、水分補給はしっかりね!」


 愛らしさにステータスを全振りしたアイが、水を得た魚のように愛想を振りまきながら実行委員会の方々にドリンクを配っている。やはりこういう対外交渉に関しては目を見張るものがあるだろう。


「おう、次の資材じゃんじゃん持ってきなぁ! 一気に運んじまうからよぉ!」


 凄まじき肉体をフル活用したアルドフッドが、常人の持てる3倍以上の資材を抱えて歩いていく。魔法界では肉弾戦が発生し辛いので筋肉を鍛える者が少ないのだが、その環境下でよくぞここまで体をキレさせたものだ。


「ねえ、年を取ると耳から白い毛が出てくるってほんと? 見せて?」


 仕事を割り振っても全く役に立たないハルが、休憩していた老人たちに何らかのハラスメントに引っかかりそうな要求をしていた。しかし精神年齢が低いせいでどこか孫っぽさを湛えているせいか、意外にも老人たちと楽しくお喋りできているようだ。


 三者三葉の働きを見せる彼女たちとは裏腹に、一人、どうにも上手く仕事が進められていない者もいた。


「どう? 和村ちゃん、進んでる?」

「ひゃいっ。……あの、んん……少し……だけ……」


 進捗担当らしき実行委員会の方に話しかけられたワムが、あからさまに動揺を見せながらモゴモゴと口澱む。視線を明後日どころか弥の明後日の方向へと逸らし、己の髪を手で触りまくり、腰から下がもじもじと落ち着きなく揺れていた。

 此度の本分が交流であると知っているのだろう、その人は色々とワムに話しかけているが――建設的な会話はできていなかった。どんな切り口から会話を仕掛けても、ワムは伏し目がちに拙い返事を返すばかりだ。


 上手く会話が成立しなかったのはその人だけではない。実行委員会の委員長が話しかけてきた時も同様だったし、神成島私営診療所に通院しているお得意さんが話しかけても同じような感じだった。

 アルドフッドが『ワムは大人が苦手』と言っていたが、まさかここまでコミュニケーションを取るのが難しいとは。とりわけ成人男性に対しては、少々過敏ではないかと思えるほどまでの反応だ。


「はぁ……」


 噛み合わない会話を終えたワムが、どこか自嘲めいたため息を吐きながら俺たちの元に戻ってきて、来訪者に配るパンフレットに商店の割引券を挟み込む仕事に再度没頭する。


 それは誰とも会話する必要がなく、誰とも関わる必要のない業務だった。

 ワムが選んでいたのはそれと同じような、自分一人で全てが完結する仕事ばかりだ。選んでいたと言うよりは、誰かと関わる仕事を避け続けた結果、行きついた仕事がこんなようなものばかりだったと言うべきだろう。


 俺たちも彼女の仕事を手伝っているとはいえ、協力しているとは言い難い。各々が割引券を挟んでいくだけで、場所を同じくせずとも成立するような内容だ。結局、位置座標が同じというだけのこと。

 辺りを見回せばこんなにも人で溢れているというのに、まるで彼女がこの世界に一人きりでいるかのようだった。


「…………」


 彼女がこんな調子では、仲良くなるなんて夢物語以外の何物でもない。

 その根幹を問おうとして、一瞬言葉を呑み込み、選び、迷い、そして言葉にする。


「ワムは、どうして人とあまり関わりたくないんだ?」


 少しだけ驚いているナイリンの顔を見て、いきなりだったかもしれないと今さら思う。しかし場を温めることすら難しいこの状況で、今の俺には率直に聞く以外の手段が選べなかったのだ。


 問いかけられたワムは一度だけこちらに視線を寄越し、目を伏せ、閉じ、喉を鳴らす。

 寸刻の静寂に、ワムの微かな息遣いが混ざり込む。瞼は開けど視線は彷徨い、パンフレットの上で止まった手が音もなく握られた。

 風に煽られたツワブキの花弁が空に舞い上がって見えなくなった頃、彼女はゆっくりと口を開き、躊躇を隠さないまま呟く。


「……ばけもの」

「え?」


 それは俺の問いかけに対しては、あまりにも簡素過ぎる返答だった。答えになっていない、とも言えるだろう。

 意図を測りかねた俺が、助けを求めるようにナイリンへと視線を寄越した時、ワムの口が再び開く。


「さっき、クロさん、ハルさんとばけものって言ってました。……クロさんも、ばけものなんですか?」


 質問に対して別の質問をぶつけてくるとは、まるで人の話をさっぱり聞いていない時のハルのよう。しかし俺の身を凍らせたのは、カウンターパンチにも似た想定外の質問が飛んできたからではない。

 クロさん『も』。……たった一文字の平仮名だけで、俺の胸に確かな動悸を与えるには十分すぎた。


「クロさんも、わむみたいにばけもの扱いされてきたんですか。……いっぱいひどい目にあわされて、つらい思いをしたんですか?」

「……………………」


 答えに窮した俺は、言葉を発することもなく、その心中を意図せず表情へと投影させることしかできない。


「王子」


 しかしナイリンが俺を呼び、違うとでも言うように首を横に振る。そしてワムの手首を掴み、ごめんねと断りを入れてから、彼女の長袖を肘まで捲り上げた。


 一部露出した肌には、あまりにも痛々しい傷跡が刻まれていた。煙草を押し付けられた痕、電気を流された痕、何か鋭利な物で刺された痕や、硬い何かで殴られた痕、縄状の物で絞められた跡、肉を抉られた痕……。

 到底肌を見せることなんかできないほど、彼女の体は数多の傷跡に満ちていた。魔法界で拷問された兵士の遺体を見たことがあるが、それを彷彿とさせるような刻み込み方だった。

 ここまで色濃く刻まれてしまえば、もう治すことなどできないだろう。彼女の体には魔法による治療痕があるが、何の役にも立っていない。アルドフッドでさえどうにもできなかったのだ。


「……わむは、親から……ばけものだって言われてきました。お前がちゃんと産まれてくればよかったのにって、ばけものだから何をしてもいいんだって、お前は俺と同じにんげんなんかじゃないって、ずっと、ずっと言われてきました……」

「……実の親が、そんなことを……?」

「血がつながっているわけではなかったのですが、そう……です」

「……………………」


 なんとなく、彼女に覚えていた違和感の答えが見えてきた気がする。


 どこか日本人離れした肌と髪、血の繋がらない親、大人への――特に成人男性へのぎこちない対応、崖から落とされて死にかけていたこと。

 もしも愛する人から生まれてきた我が子が、自分とは似ても似つかない特徴を持って生まれてきたならば、その人はどれだけドス黒い気持ちになるのだろうか。

 その人にとって、それは愛すべき対象と思えるのだろうか。人生をかけて支えるべき我が子として迎え入れられるのだろうか。

 ……子供と接したことすらほとんどない俺には、その気持ちは分からない。でももしも、それを断じて許せない人がワムの父親だったならば。

 その人にとって、ワムは――産まれてきてはいけない化物に見えるのかもしれない。


 認められない子供の鳴き声は騒音以外の何物でもなく、些細な駄々は殺意を覚えるほどの所業へと成り、抱擁を求めて縋りつく行為さえも唾棄すべきものとしか思えず。怒りや悲しみを自覚のない言い訳として、罪悪感は限りなく薄まり、小さな躾はやがて大きな虐待へと変わっていくだろう。

 そんな気持ちは分かりたくも無いが……義憤に駆られて暴走してしまう者がいることも分かっている。


「……母親は?」

「わむが物心ついた頃には……いませんでした。だから、わむは、おかあさんというものを知らないのです」

「………………」


 もはや誰も手を動かさず、ある者は床に広げられたスタッフTシャツの上に手を落とし、ある者は気まずそうに己の髪を触り、ある者は何かを思い出すかのように瞳を閉じていた。


「だから……わむみたいな化物が、他人にかかわっちゃいけない思うんです。わむには価値なんてありません、人に迷惑をかけてしまうだけです。しょせん、わむは化物ですから……」

「それは……」


 彼女の言葉を否定しようと思った。ワムは化物なんかじゃない、親と折り合いが悪かっただけでワムは立派な人間なのだと。


 しかし、今日初めて会った相手にそんなことを言われて、果たして心に届くのだろうか?

 今まで親に化物と呼ばれ続けて、責め苦の日々を送ってきた子供に、俺の言葉が届くわけもない。今のワムにとっては、その場凌ぎの適当な言葉にしか聞こえないのだろうから。

 己を化物だと信じ込んだ人間に、たった一つ、寄り添えるものがあるのだろうか。


「……」


 分かっている。彼女の心に触れるたった一つの方法がある。


 彼女は自分を化物だと思い、他人と関わるべきではないと思っている。しかし言葉こそあまり交わさなかったものの、彼女は俺たちから距離を取ろうとはしていなかった。本当に誰とも関わるべきではないと思っているならば、何かと理由をつけて俺たちからも遠ざかっていただろう。

 逃げなかった理由は、きっと……昼食の時、俺とハルが交わした言葉を聞いていたから。


『いま、ばけもの……って言いました?』


 もしかしたら自分と同じ境遇なのかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、彼女は俺たちの傍にいるのだろう。

 だから今ここで、俺たちが化物扱いされていた過去を話せば、彼女の同志として言葉を伝えることができるはずだ。そうすれば彼女を立ち直らせることができるかもしれない。


 しかし――。


「……」


 真正面に座っているナイリンが、言語化されない思いを視線に乗せてぶつけてくる。身分を明かすなという念押しだ。


 自分の過去を明かすということは、魔法や魔法界について語ることになる。当然、無人界側に存在を秘匿したい魔法界にとっては許されざることだ。例え相手が年端も行かない子供だとしても、万全を期すなら黙秘するのが当然なのだ。

 ワムに魔法の存在を知られるわけには――。


「……………………あれ?」


 なんだか推測の時系列がおかしい気がする。

 俺の考えとしては『ワムが俺たちに興味を抱いたのは、同じ化物である可能性があるから』だ。つまり『同じ化物である可能性が無ければ、俺たちに興味を抱くことは無い』ということになる。

 でもワムが俺たちに初めて話しかけた内容は、確か……。


『……煤と鉄のにおいです。もしかしてアルドフッドさんとおなじで、炭鉱ではたらいていたんですか? おしごとなかまですか……?』


 そう、俺たちの身分を確認しようとしていた。他人と関わるべきではないと考えているワムが、わざわざ俺たちにこんなことを聞くのはおかしい。

 彼女にとって、『アルドフッドと同じ』であることは重要な意味を持つのだ。


「……もしかしてワムって……アルドフッドさんの隠していることを知っているのか?」

「え?」


 俺の頭の中では順当に話が進行していたのだが、会話の流れとしてはあまりにも飛び過ぎだった。突如としてアルドフッドのことを尋ねられたワムが目を丸くしている。


 もしも、アルドフッドがかつて炭鉱夫だったと信じていたならば、わざわざ俺たちにそれを確認したりはしない。

 しかしアルドフッドの正体が魔法使いであると知っていたならば――その確認には大きな意味が込められることになる。


「ど、どうしたんですか……急にそんな、そんなことをきいて……」


 ワムの反応は、誰がどう見ても虚を突かれたようだった。いきなり話が飛んだという動揺だけではなく、まるで不意に患部を触られたかのような無意識的反応だ。

 やはりワムはアルドフッドの正体を知っているのだろう。化物仲間を探しているにも関わらず彼を避けているということは、恐らく彼が化物と呼ばれていた事実を知らず、魔法使いであるということだけをどこかで知ったのだ。


「…………」


 俺からの視線を受け続けているワムは、最初こそ不意を突かれた様に焦り、言い訳を考え、口籠って言い淀み、しかし己の動揺が表に出過ぎてしまっていることを悟って――気まずそうに頷いた。


「……はい。まえにアルドフッドさんが、部屋でまほうのけんきゅう……みたいなことをしているのを見ました。まほうつかいが本当にいたんだなって思って……くろさんたちも、そうなのかなって……」

「そうか、やっぱり知ってたのか……」


 彼女はアルドフッドの正体を知っていて、そして俺たちの正体も分かっているのだろう。

 それならばもう、黙っている意味はないはずだ。


「そうだな、俺もハルも魔法使いだ。そこにいるナイリンもな」

「王子……!」


 認めるなと言いたげなナイリンに向かって、深く頭を下げる。

 彼女からしてみれば、どうにかしてシラを切るのが当然のはずだ。疑いをかけられたとしても決して認めないのが機密保持の第一原則、それくらいは俺にだって分かっている。


 けれども……自分勝手で本当に悪いと思っているが、機密保持なんかのために彼女へ思いを伝えられないのは耐えられない。かつて化物と呼ばれた身として、彼女に伝えたいことがあるのだ。


「俺とハルはちょっと特殊な産まれでな、実験の一環として造られたというか、まあ、平たく言うと……産まれた時から普通じゃないんだ」


 姿勢を崩して胡坐をかいて、ワムと真正面から向かい合う。まるでこれから御伽噺をするかのような軽い口調で、あまり口外してこなかった出生の詳細を述懐していった。


「だから物心ついた時からずーっと軍事国家の殲滅兵器として……ええと、人を殺すための道具として育てられてきたんだ。ワムと同じだよ、みんなに化物として扱われてきたんだ」

「……」


 その言葉を聞いたワムの目が見開かれて――その奥底に微かな光が宿る。

 生まれて初めて境遇を同じくする同胞に会えたことへの、希望の発芽だった。


「……辛いよな、人間扱いされないのは。本当は化物なんて呼ばれるのは嫌なのに、誰も人として認めてくれない。昔の俺はそれが辛いことだということさえ気づかなかったけど……今なら分かるんだ」


 そこで一瞬言葉を切り、彼女の目を見据える。

 ……己を化物だと思い込んでいる彼女に届くのは、化物であることを否定する言葉なんかじゃない。

 例え化物であっても、幸せになれるという保証なのだ。


「でもさ、ほら、見てくれ。化物だって言われ続けてきたアイツを」


 俺が指さしたのは、実行委員会の方々と喜色満面に話をするハルだった。

 今の彼女はかつて戦場で化物と呼ばれていた時の姿とはまるっきり違う、ただの幸せそうな人間にしか見えない。

 それは巨大な支柱を小脇に抱えて櫓を立てるアルドフッドも同じだ。魔法界を追放された過日の化物は、今や島医者として島民に受け入れられ、こうして一緒に祭りごとを盛り上げようとしている。


「……たのしそう、です」

「そうだろ。アイツは化物と呼ばれていたからって遠慮するヤツじゃないぞ。……むしろ昔が悲惨だったからこそ、幸せを取り戻そうとするかのように毎日を楽しく過ごしているんだよ」


 仮に化物であっても、誰かと関わって笑顔になることができる。

 仮に化物であっても、幸せを望むことができる。

 化物だから人間と関わってはいけないなんて、誰も断じていないのだ。


「……俺は、化物にだって幸せになる権利があると思っているよ。だってそうじゃないと、あまりにも悲しいもんな」

「………………」


 もしもこの世界が楽園だと言うのならば、化物でも幸せになれるくらいの優しさはあるはずだ。

 それすらも望めないというならば、化物と呼ばれて産まれてきた俺たちは何のために生きているのか分からなくなってしまう。


 ……いや、それは化物に限った話ではないだろう。

 誰もがこの世界で、自分が幸せになれる未来を夢見て生きている。

 人間も化物もそれは変わらない。幸せになれる居場所を、相手を、夢を、懸想のようにどこまでも希いながら日々を過ごしていく。

 そしていつの日か夢を見終えた頃に、俺たちは消えていくのだろう。


「……わむも、あんな風に……たのしそうに笑えるでしょうか」


 ワムはまるで初恋の相手を見るかのように、ハルの姿を瞳に焼き付けながら呟く。

 憧れという色彩を眼に宿し、零れ落ちる言葉は夢見心地。ワムは今、生まれて初めて、幸せになれるかもしれないという可能性を見出したのだ。


「できるさ。……ワムは、あいつに似てるからな」


 思い返すは夏の風情。まだこの世界に来たばかりで、右も左も分からなかった頃。

 あの時のハルは化物としての生活が抜けていなくて、無人界の全てを拒絶し続けてきた。

 それを俺が無理矢理外に連れ出して世界の広さを伝えたのだが――ワムは、あの頃のハルにそっくりなのだ。


 だからきっと、いつかはハルみたいにこの世界を謳歌できる。

 世界は地獄なんかじゃないと気づくことができる。

 それを知るためには、彼女がほんの少しの勇気を出すだけでいいのだ。


「ねー、さっきから何ジロジロ見てるの。仕事しなさいよ、仕事」


 俺たちが雁首揃えて見ていたのに気づいたのか、ハルが文句を言いながら近づいてくる。まさかハルに仕事の進捗を糾弾される日が来るとは夢にも思わなかったが、話の流れ的に本人が参戦してくれるのは丁度いい。


「なあワム、ハルに話していいか?」

「……ん」


 ワムの首肯を確認してから、ハルに今までの会話を伝えていく。

 最初こそ何か面白い話でもしてくれるんじゃないかとエサを待つ犬みたいな顔で話を聞いていたハルは、ワムの身の上話を聞いている内に段々と、いつもは見せない思案顔になっていった。


「……なるほど、事情は分かったわ」


 神妙に頷いたハルは、俺のペットボトルのお茶で勝手に喉を潤してから、ワムの腕を引っ掴んで立たせる。


「そうと決まれば話は簡単ね! せっかくイヤな親から離れることができたんだし、今が自分の変え時! 実行委員会の人たちと仲良くなって島生活をいい感じのものにしないと!」

「ん、んうぅ……」


 そしてそのままワムの体を掬い上げ、彼女を小脇に抱えてハルが実行委員会たちのいるテントに向かって歩いていく。


「十数年も楽しくない毎日を過ごしていたんなら、これからは人一倍楽しく生きないと損よ。人生の残り時間がもったいないわ! というわけでテントの隅っこでじめじめとTシャツを仕分ける作業はじめじめしたクロに任せておきなさい」

「あんまりじめじめって言うなよ、泣いてもいいんだぞ俺は」


 半ば拉致するかの如く、ハルがワムを連れてみんなのところへ行ってしまった。

 俺はその様子を遠巻きから見ているので何を話しているのかは分からないが、どうやらハルが仲介人となって、実行委員会の人たちにワムへ花形の仕事をあげるように頼んでいるようだ。


 当事者のワムはいきなり人だかりに放り込まれて焦っているのだが、そこは子供付き合いが上手そうなアイが間に入って宥めている。さすがに大人の男性といきなり話すのは厳しいと分かっているのか、ハルも実行委員会の中で女性を選んで話しかけていた。ワムを気にかけていた実行委員会の人たちも話す機会が来たと思い、距離を詰め過ぎないようにしながら話しかけている。そこにアルドフッドも加わって、なんだか向こうのテントはとても楽しそうな雰囲気に包まれていた。

 あまりにいきなり過ぎて、ワムは混乱してしまうかもしれない。しかし自分を変えるためには、これくらいの強引さがなければいつまでも殻を破れないだろう。


 かつて俺がハルに向かってそうしたように――今のハルは、ワムの手を無理矢理にでも引っ張って、内向的な考えを変えようとしている。

 自分を変えるその一瞬が、化物と呼ばれた子供たちを通じて連綿と続いていた。


「……化物でも幸せになる権利がある、ですか」


 そんな光景を見て、ナイリンが小さな声で呟いた。全否定するわけでも全肯定するわけでもない、複雑な色彩を込めた自縄自縛の独話だ。


「やっぱりナイリンは反対か?」

「我々の基準と照らし合わせるならば、あの子は化物とは呼べないでしょう。誰も殺さず何も奪わず、ただ産まれた環境が悪かっただけの被害者ですから。私が受け入れられないのは殺人に染まった悪しき化物だけです」


 そこで言葉を切って、しかし二の句は継がない。

 不器用ながらも少しずつ、実行委員会の人たちと話してみようとしているワムを見て――ナイリンは郷愁のような感傷を込めて息衝いた。


「でも……あの不幸な子供を慰められるのは化物だけということは理解しています。だから今は何も言いません。……何も言えませんので」

「……そうか」


 ナイリンはやはり化物に対して恨みを持っているのだろう。

 しかし化物の存在を否定することは、ワムが立ち直る切っ掛けを否定するのと同義だ。だから今は、今だけは、化物という存在に目を瞑ってくれている。


「………………」


 俺たちはただ黙りこくり、ワムたちの様子を眺めていた。

 ナイリンとは相容れない立場だと分かっているが、少しだけ、悪く無い時間だと思った。

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