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21章 戦争を止める方法

 ……その後、俺とハルは言葉を発することなく、ただ押し黙って自宅へと辿り着いた。


 道すがらに買った出来合いの惣菜を食べ、順番にシャワーを浴びて、それでも絞り出せる言葉など見つけられないまま時は流れる。

 気づけば俺たちは、いつものようにソファーに二人並んで座っていた。普通ならばきっと今頃テレビを点けて、色々くだらないことを喋りながら余暇を楽しんでいただろう。しかし俺たちの目の前にあるテレビは電源すら点いておらず、ただ真っ黒な画面が映り続けていた。


 やがて――数時間ぶりに言葉を発したのは、ハルだった。


「……私は、委員長の気持ちが少しだけ理解できるの」


 言葉を選びながら、自分の想いを言葉に変換するのに手間取りながら、彼女は小さな声でそう呟く。


「私も……私たちも、明日にはあの戦場へ帰らなくちゃならない存在。でも、もし明日帰らなくていい方法があるなら……この世界で生き続けられる選択肢があるならば、きっと迷わず選んでいたと思うから」


 この日常を失わずに済むならば、魔法でそれが叶うのならば、ハルも委員長と同じ道を歩んでいたかもしれない。二人の違いは可能であったか不可能であったか、ただそれだけの差だったのだろう。


「…………ねえ、クロ。もしもさ……明日帰ることを拒んで、ずっとこの世界に居続けたら……私たちは幸せになれるのかな?」

「犠牲から目を背けることを幸せとは言わないよ」


 長く言葉を発していなかったせいか、言葉が喉に張り付いて上手く発声できなかった。

 ……それとも、言葉を出すことを躊躇っているのかもしれない。内心ではそんな未来も良いのかもしれないと、無意識下で思っているのかもしれない……。


「俺たちが帰還を拒めば、向こうの世界は混乱に満ちる。王族も民も惑乱の渦中に陥って――それでも多分戦争は終わらない。俺たちが一騎打ちをしなければ、いつまでも戦争は続く。俺たちが楽しい日常を過ごす裏で、大量の国民が死んでいくんだ。……それが分かっていて笑顔で生きることなんかできないよ」


 犠牲の上に成り立つ暖かな日々など、朝焼けと共に消えてしまう深更の霜柱と同じだ。胸の奥底で裏切りの棘が疼き続け、その笑顔を徐々に曇らせる。後ろ髪を引かれ続ける毎日なんて本当の幸せには程遠い。


「それに、俺たちを奪還するために魔法界から兵士が送り込まれるだろ。無人界で魔法を使った戦いを繰り広げれば……どれだけの被害が出るか想像もできない」

「でも……魔法界に帰ったら、また一騎打ちをさせられるんでしょ……?」


 ソファーの上で、彼女は膝を抱いた。

 辛い現実から目を逸らして、瞼の裏にある暗闇の世界に逃げ出して、それでもいつか至る悲劇からは免れない。


「……クロと殺し合うのなんて……やだよう……」


 そんなの、俺だって嫌に決まっている。

 しかし長きに亘る戦いに終止符を打ちたく思うのは、どちらの国だって同じだった。その戦いが化物二人の殺し合いによって決着するならば、きっと誰もが必要な犠牲だと思うだろう。


 心を持った俺たちの死闘は……きっと無人兵器同士の殺し合い程度にしか思われていない。

 ……化物として生まれ、役立たずの兵器として死にゆくか。もしくは敵を打ち負かした良き兵器として、征服後も他国への抑止力として死ぬまで機能し続けるか。

 人として生まれ、人として生き、人として死ぬ。ただそれだけの渇望は、きっと叶わない。


「なんで私の人生には……普通の幸せさえもないんだろう……」

「……」


 母の愛を知っている俺と違って、ハルはずっと兵器として扱われ続けていた。メース家は彼女を娘として扱わず、ただの人型兵器としてしか見ていなかったのだ。

 誰からも愛されることなく、誰からも人扱いされることなんてない。その脅威が自国へ向かないよう『教育』されて、何が善で何が悪なのかを理解できないまま敵を殺すことだけを求められる。


 生まれて――殺して、殺して、殺して――誰かに褒められることも無く――敵を殺すことは当たり前のことだと扱われて――往く日も来る日も、敵を殺し続けて。

 その果てに得た僅かな幸せさえも、たった3ヵ月程度で奪われて。そこでようやく友と呼べるものを手にしても、そこでようやく家族と呼べる俺と出会っても、それは瞬く間に剥奪されてしまう白昼夢に過ぎなくて。


 彼女は、これから何に依って生きて行けばいいのだろう?

 幸せの味を知ってしまった兵器は……これからどんな顔をして人を殺せばいい……?


「……ハル、一つだけ方法があるよ」


 彼女の手を握って、そう伝える。


「俺たちが祖国に背くなら……もしかしたら、三千年続いた戦争を止められるかもしれない」


 ハルは期待するように俺の顔を見た。彼女の産まれた地獄に降りた細い糸を見つめるように。


「でも、俺たちが兵器から人間に変わるわけじゃない。……それにもしかしたら、シロガラ国もメース国も両方滅亡するかもしれない」

「……それでもいいよ……クロと殺し合わなくていいなら……」


 彼女は縋るような目で見つめてくるが、本当に戦争が止まるかどうかは限らない。きっと可能性は低いだろう、予想外の出来事が起こって頓挫することも十分ありえる。

 それでも戦争を止められるかもしれない唯一の機会だった。


「……この世界に秘められた魔力について大仰に祖国へ伝えれば、多分俺たちの一騎打ちは無期限延期にできるだろう。元々どちらが勝つか分からない勝負だし、例え勝てたとしても俺たち化物に損害が発生するだろうからな。運否天賦に身を任せるよりは、この世界の魔力を手に入れる方が勝率は高いと全力で思わせる」

「この世界に軍を送り込むってこと……?」


「そうなるだろう。膨大な魔力さえ手に入れれば、現状の彼我兵力差に意味なんてなくなる、手に入れたほうが圧倒的な勝利を収めるからな。……シロガラ国とメース国の戦争は、どちらが早くこの世界から魔力をせしめられるかという闘いになるだろう」


 学校地下の魔力は、俺たちのような化物にも匹敵している。つまり魔力の過多だけで語るならば、奪取した国は化物を2体分所有することになるのだ。

 そうなれば、たった1人の人間兵器風情がどれだけ抗おうと戦力差はひっくり返らない、その時点でゲームセットだ。


「……だから、祖国に虚偽の情報を流す。敵は計画を数年後に始動させる腹積もりで、尚且つ繁殖した魔法使いの軍勢を一個師団所持している……みたいな感じでな。そうすれば王どもは軽々に略奪を仕掛けられなくなり、遠征の為に入念な準備を重ね始めるはず」

「でもいつかは準備を整えて、この世界に踏み込んでくるでしょ……?」


「本当の情報は中立国家にのみ流布させる。……諜報員の祖国にだけ真実を伝えるよう指示すれば、中立国家は競争相手のいないこの世界で悠々と魔力を手に入れられるだろう。委員長が両親を倒しただけで魔力を掌握したことを考えると、恐らくフェンネル家の末裔は東松山家しかおらず、略奪の障害は委員長たった一人。そして魔法界の大国も手を出さないとなれば、中立国家にとっては最高のブルーオーシャンだ」


 現状の魔法界はシロガラ国とメース国の二強状態だが、中立国家が莫大な魔力を手にすれば勢力図は変わる。

 世界のパワーバランスは三色に染まるだろう。


「確かに……中立国家が武力を得た中で、メース国とシロガラ国が戦争を続けるのは悪手。兵力を失うだけだもの。仮に一騎打ちでさっさと決着をつけようとしても、勝利した側とて国家最大の兵器に何らかの損害が行く。そこを突かれて中立国家に攻め立てられれば目も当てられない。……だから物理的戦争は一時中断せざるを得ないのね」


「だが中立国家の出方次第だ。あいつらが対立のない和平を望むなら戦争は起こらないし、俺たちの国家も消耗を避ける為にしばらく戦争を起こせない。だが中立国家が征服を望むなら三国間の戦争、もしくはどちらかの国と共同戦線を組んでもう片方の国を潰しにかかるだろう。……そうなれば俺たちの祖国は滅亡の危機に瀕するかもしれない」


「……だけど、もしそうなったら……最前線に立つのは私たち」

「ああ。もし中立国家を交えた大戦争に至ったならば、今度こそ俺たちが命を賭して国民を守ればいい。……容易ではないけども、挽回する機会は残されている」


 きっとその果てに待つのは俺たちの死だろう。

 しかしそれは今とて同じはずだ。俺たちに命を託して必ずどちらかが滅亡する未来よりは、中立国家に全てを委ねて両者共に生き残れるかもしれない未来の方が希望は残される。


「でも……そうなると、私たちは委員長から生きる希望を奪わなきゃならなくなる……」

「そうだ。だから諜報員をあの場で口止めさせて、祖国への報告を保留させたんだ。……ハルが同意してくれなきゃ意味がない計画だからな。俺とハルと諜報員が口裏を合わせなければ、この未来は紡げない」

「そうね。……そう、ね……」


 何かを諦めるように、彼女は天井を見上げた。


 委員長から生きる理由を消し去ること、その残酷さはハルにだって分かっている。

 だが彼女の計画が遂行されれば、学園外の全ては停止して――死と同等の結末を迎えるだろう。

 だから、ハルは受け入れるしかなかった。例えその痛みがどれだけ顕著に感受できたとしても。


「……もし作戦を決行するならば……この世界に残るって未来を捨てなきゃいけないのね」

「ああ。俺たちが魔法界に帰らなくちゃ三国間のパワーバランスも糞も無い。中立国家が全ての国を滅ぼして終わりだ」


 天を仰ぐ彼女は、少しだけ虚ろな目で虚空を見つめ続け、何度も何度も言葉を反芻して、考えに考え抜いて……。


「……うん。……そうしよっか」


 力のない声で、そう囁いた。


「帰ろう。私たちの世界に」

「そうだな。……帰ろう。俺たちの未来に」


 彼女は腕で顔を隠して――声もなく、静かに涙を流した。


「……泣くな、バカ野郎」


 握った彼女の手を引き寄せて、涙に濡れる彼女の顔を見据えて。


「明日、故郷に帰るまでは、俺たちは普通の人間だ。だから普通の人間として最後まで楽しもう。……泣くのは向こうに帰った後でもできるだろ」

「……うん……」


 そう返事をした彼女だが、涙を止めることはできなかった。

 それでも溢れる涙を両目から零れさせながら、彼女は不器用に笑った。


 ……そうだ。最後まで笑顔で居続けてくれ、ハル。

 だって俺は願ったのだから。少しでも楽しい思い出を持ち帰ってくれればいいと思って今まで過ごしてきたのだから。

 だから、最後の一瞬まで楽しんでほしい。例え祖国に帰って、化物としての毎日がまた始まるとしても……思い出だけは忘れずに生きていてほしいから。

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