3章 花道デビュー!
「大変だ大変だ!」
翌日、とても麗らかで優雅な朝だというのに、妙に血圧が高そうな鳳輔が大変だと騒ぎ立てていた。俺はまだ朝の寝ぼけから目覚めてすらいないというのに小躍りしながら周囲を回ってくるなんて嫌になるくらい手厚い歓迎だ。
「どうした朝っぱらから」
「学園祭実行委員会の仕事があるぞ!」
「え、学園祭はもう終わったのに。どうした、時でも逆行したか?」
委員長事件の経緯を知っている者にとっては到底冗談では済まされない返しをしてみるも、鳳輔は構わずに大変だと騒いでいる。
今更何が大変だというのだろう。学園祭は3ヵ月前に大盛況の中で幕を閉じて、次に開催される来年の秋頃までは何もする必要がないはず。まだ何か後始末が残っていたのだろうか。
「とりあえず落ち着いて話してくれ。なに、委員会の仕事がまだ残ってたのか?」
「残っていたというか、ほら、学園祭実行委員会って開催時期以外はヒマなわけだろ? たった数ヵ月程度だけ稼働するようじゃ委員会としてあるまじき怠慢だからな、時季外れは他の部活や委員会の手伝いをすることになってるらしいんだよこれが」
「え、なにそれ初耳なんだけど」
「うむ、見事に言い忘れていたからな。……というか委員長の一件が終わってもまだ委員会に加入し続けてくれるとは思わなかったし、最初から説明する気がなかったのだ」
確かに、元々俺たちが学園祭実行委員会に入ったのは様々な思惑に導かれたからだ。事件が解決したことを切っ掛けに脱退してもおかしくない流れだっただろう。
正直2週間ほど続いた委員会での活動は楽しかったので、もし可能なら来年もやりたいと思っている。そういう経緯もあって、未だに名前を連ねている状態なのだ。
「そういうことなら、とりあえずハルも呼ぶか」
クラスの中を見回し、誰かの机を椅子代わりにしながらクラスメートの女子と歓談しているハルに目を向ける。
「あたしマルチーズ好きなんだよね~」
「レンジで溶かすと美味しいわよね!」
ハルがチーズの一種だと勘違いしたせいでクラスメートの度肝を抜いていた。マルチーズっつってるだろ。
「おいハル、鳳輔が呼んでるぞ。神妙にしてこっちに参れ」
「む。なに、朝から新鮮な下ネタでも仕入れてきたの?」
なにか疑っているハルにここまでの流れを説明すると、ヤツも初耳と言いたげな表情でちょっぴり驚いていた。
「へえ、そんな仕事があるのねぇ。つまり私たちの手伝いを求めてる部活があるの?」
「そうなんだよ。詳しいことは本人に聞いてもらいたいんだが、内容としてはアレだぞ。演劇部」
「演劇部!?」
部活動の名称を聞いた俺とハルが同時にはしたない声を上げ、思わず顔を見合わせる。
魔法界にもオペラやミュージカルなんかの文化はあるので、演劇部がどういう内容なのかは幾分わかっているつもりだ。故に何をやらされるのかが薄々想像できてしまい、俺は難色を示してハルは天真爛漫に目を光らせた。
「おい待て鳳輔、俺たちに演技なんて無理だぞ。ハルを見てみろ、台本を1ページすら憶えられなさそうなこの無垢な顔を」
「まあそう急くな、クロたちの言いたいことは分かる。でも演劇部と言ってもヒノキ舞台に上がるとは限らんぞ。音響や照明や大道具、受付に広報なんかの裏方仕事は山ほどあるだろ? ド素人に依頼をするんだから、そっち方面でのヘルプなんじゃねえかな」
「ああ、まあ、それならいいけど……」
もし演技をしろと言われた日には演技力と記憶力と決断力を理由に辞退を申し出るしかないだろう。俺に備わっているものなどせいぜい軍事力ぐらいだ、あまり多岐に渡る運用法があるとは思わないでほしい。
「ねぇホースケ、それって誰からの依頼なのー? 演劇部ってことは分かるけど、よくわからない人に依頼されても困るわ」
「あぁ、あそこの席に座ってる――」
振り返った鳳輔が腕を伸ばして、依頼主を指さそうとした時、突如下方から手が伸びてきて鳳輔の人差し指を掴む者が現れた。
視界の外れから出現した手にちょっとだけビビりながらも、視線を下に向けると――大層派手な女子がいた。
「よー、学園祭ナントカ委員会さんよぉ。ヨロシク頼むぜこれマジでぇ」
そこにいたのはクラスメートの女子、土居 綴流だった。
黒髪にピンクのインナーが見え隠れし、耳には夥しいほどのピアスとネジバネイヤリングが光り、鉤爪を装着しているのかと勘違いするほどのロングネイルをバチバチにキメている。小学校へ違和感なく通えそうなほど低身長なくせに大きめの制服を着込み、袖を妙にダボつかせてだらしないスタイル。どこか生意気そうな吊り目と挑発的な語調は、俗にいうギャルらしさを存分に湛えていた。
俺たちが転入してきて早5ヵ月、クラスメートの姿もそろそろ見慣れてお馴染みになりつつある頃合いなのだが、彼女の出で立ちだけは半期が経っても未だに慣れそうにない。果たして本校の校則は彼女の風貌を許容しているのか、そこが気になるところだ。
「え、土居さんじゃん。演劇部なの?」
所属するグループが違うのであんまり話したことはないが、綴流のキャラ的にあまり壁を感じることはなく、クラスメートの大半が彼女とはダチみたいな喋り方となっている。かく言う俺もそのうちの一人だ。
「おー、なんだよクロチャン知らなかったんかよー。幼い頃からバキバキに演劇キメてんぞウチはぁ。も、全身から大女優のフェロモンが遠慮したくなるくらい出まくってんだろォー?」
「ああ、うん……そうね……女優のエキスが横溢してるねえ……」
どちらかと言えば演劇と言うよりはお遊戯会のほうが似合いそうなタッパだが、残酷な現実を口にするのは主義ではないので事なかれの同意を口にする他ない。
しかし綴流が演劇部だというのは意外だった。あまりにも特徴的な見た目すぎてどんな役であってもチャラい雰囲気が出てしまいそうなものなのだが、果たして本当に登場人物を演じられているのだろうか?
「へー、つづるんってもっとこう、ブラバンとかダンス部とかに入ってるイメージだったわ」
「おォー偏見だぜハルチャンよぉ、ウチは見た目だけハデっぽいけど中身は品行方正でドートク的なの。成績だって悪かないぜぇ、下のクラスで上位5位をキープしてッからさぁー」
「え、ホント? へー、賢いわね。私、下のクラスで下位5位の常連だわ」
一部の授業は成績によって上クラスと下クラスに分かれるのだが、そもそも下のクラスに割り振られている時点で何一つ誇れるものではない。ドングリが50歩と100歩を比べるようなものだ。
「おー、ハルチャン意外とオバカ系だからなー。今度ベンキョー会開いて教えてやんよ、マジ国語なら任せろて。もスッゲーぞ、現代文なんてテクさえありゃ誰でも解けるっつーの」
「フフ……いよいよこの私がインテリ系女子になる日が来るのね」
仲睦まじい女子の会話そのものだが、恐らく勉強会を開いてもハルは何一つ問題を解けない置物になってしまうインテリア系女子なので無意味だと思われる。
「勉強会の予定は後日立ててもらうとして、一つ聞きたいことがあるんだがいいだろうか?」
意外と仲良しだと思われる女子二人の間に割って入り、鳳輔が発言許可をもらおうとしている。どぞー、と綴流が枝毛を弄りながら仰向けの手のひらを向けて先を促した。
「演劇部からの手伝い依頼とのことだが、具体的に何をしてもらいたいんだ? 必要人数と期間と内容とバラ鞭でしばかれるM男の役があるかだけ聞いておかないとならなくてな」
「あー、人数はアレ、クロチャンとー、ハルチャンとー、おツルとー、マナっちの4人ほしーんだよなー。いいんちょも借りたいけど今放浪中なんだろぉ?」
独自性がありすぎるアダ名なので一瞬混乱するが、おツルが鶴ヶ島鳳輔を指していて、マナっちが朝霞愛美を指しているのだろう。多分いいんちょは東松山咲希のことだと思われる。
「ううむ、そうだな、委員長は休学中らしいからな。代わりに他の先輩たちに応援を要請するか? 彼女たちも委員長に負けずむしゃぶりつけるいい体をしているぞ」
「知らねーパイセンは他の部員が気ぃ遣っちゃうからナー、ありがてぇけどパスで。ほんで期間は12月24日まででぇー、内容はアレだよ、演者ぁ」
「「「演者!?」」」
総勢3名の学園祭実行委員会メンツが声を揃えて思う存分のけ反った。
「あン? んーだオメーら途端にたまげやがって。ウチにもたまげさせろ」
「いや演者は! 演者は待ってくれ、こいつらの陽気な顔を見ろ! 無理に決まってるだろ!」
鳳輔とハルの顔を指さしながら必死に訴えるも、綴流は「ぎゃは!」と粗野かつ快活に笑って俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「クロチャ~ン。心配すんな、むしろキャラ立ってて結構じゃねーの? 別に現代に蘇ったヘプバーンになれって言うわけでもネーヨ、最低限台本が読めて動きが付けられりゃそれでいーの。人数が足らんくて困ってんだよねウチら」
「いやでもッ、キャラが立ってるというかもうちょい座っててほしいというか……そもそもド素人を舞台に上げても観客を涙させるくらいの大失敗しかしないと思うんだがっ。演技は部員に任せて、俺たちに大道具とかの仕事を回してほしい!」
「ァー、それなー、それなんだよなー。や、マジこれ切実なんだけどサ、演劇部でインフルエンザが流行って人が足んねーの。も、一年と二年がガチ半壊」
「え、マジで?」
身近に迫る疫病の影を聞いて、ちょっと慌てていた俺たちも少し真面目な表情になる。確かにこの時期、テレビやニュースサイトでインフルとかノロとかの注意喚起が度々流されているのは知っているが、知らない内に学園内でクラスターが発生していたとは。
「これ困ったことにマジなんよ。体調がビミョーなヤツが何人か出て風邪かなーッつって笑ってたんだけどよぉ、38度の奴が出て39度の奴が出て、しまいには40度。部員の何人かが人生初の救急車呼んだらしいぜぇ」
「あらまぁ、それはインフレエンザねぇ……」
俺の逆鱗に触れるくらいつまらんことを抜かしたハルのおでこに手痛いビンタを食らわせて、最初こそ渋っていた俺も少し勘案する。矢面に立つ役回りを演劇部に任せて俺たちは裏方仕事ができれば最善だったのだが、そもそも人数が足らないということになればそうも言っていられないだろう。
しかし一朝一夕の稽古で演技ができるわけもなく……と考えたところで、ふとそもそもの疑問に思い当たる。
「あのさ、それだけ欠員が出たら部活動が停止するもんじゃないのか? 年内は部活閉じたほうがいいのでは」
「あー、時期がわりーのよコレが。12月24日におっきい演劇大会があるんだけどよー、それ三年生の卒業前のラスイベなんよ。下級生の不甲斐なさで三年最後の花道をおじゃんにするのはいただけねーだろー?」
思ったより切実な理由で唸らざるを得なかった。確かにこの状況で出場やめればなんて言える奴はいないだろう。
「なー頼むよぉー。マジこれちょお困ってんだよホントに。今ならもう靴とか舐めちゃうくらいには困窮してんのよウチらさー」
「舐めるのは靴じゃなくてもいいか?」
「鳳輔下がれ! 法に触れる!」
どうにか力になりたい気持ちはあるが、それでも素人には浅い部分に限界がある。
いくら心意気はあろうとも物理的に難しいことをするのはどうにも――。
「ねえクロ、やっちゃいましょ。やりたい」
……と、腕を組んで悩んでいる俺の耳元にハルが顔を寄せてきて、仄かなバニラ&ブロッサムの香りを漂わせながらこしょこしょ話を試みてくる。
「でもお前、台本を記憶することすら儘ならないだろ。一念発起して寿限無を覚えようとして一文字目から間違えてたじゃん」
「心配しないの。私たちはピンチヒッターなんだから、ちょっとくらいズルをしたって不問でしょ。策はあるわ」
そう言うとハルは右手を持ち上げて、俺の目の前で指を一本立てた。これが中指だったら今すぐにでも血で血を洗うことになっていたのだが幸いにも人差し指で安堵したものの、指紋が薄そうなハルの人差し指を見て一体なにを思えばいいのだと首を捻っていると――。
「これ」
ハルの人差し指から金色の粉末が溢れ出て、空中に舞って漂っていく。やがてその粉末は意思を持ったかのように集い、空中で『クロは痴女』という文字に変化した。
決して俺は痴でも女でもないのだが、これは魔精反応を顕現させて空中に表示する基礎的な魔法だ。魔力や魔精反応は魔法の存在を知らない者には見えないので、この文字を見ることができるのはこの学園で俺とハルと鳳輔とアイと委員長だけということになる。つまり簡易的なプロンプターを作り出したわけだ。
「なるほど、賢い。セリフを憶えなくて済むし、地面に置いておけば立ち位置を忘れても対処することができそうだな」
「そ! これなら動きさえ頭に入れれば変な失敗をすることはないと思うわ。まあ演技力が伴わないからアレだけど、どうせ任されるのは端役だろうし」
「ん、これならなんとかなりそうだ」
褒めろ!と言いたげに頭を向けてきたのだが人前で頭を撫でるのはちょっぴり恥ずかしいので顎を撫でてやり、今度こそ自信に満ちた表情で綴流へと向き直った。
「土居さん、ハルと協議した結果やろうってことになったからよろしく」
「クロとハルちゃんがいいなら俺も構わないぞ、多分アイも承諾してくれるはずだ」
ハルの指先から出てきた粉末を見て鳳輔もインチキのタネを悟ったのだろう、俺の隣で力強く頷きながら生徒手帳に『クロは痴女』とメモしていた。フェイクニュースに踊らされないでほしい。
俺たちの快い返事を聞いた綴流の表情が朝焼けのように明るくなり、満面の笑みを浮かべてちょっとだけギザついた歯を見せながら、両手を広げて近づいてくる。
「マジかよ人情にアツいヤツらじゃねーの! これでもうウチらはド親友だな! な! おー、末永く頼むぜダチよぉ」
彼女は気やすく肩に腕を回そうと思ったのだろうが、どうしても身長差がネックとなったみたいで腰に腕を回してきた。というよりそこは臀部だ。
「ンじゃ! いつぐらいから演劇部んトコに顔出せるか分かるか? 大会まで時間ねーからな、できれば早めのほうがありがてぇけどよぉ」
「俺とハルは今日からでも大丈夫だけど、鳳輔たちはどうだ?」
「あー……悪い、俺とアイは先約があるから明日からだな」
「んだァー? おツルたちはデートかよぉ、えぇオイ素敵じゃァーん。恋人優先結構なこった! 育めよ若人!」
「うーむ、そういう桃色タスクなら大興奮だが実は法事でな。ホントはこの首にトゲ付きの首輪を付けられたいところだが、今回ばかりは黒いネクタイを締めなきゃならんわけだ」
トゲ付きの首輪はプレイ用ではなくて犬用ではないかと疑問を浮かべつつも、鳳輔とアイが揃って法事に出かけるということは――と、ハルと共に考えを巡らせる。
「ねえホースケ、それってもしかして……」
「ああ、正善兄さんの祥月命日だ。色々家庭の事情があって正式な法事は行われていないからな、俺とアイだけでも毎年墓に参って線香を添えているんだ」
朝霞正善、アイの兄であり三年前に亡くなった故人だ。デースマースによって坂浦美奈子という女子学生と共に魔法使いにされ、最後には非業の死を遂げてしまった被害者でもある。
恐らく家庭の事情とは、デースマースの工作によって朝霞正善が事件の犯人に仕立て上げられたせいで、一回忌や三回忌などの死者を弔う行事をしなくなっていることだろう。後から聞いた話によるとアイの両親はその一件でかなりのバッシングを受けて、事件のことを息子もろとも忘れようとしているらしい。
「ところで鳳輔に聞いておきたいんだが、今までこういう依頼って舞い込んでこなかった気がするんだが珍しいことなのか?」
「いや、たまにあったぞ。でも今までは先輩のお姉さま方が引き受けてくれたから一年坊にまで依頼が来なかっただけだな。本当は今回も上級生宛てになるはずだったが俺が引き受けておいた」
「今回引き受けたのは土居さんが低身長女子でげへげへしちゃったからか?」
「ばれちゃった」
大変素直で好感が持てる、後でパンチをプレゼントしてあげよう。
「という実は本音の冗談はさておき、土居さんが俺たちを指名してたし、それにクロたちが学園祭実行委員会に入ってからずっとゴタついてただろ? 委員長とか変質者とか島とか。だからこういう些末な依頼が来ないように止めてた面もある」
確かに思い返してみれば、委員長が地下に集めた魔力のこととか、デースマースの暗躍のこととか、神成島での地獄とか、常に何かの対応に追われていた気がする。
「ようやく懸念が無くなって羽を伸ばせるんだ、ここらで学校生活を楽しんでみるのもいいんじゃないか? 意外と久々だろ、こういうの」
「確かに……」
元々学校に通い始めたのも、ハルが学校に行ってみたいと駄々を捏ねたことが始まりだ。いつか帰還しなくてはならない立場なのだから、可能な時に学校を楽しまなければ本懐を全うできない。
「そうだな、心遣いに甘えるとするか。なあハル」
「うん!」
戦火もなく陰謀もなく、ゼロもなければオリジンもない。
学園と部活と少しの魔法と、小さな恋だけ。……これはそんな、4番目の物語。
そして。
ある意味においては――『最後』の物語。




