Interlude ~アフター3~
「ほほう、アイからあらましは聞いていたが、詳細に聞くとそこまで切迫した事態だったんだな。随分とお疲れさまだ」
神成島のイザコザを終えて再び日常生活に戻ってきた俺は、この4連休に巻き起こった出来事を鳳輔に話していた。
当然学校で魔法について話すわけにもいかないので、ダベり場所は我が家だ。15時に授業が終わるなり我が家に集結して、リビングに寝転んで放課後特有のゆるゆるな雰囲気を纏いながら、様々な出来事を一から順に話している。
そんな俺たちの前に、粗茶というよりもはや出涸らしと言ったほうが適切なお茶を差し出してきたのはハルだ。まさかあのハルが客人に向かって茶を拵えるなんて、と一瞬驚いてしまうも、配膳する時に大胆にも指を5本とも茶の中に突っ込んでしまっているので悲しい。
「ホント、大変だったんだから! あまりの過酷さに何度もクロの死が頭に過ったわ」
「なんで俺の死だけが過るんだよ、己の死も過れ」
俺よりもよっぽど過酷な目に遭ったはずのハルだが、喉元を過ぎてすっかり熱さを忘れてしまったのか、もう人生譚の一部として消化してしまっているようだ。まあ化物生活の中ではあれより悲惨な目に遭うこともあっただろうからな。
「うむ、無事に揃って帰れてよかったな。ハルちゃんはクロがいないと大変だろうからな」
「そうね。もしもクロが死んだら泣きながらオダマキの花を墓前に添えて、即座にヘルパーを雇ってぬくぬく暮らすわ」
「もうちょっと喪に服してくれ」
ちなみにオダマキの花言葉は『愚か』だ。死者を愚弄しないでほしい。
「……で、何度も話に出てきているナイリンさんとやらはどこに行ったんだ? 護衛なんだろう、近くに居なきゃマズいじゃないか」
「ナイリンは一時的に魔法界へ帰還したよ。あれだけの大事件が起こったんだ、一旦祖国に帰って状況報告と今後の動向を話し合わなきゃならんらしい」
「なんだと? おい、何故引き留めなかったんだ。俺が小柄な女性を好んでいるのは周知の事実だろう。アイから聞いたぞ、小柄なのに目つきが鋭くてお堅いタチなんだろ。今日はそんな激エロお姉さまとイイコトしに来たというのに」
「イイコトしに来るなよ」
「じゃあイケナイコトしに来たのに」
「イケナイコトしに来るなよ」
4日間お留守番していたせいか、今日の鳳輔は中々に絶好調だった。下ネタの海で生きるクロマグロみたいな生態系をしている。
「はいコレ」
そんな鳳輔の前に、ハルが幾つものお土産を積み上げていった。神成島のご当地マークが描かれた煎餅やクッキー、神成島の空気と書かれた胡散臭い缶詰、今どき観光地でも売られていないようなペナントなど、多種多様な神成島土産がジェンガのように不安定なバランスを保っている。
「アルドフッドさんが持たせてくれたお土産よ、これがホースケのぶん。小癪なことに賞味期限が短いものが多いから心してたらふく平らげてね」
「おお、手厚いな。サンキュウ」
ご当地限定でキワモノフレーバーとなっている有名菓子をパーティー開けして、鳳輔は俺たちも食べるように促してくる。「チャス」と礼と判断していいのか分からない声を上げながらハルがボリボリと摘まんでいた。
「しかしこれだけお土産を用意してくれるなんて、アルドフッドさんはいい人だな。クロたちもそうだが、向こうの世界で化物と呼ばれていたとは思えん」
「そりゃそうだろ、いつも化物染みてたらホントに単なる化物でしかないし。通常時と緊迫時は全く違うからな」
「ああ、確かに」
己の股間を注視しながら納得したように頷いているが、緊迫時に化物染みたサイズにならないなら不適切な直喩だと思われる。
「……ちなみに、化物染みたとは言うが、アルドフッドさんって実際どんぐらい強いんだ? 俺の魔法使い像はせいぜいデースマースとクロたちくらいだぞ。クロたちが弱体化しているってんだから、それよりよっぽど強いんだろ?」
確かに、考えてみれば今まで鳳輔が見てきたのは並未満の使い手ばかりだった。俺とハルだけは化物の範疇に含まれているが、彼の言うように著しく弱体化しているし。
「そうだな……かつてペスパス国っていう国家があったんだけど、そこは侵略戦争を仕掛けられて領土のほとんどを占領されていたんだ。もう、日本で言うなら東京近郊以外を全て奪われたような状態だな」
「やべえな、敗色濃厚どころか既に過剰侵略されてるレベルじゃねえか」
「そこに参戦して、侵略された領土を取り返すどころか、相手の国家を逆転KOしたのがアルドフッドとスカーレットのコンビだな。このタッグが抜きんでて強かったせいで、諸外国は彼らを国旗に書かれた鷲になぞらえて双翼の化物と呼んでいたらしい」
「俺も性欲の化物と呼ばれているよ」
「まあ長いこと前線から身を引いていたせいで、随分となまっていたみたいだがな」
いくら化物であっても戦わなければ日常に溶け込んでしまう。俺たちも戦場に君臨していた頃よりは、魔力の過多以外の面でも弱体化しているはずだ。
「そんなに訛っていたかしら……」
解釈を間違えたハルが首を捻っているが、もう大人しく土産物を食っていてほしい。
「そりゃ呆れるほど強いわな、化物と称されるわけだ。しかも小さな島に、同じくらいの化物がたくさんいたんだろ? ええと、スカーレットに鬼神龍翁にワムにベリアスだっけ。こりゃもう戦争みたいなもんだな」
厳密に言えばアルドフッドと同等の存在なのはスカーレットに鬼神龍翁の2名だけで、ワムとベリアスは『普通の人間とは製法が違う』という意味の化物なのだが、その辺りを詳しく説明すると色々面倒なので神妙に頷いておいた。
「ま、みんな無事でよかった。俺だけが留守番した旅行先で全滅なんてことになったら、悔やんでも悔やみきれないだろうからな」
「鳳輔……」
意外と殊勝なことを言いだしたのでちょっぴり感動してしまう。
「あとせっかく島に行ったというのに女子たちの水着写真を激写してこなかったことも悔やんでいるからな」
「鳳輔……」
ホントに悔やむような目に遭わせてやろうかと邪念を過らせてしまう。
「ところで、鳳輔はこの4連休何してたんだ? さすがにずっと家で膝を抱えていたわけでもないだろ」
「俺だけ連休の思い出を作れないのは寂しいからな、九州へ旅行に行ってきたんだ。素敵な4日間だったぞ。豊富な特産品に舌鼓を打って、ワニの餌付けに心躍らせ、マスクメロンがサクランボに見えるほどの巨乳を携えたねーちゃんとお手手つないで温泉地で肌を潤し、夜には青少年には決して言えないようなハレンチサムシングが勃発した」
「事実と嘘を混ぜるのは詐欺師のテクニックだからやめてくれ」
「まあ本当は家族旅行だ。父親の希望で別府に行って地獄巡りをしてきたんだぞ」
こちらも神成島という地獄を生き抜いてきたが、どうやら鳳輔も地獄を巡っていたらしい。緊迫度合いは雲泥の差なのだろうが。
「というわけで、俺からも2人にお土産話があるんだ。目ん玉かっぽじってよく聞いておけよ」
「ほじる場所が違うぞ」
「分かったわ、鼻の穴かっぽじってよく聞いておく」
「ほじる場所が違うぞ」
鳳輔も鳳輔で色々な出来事があったらしく、身振り手振りを交えながら熱烈的にエピソードトークを展開される。
神成島で巻き起こった騒動に比べれば非常にささやかな内容だが、それでも日常会話としては興味深いものばかりだ。特に俺たちは東京の外に出たことがないので、別の都道府県の話は新鮮なものばかり。
しばらく俺たちは、茶請けにもならないお土産を食べながら、鳳輔の話に耳を傾けるのだった……。
「だからな、やっぱり現実感がエッチを助長していると言わざるを得ないんだ。ネット上で見るモロ画像より知り合いのパンチラのほうがそそるだろ? 人となりというか、やはりバックボーンが見えなければ単なる駄菓子感覚のエッチでしかない。分かるだろ? 俺はどこまでいっても人間臭い部分が好きなんだ」
「なるほど、臭い部分が好きと……」
「ちゃんと話聞いて?」
4日間分の土産話も終わり、鳳輔とハルはいつものくだらない会話を交わしていた。
俺はそんなやり取りを聞き流しつつ、アルドフッドさんに渡されたお土産の中に忍び込んでいた500ピースのジグソーパズルに挑んでいる。最初は神成島の豊かな自然が完成するものかと思っていたが、ピースを組み合わせていくと徐々にアルドフッドさんの胸筋が組み上がっていくのがどうにも許しがたい。
俺が乳首の部分のピースを180度ヘシ折っていると、遠くで玄関の扉が開く音がした。そして短い廊下を小走りに駆けて、そいつがリビングへと転がり込んでくる。
「おまたせーっ! いやゴメンゴメン、遅れちゃった!」
首元をしっかりと覆うマフラーのせいで顔の下半分が見えないが、まごうことなきアイだった。今日から急な寒波が吹き荒れているせいか、ニットやダッフルコートなどを纏って換毛期直前の動物みたいに全身をもふもふさせている。
「いやホント、こんなに長引くとは思ってなかったよー。ちょっぴり恋愛相談に乗れば済むと思ってたんだけど、話を聞くにつれて相手に彼女がいることが発覚してさぁ。さすがに彼女持ちにアプローチかけるのは倫理的にイカンのではないかって雰囲気になったんだけど、そしたら『応援してくれるって言ったじゃん!!!!』ってヘラっちゃうしさあ。も、どうすりゃいいわけこれ」
暖房の入った部屋で重装備は暑いらしく、ここまでのあらすじを口にしながらもアイは服を脱いでいく。ハルが率先してコートを受け取ってクローゼットに掛けようとしていたが、ハンガーから3回ほど滑り落ちたので掛けるのを諦めていた。
元々アイも神成島お疲れ様会に参加する予定だったのだが、所属しているグループの子が恋愛相談を持ち掛けてきたらしく、女子5人でサ店でダベリ散らかしてきたらしい。それが終わったのでこちらに駆け付けたらしいが、中々に刺激的な話し合いだったらしく、彼女の表情には疲労の色が浮かんでいた。
ここまで走ってきたのか、アイは頬の汗を袖で拭い、鞄を漁って飲み物を取り出そうと試みる。しかしまろび出てきたルイボスティーのペットボトルは即座に資源ごみに出せそうなほど中身が無かった。
奇遇なことに鳳輔とハルのコップも空になっていたので、俺は重い腰を上げて台所へと向かう。
「3人とも、何か飲むか? お茶は品切れだが、今ならミネラルウォーターと水道水と加湿器の水があるぞ」
「お冷、ロックで!」
「氷入りって言え」
「じゃあ私ストレートで」
「氷抜きって言え」
「セックス・オン・ザ・ビーチで」
「しばくぞ」
バコ、と冷蔵庫の扉を開き、中からキンキンに冷えたミネラルウォーターを取り出す。
俺が順次コップへと継いでいく中、アイは鳳輔の隣に座り、アルコールティッシュで手を拭いてから持参してきた菓子を机の上に置いていった。
「そういえば、あと1ヵ月くらいで今年が終わるけど、ハルちゃんたちは年末どうするの? ……というか魔法界の年末って、初日の出とか初詣とかそういう概念あるの?」
「んー、あっちの世界ではあんまり祝いの行事みたいなのは無いわねぇ。でもせっかく無人界に来たんだから、郷に従ってチョモランマの頂でご来光を見る予定よ。今決めたからクロはたまげているだろうけど」
たまげている。ミネラルウォーターの中にペッパーXでも入れてやろうか。
「多分それは死ぬほど却下されるだろうから、ハルちゃんたちも一緒に初詣行こうよ! ほら、阿佐田駅におっきい神社あるでしょ? 意外と身近な観光地なんだよ」
「え、でもいいの? 恋人になって最初の年末年始なんだから、2人でしっぽり過ごしたほうがいいんじゃないかしら」
ハルが情操教育を経た人間のようなことを言っていて少しだけ驚く。もっと『赤ちゃんはキャベツ畑から生まれるの』みたいなスタンスでいてくれた方が安心できるのだが。
「まー、そうなんだけどねー。いや、すごい正直な話するとさ、鳳輔とは毎年初詣行ってるんよ。だからまあ、ねえ?」
「毎年変わり映えしないというやつだ。恋人同士になったからといって、せいぜい人混みの中で手ぇ繋ぐくらいしか変化がないだろうしな。神楽殿でダイナマイトセックスをしてもいいというなら話は別なんだが」
「ふーん、幼馴染ってそんなもんなのねぇ。……クロー、どうするー?」
「まあどうせ暇だし、ご一緒させてもらうとするか」
我が家にはお盆がないので、まな板の上にコップを3つ乗せてリビングまで戻ってくる。各々の目の前にコップを置くと「ありがとー」とか「助かるー」とか「なんで俺のコップだけ表面張力限界まで水入ってるの?」という感謝の言葉が飛んできて胸が温かくなった。
「……そーいえばさー、アイとホースケは付き合って一ヵ月になるわけだけど、最近どーなのー? 全然浮いた話が聞こえてこないものだけれども」
「ウ!」
ハルから邪な話題をブッ込まれた鳳輔が非常にキレのいいぐうの音を言い落す。そしてそのまま思う存分言葉に窮し、干ばつ地帯の民族の雨乞いみたいに両手を空に向けて戦慄いた。その隣ではアイが生温い視線を鳳輔へお送りしている。
しばらく雨乞いスタイルを続けていた鳳輔だが、やがて精魂尽き果てたような顔でハルへと向き直った。
「ふう……落ち着けよハルちゃん、まだ付き合って1ヵ月だからな。ほら俺って見上げた清純派だし、清く正しく美しい交際を心掛けているぞ。そりゃもう、校則違反になるような出来事は何一つしでかしていません。本当だよ?」
「なるほど。で、実際のところはどうなのアイ」
「こればっかりはホント。変わったことと言えばお出かけする時に手つなぎがデフォになったことくらいかな。日頃の行いだけで言うなら天国どころか地獄すら行けなさそうな発情ぶりだけど、その実、鳳輔は意外と淑やかなんだよ?」
「なるほど。で、実際のところはどうなのクロ」
「なんで俺に意見を窺うの?」
実情は分からないが、鳳輔がなんか萎れているから本当だと思われる。元々自分を卑下して生きていた男だ、グイグイ行くことに慣れていないのだろう。
……そんなことを言えば、自分は人殺しだから幸せになってはいけないと思っている俺も同様の立場なのだが。それでも、ハルと過ごすうちに少しずつ前向きになってきているけれども。
「でも! ほら! もうすぐクリスマスだろ? こう見えて俺も男だからな、そろそろ攻勢を仕掛けたいとは思っている所存」
「クリスマス?」
魔法界ではあまり聞き馴染みのない単語が聞こえてきて、なにそれと言いたげな目でハルがこちらに視線を寄越す。俺も出身地が同じなので詳細を知らず、ハルから受けた視線をそっくりそのまま鳳輔たちに横流しすることしかできなかった。
「あー、クロくんたちは知らないのかー。クリスマスはねー、えーと……なんか由来とか本来の意味とか話すとややこしくなるから、まあ、12月24日が恋人たちの日で、25日が家族で祝う日みたいなイメージでいいと思うよ」
「国民全員がサンタクロースっていう紅白のオジサンに並々ならぬ関心を寄せるんだぜ!」
「へぇ……」
果たして紅白爺さんと恋人たちの間にどのような因果があるのかは分からないが、とにかく鳳輔が気張っている理由はなんとなく窺い知れた。多分アレだ、敬老の日が老人を敬い、子供の日がチビスケを崇めるので、それと同じような感じで恋人を讃える日とかなのだろう。
「恋人の日って言うけど、具体的には何をする日なんだ? その日だけカップルの消費税が軽減されるとかそういう利点があったりするのか?」
「うーん……別段何かイベントがあるわけではないけど、一般的にはカップルがデートに繰り出るよね。それでちょっといいディナーを食べたり、イルミネーションを見たり……」
「ふむ」
多分、扱いとしては誕生日とかと同じなのだろう。該当する者たちが思う存分はしゃぐタイプのイベントと見た。
「クロたちも、クリスマスまでに相手を見つけちまったほうがいいと思うぜ。なんせクリスマスに独り身の者はおぞましいほどの肩身の狭さを味わうからな。俺は去年泣いていた」
「相手ねぇ……」
「というわけで話題の矛先を変えるが、クロとハルちゃんはどうなんだ? 一つ屋根の下で日々暮らしているんだろ、もうそろそろ結婚式の招待状とかを届けてくれてもよろしい頃合いだと思われるが?」
全然よろしい頃合いではないし、そんなことになれば恐らく祖国がありえないほどたまげるだろう。
俺とハルの間柄で発生したイベントごとなんて、せいぜい手を繋いでツワブキ畑を歩いたことくらいまでだろう。恋愛経験者からすると、多分、微笑ましい程度の進行具合でしかないはずだ。
「別にそんな、あんまり何も起こってないけど。ていうかアレ、同居してる2人で邪な妄想広げるのやめてくんない。2人が帰った後ちょっぴり気まずくなっちゃうだろ」
「とは言うけど、先に深掘りされたのはこっちだからな。さあ詳らかに話してみろ、レモン味のキッスはしたのか、千夜一夜を共に寝たのか、懐妊祝いは送った方がいいのか」
「あ」
あられもない邪推を聞いて小さく声を上げたのはハルだった。こいつがこういう感じで反応している時は大体ロクでもないことを言う合図なので、口にビンタをして黙らせようとしたが、
「そういえば神成島でクロと一緒に寝たわ!!」
間に合わず、とんでもない発言を暴発させてしまう。
突如として開陳された同衾事情を聞いて、鳳輔もアイも動きを止め、知らぬ間に友人が前科を背負っていた時のような表情を浮かべる。光を湛えた双眸×2がハルの顔を嘗め回すように見て、真横に移行し、唐揚げが揚げられそうなほど油ぎった脂汗を流す俺の顔にフォーカスした。
「おい! クロ! なんだよ、ただお腹の傷を治すだけって言ってたのにやることやってんじゃねえか! とんだハレンチ旅行だ、一冬のお下劣サイトシーイングをお楽しみいただいたのかよ!? 道中記を読ませてくれ! 生写真はないのか!? ていうか俺の彼女をドスケベトリップに連れていくとかお前、そればっかりは俺も混ぜてくれよ!」
「落ち着いてくれ」
「いーや落ち着かないね、ヒートアップした猛き俺の勢いは留まることを露知らぬ。さあ観念して深夜のエピソードトークを展開してみろ。深夜のお色気バラエティを見るような前のめり具合で拝聴しまくってやる。ところであの、俺の彼女には手ぇ出してないよね……?」
「落ち着いてくれ」
「いーや落ち着かないね、俺の性欲は未だかつてない噴火の予兆を見せている。全員衝撃に備えろ」
このままではどうしようもないので鳳輔の口内に大量の水を流し込んで黙らせ、まだ話が通じそうなアイへと向き直る。
「別にいやらしい活動へ精を出していたわけじゃなくて、ほら、ハルが敵に攫われた日があっただろ? あん時にハルがだいぶビビったみたいでな、一人で寝られなくなっていたんだ」
「ふっ、大層怖かったわ」
言葉とは裏腹にハルは胸を張り、今にでも褒めろと言わんばかりの挑発的な顔をお見せしてくれる。俺の発言に信憑性が無くなるから顔面と言動の整合性を図ってほしい。
「…………あー、あの時かー。まあそうだよね、敵に拉致されて拷問染みたことされたらそうなるよね」
当時の状況をよく知っているアイは理解できるとばかりに頷き、むしろ同情的な視線を俺たちにくださった。話の分かる人がいて心から安堵する。
「え、じゃあ一緒に寝たのに何事も無かったのか?」
多量に捻じ込まれた水を全て飲み干した鳳輔が、目を丸くさせながら聞いてくる。
「何事も……いや、あるわけないだろ。何事かあったらどうするんだよ、俺がモジモジしちゃうぞ。我が家は全年齢向けコンテンツなの」
「……うーん、それもどうなんだろうなぁ……何事も無さすぎるのも不健全な気もするが……」
喉奥に冷や水を浴びせられて冷静になったのか、先ほどまでの過熱感とは裏腹に鳳輔は腕を組んで唸っていた。
そして急に晴れ晴れとした顔で頷き、俺の肩に手を添えてきた。
「お互いクリスマスに頑張ろうな!」
「やめろ、歯を1000ルーメンで光らせるな」
ひとしきり下世話な下りを終えて、鳳輔は満足したのだろう。クリスマスに激安ディスカウントショップできわどい衣装を買うと年末年始に大吉が出やすいぜ?という赤子でさえ騙されない豆知識を繰り出し、話題の方向をクリスマスへと戻していく。
そんな中、アイだけが形容しがたい表情を浮かべていて……。
……『ほら、ハルが敵に攫われた日があっただろ?』
その一言を聞いてからずっと、アイの頭の中にあの日の出来事が蘇っていた。
あの時――クロとハルが同じ布団で寝ていた頃、彼女はワムと共にナイリンの病室へと向かい、胸襟を開いて語り合っていた。
友達が増えた夜なのだ、忘れられるわけもない。
……そう、あの一言も忘れられるはずがないのだ。
『わむみたいなばけものは……人間みたいに、しあわせに生きられない存在なんです。……さいしょから死ぬことを予定されて生みだされた……生まれてこない方がよかったばけものでしかないんです』
化物は幸せに生きられない存在。
最初から死ぬことを予定されて生み出された。
……ワムは自分の運命をそう吐き捨て、逃れられない因果に瞳を揺らがせた。
果たしてあの言葉は、ワムだけに与えられたものだったのだろうか。
それとも……化物という存在そのものが、全員、同じ運命を背負っているのだろうか。
もしそうなのだとしたら、今目の前にいるクロとハルも――幸せに生きられず、死ぬことを予定されて生み出された存在ということになる。
…………………………伝えるべきなのだろうか。
早いうちに話せば何かを変えられるのかもしれない。……でも、もし何も変えられないのだとしたら、ただ単に未来が暗澹たるものであることを示すだけになるかもしれない。
もしかしたら、この日常が壊れてしまうかもしれない……。
「……」
……アイは口を閉ざした。
何も知らない自分に判断できる問題ではない。いつかナイリンと再会した時に打ち明けるべきか相談しようと、決断を先延ばしにして。
化物とは一体何なのだろうか。
誰に望まれて、何のために生み出された存在なのだろうか。
何も分からないが、分かりたくもない。
真実を知ってしまったら、もう二度と、笑えなくなってしまう気がするから。




