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01 始まりの朝

「お嬢様」


コンコンと扉を叩く音と共に乳母の声が聞こえた。


幼い頃から世話をしてくれた優しい乳母。

本来なら私の元を離れ、乳母の長として城の重職を任されてもおかしくないはずだった。


「入って」


ルーシャは少し乱れている髪を整えて扉が開くのをじっと見つめる。


後ろで髪を束ねた黒髪のふくよかな体型の女がゆっくりと扉を開けた。


「お嬢様、おはようございます」


乳母は入ってすぐに身をかがめ頭を下げた。


いつもと変わらぬ朝。


そう思ったのは束の間、今日はどうやらいつもと違うらしい。


「どうしたの?顔を上げなさい。今日はなんだかおかしいわね。」


いつもであれば和かな笑顔で私に挨拶をする乳母の表情には少しばかり影があるように感じられたからだ。


「滅相もありません」


乳母は少し驚いた表情で顔を上げたが、いつもの様に食事を乗せた台を押しながらルーシャのベッドの横に駆け寄り香を焚いた。


ムスクとほのかに混ざるウッドの香り。


この香りは母が好きだった香りだ。抱きしめられるたびに強く感じた懐かしい香り

部屋にフワッと広がる香りのせいだろうか、まるで母に包み込まれているかの様な感覚だった。


「ゆっくりとお休みになりましたか?」


乳母はベッド脇に置いた瓶からゆっくりとグラスへ水を注ぐ。


「えぇ」


いつも通りの朝のはずだが、やはりどこか変だ。


テーブルの上には暖かなスープや各地から集まっただろうフルーツなどが順番に並べられていく。


どれもルーシャの好きな食べ物ばかり。


ルーシャは身体を起こしテーブルへと足を運ぶ。


「今日もお嬢様が好きな食事をご用意いたしました。」


先ほどの表情とは打って変わって和かな笑みを浮かべる乳母。


「…そう。どうやら今日はお父様が私を呼んでいるのね」


ルーシャは何食わぬ顔で葡萄を口に頬張りながら淡々と告げた。


どうやら私の感は当たっている様だ。


「…左様でございますお嬢様」


側に立つ乳母は神妙な面持ちで皇女を見つめる。

そうなるのも当然だ。

なぜならお父様が私を呼ぶことは年々少なくなっている。


「皇帝陛下が本日正午、光の間へ来る様仰せつかっております。」

光の間とは歴代皇帝の戴冠式を行う荘厳な場だ。


その場に私を呼ぶとは、どれほどのことか。


少しばかり震える手が乳母にバレない様にそっと隠す。


「そう。なら身なりを整えましょう」


父に呼ばれることの何が怖いのか。


そう自分に言い聞かせルーシャは立ち上がった。


その様子を見た乳母は、扉近くにいる侍女たちを中へと招き入れた。


色鮮やかなドレスたちが順番に並べられ、侍女達はルーシャの肌に甘い香りのする香油を丁寧に塗る。

されるがままのルーシャは自分がこれからどうなるのか、先の未来を遠く考えるのだった。


「今日はより一層輝いていらっしゃいます」


輝いた目でルーシャを見つめる侍女達。

鏡の前に立つ自分は母と瓜二つの顔をしていた。


違うのは目の色だけ。


金のように煌めく髪とまるで空のような青い瞳。


柔らかな唇には赤色の紅が塗られ、いつもの自分よりも大人びて見えた。


髪の色に似た金白のドレスにレースが施され、胸元には瞳と同じ青色の宝石が散りばめられたネックレス。


「まるでオリビア皇后の様…」


1人の侍女が小さな声で呟いた。


周りの空気が一瞬にして凍りつくのを感じた。


「とても嬉しいわ。ありがとう。」


ルーシャは凍りついた空気を壊すかの様に侍女へ微笑みかけた。


何も分からない侍女は嬉しそうに頭を下げた。


ルーシャの身なりを整えた侍女達は片付けを終えて部屋から出ていった。

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