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処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが  作者: ぽんぽこライフ


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出立の朝——それぞれの覚悟

 門前に全員が並んだ。「見送りには来るな」と言われたが、全員来た。ルキウスは腕を組んで無言で立ち、エミルは穏やかに手を振った。リリアーヌは目を赤くしていた。ヨハンは馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。ヘルガだけは窓の奥からこちらを見ていた。見送りの列には加わらない。それがヘルガの流儀だ。


 レオンハルトは馬車に乗り込む直前、セラフィーナの前で足を止めた。


「必ず、お前の安全は余が保証する」


 その言葉には不自然な重さがあった。単なる別れの挨拶ではない。何かを決意した人間の声だ。昨夜の屋上での会話とは違う温度。もっと硬く、もっと切迫した響き。


「殿下——」


「レオンハルトだ。言っただろう」


 微笑んだ。しかしその微笑みの奥に、痛みが隠れている。フリッツが横で唇を噛んでいた。従者の顔には罪悪感が浮かんでいる。自分が漏らした「処刑」という言葉が、主人にどんな衝撃を与えたのか——わかっているのだろう。


 馬車が動き出した。車輪が砂利を踏む音が朝霧に吸い込まれていく。護衛の近衛騎士二名が後に続いた。馬の蹄鉄が石を打つ乾いた音が、一定の間隔で遠ざかっていく。


 やがて馬車が街道の曲がり角で見えなくなった。朝霧が全てを覆い隠す。まるで最初からいなかったかのように。胸の奥に小さな穴が開いた感覚があった。前世では誰かを見送ったことがなかった。だから見送りがこんなに胸を抉るものだと知らなかった。


 ルキウスが腕を解いた。


「行ったな」


「ええ」


「あいつが王都で暴れている間に、こっちは堀を深くしておく。教会が何を仕掛けてきても、受け止める準備はできている」


 ルキウスの声は固い。しかし信頼が滲んでいる。王太子が去った辺境の守りを、自分が引き受けるという覚悟。六年前に救われた恩を、今度は別の形で返そうとしている。


「ルキウス殿、頼りにしていますわ」


「ああ。任せろ」


 短い言葉の交換。しかしそこに含まれる重みは、長い演説に勝る。


 リリアーヌが鼻をすすりながら隣に来た。


「セラフィーナ様、レオンハルト殿下は——戻ってきてくださいますよね」


「もちろん。あの方は約束を守る人ですわ」


 自分でもそう信じたくて言った。信じることが下手だと、昨夜自分で認めたばかりなのに。



  ◇



 見送りを終えた午後。


 私室の机に、母の研究ノートを広げた。昨夜ヘルガから受け取った、エリザベートの「辺境薬草研究記録」。繊細な図解と几帳面な記録が続くノートの後半に、昨夜は気づかなかった記述がある。


 ページの端に、鉛筆で薄く書き込まれた走り書き。本文のインクとは別の筆記具で、後から追記されたものだ。


 ——聖光草は魔力脈の交差点にのみ群生する。この現象は単なる環境適応ではない。聖光草は魔力脈から養分を得ているのではなく、魔力脈を「封じている」のではないか。


 封じている。聖光草が魔力脈を封印する役割を果たしている。


 エミルの報告を思い出した。ヘルムガルドの地下には巨大な魔力脈が走っている。聖光草の異常成長は魔力脈の浸透が原因——とエミルは分析していた。聖光草が魔力を吸収して成長する、と。


 しかし母の仮説はその逆だ。聖光草が魔力脈を吸収しているのではなく、「封じて」いる。蓋の役割を果たしている。根が地中深くに伸び、魔力脈と接触し、その力を抑制している。だとすれば、聖光草を大規模に収穫したり、薬草園ごと潰したりすれば——魔力脈が解放される。


 聖光草を教会が欲しがる理由の一つが見えた。聖女の力の源泉であるだけでなく、地下の何かを封じる鍵でもある。教会がそれを知っているなら——管理下に置きたいはずだ。


 さらに数ページめくった。ノートの最後から二ページ目に、赤いインクで枠線に囲まれた記述があった。


 ——この地の地下に眠るものを、決して目覚めさせてはならない。


 地下に眠るもの。魔力脈か。魔鉱石か。それとも——母を恐怖させたそれ以上の何かか。


 母の筆跡が震えていた。昨夜見た「警告——聖光草の高濃度抽出液は人体に有害」の記述は冷静な科学者の文体だった。しかしこの一行は違う。恐怖が滲んでいる。母は何かを知って——あるいは何かを見て——この警告を書いた。


 廃坑の封鎖壁。北方警備費の使途不明金。十五年分、四千五百ギルダー。あれは坑道を封鎖するための費用だった可能性がある。そして母の警告——地下に眠るものを目覚めさせるな。


 全てが繋がり始めている。母の研究。父の封鎖命令。教会の関心。カーティスの鉱山利権への執着。聖光草、魔力脈、魔鉱石——そしてその下に眠る「何か」。


 エミルに見せるべきだ。しかしその前に、もう少し読み進めたい。


 最後のページ。そこには母の最後の記述があった。日付は——セラフィーナが生まれる三ヶ月前。


 ——もし私の仮説が正しければ、ヘルムガルドの地下には竜時代の遺物が眠っている。聖光草はその封印の一部。廃坑はその上蓋。どちらも壊してはならない。しかし私の体力は限界に近い。この研究を引き継いでくれる者が現れることを祈る。


 竜時代の遺物。この世界にはかつて竜が存在した——ゲームの世界設定で、その程度の背景情報は知っていた。乙女ゲームの舞台装置としての「竜の伝説」。プレイヤーにとっては雰囲気を作るための装飾にすぎなかった。


 しかし竜時代の遺物がヘルムガルドの地下に眠っているという設定は、ゲームには存在しなかった。ゲームでは描かれなかった真実が、母の研究ノートに記されている。この世界はゲームよりも遥かに深い。


 ノートを静かに閉じた。手のひらが汗で湿っている。


 母は体力の限界を感じながら、この研究を書き残した。「引き継いでくれる者」を祈って。四十年後、その祈りに応えるのが、別の世界から転生してきた自分であるとは——母は想像もしなかっただろう。


 夕刻になるのを待って、エミルを呼んだ。温室ではなく、私室に。扉を確認し、廊下に人がいないことを確かめてから、ノートを開いて見せた。


「これは——」


 エミルの目が見開かれた。眼鏡を外し、ページに顔を近づけて読み込んでいる。学者としての本能が、全開になっている。


「セラフィーナさん。これは……大変な発見です。あなたのお母様は——教会の古文書にすら載っていない知識を持っていた」


「母がどこでこの知識を得たのかは、わかりません」


「伯爵家の薬学院人脈でしょう。薬学院には教会から流出した古い文献が保管されていることがある。エリザベート様はそこで竜時代の記述に触れたのかもしれない」


 エミルがノートを注意深くめくった。一ページ一ページを、壊れ物を扱うように。ページをめくるたびに、かすかに甘い匂いがした。古い紙とインクの匂い。そしてその奥に、干した薬草のような——母が触れていた植物の残り香。


「この警告——『地下に眠るものを目覚めさせてはならない』。お母様は何を恐れていたのか。竜時代の遺物が何であるか、特定していたのか」


「特定はしていないようです。仮説の段階で研究が中断している」


「しかし方向性は示されている。聖光草が封印の一部。廃坑が上蓋。つまり——」


「廃坑を掘り進めれば、封印を壊す可能性がある」


 二人の間に沈黙が落ちた。カーティスが鉱山利権に執着している。改革派も鉱山に関心を示した。もし政治家や商人が廃坑を無理に開発すれば——母が恐れた事態が起きる。


「廃坑を掘り進めてはいけない。聖光草を失ってもいけない。この二つを、政治家にも商人にも教会にも理解させなければならない」


「しかしそのためには、竜時代の遺物が何であるかを特定する必要がある。『何かが眠っている』だけでは、政治家を説得できません」


「お母様のノートに、他の資料への参照はありますか」


 確認した。ノートの余白に、小さな文字で書かれた参照リスト。「薬学院蔵書No.2187——竜時代の魔力封印技術」「聖光教会文献室——異界・異種の力に関する覚書」。どちらも現在の辺境からは手の届かない場所にある。


「この研究ノートは、当面は二人だけの秘密にしましょう」


「ええ。しかし——いずれ全員に共有する必要が出てくるかもしれない。特にルキウス殿には。廃坑の警備は彼の管轄ですから」


 ノートを引き出しの奥にしまった。鍵をかけた。鍵の冷たさが指に残る。


 母の遺した知識が、今の辺境を守る最後の砦になるかもしれない。あるいは——全てを壊す鍵になるかもしれない。


 エミルが去った後、一人で机に向かった。帳簿を開く。数字の羅列が、いつもの安心感をくれる。しかし今夜は、帳簿の数字の向こうに、地下深くの暗闇が透けて見えるような気がした。


 母が恐れたもの。父が封じたもの。教会が欲するもの。そして——ゲームには描かれなかったもの。


 全ての答えが、ヘルムガルドの地下に眠っている。

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