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処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが  作者: ぽんぽこライフ


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真実の証人——エミルが暴く教会の闇

 宮廷魔術師の正装、黒のローブに銀の紋章。眼鏡をかけた細身の青年は、法廷の中で最も場違いに見えた。しかしその目だけが、法廷の誰よりも鋭かった。


 裁判長が証人の身分を確認した。


「証人。氏名と職務を」


「エミル・ザイドリッツ。王立学術院所属の宮廷魔術師です。専門は魔力学および古代文献の研究」


「弁護側は本証人を学術証人として申請しています。証言を許可する」


 エミルが眼鏡を押し上げた。考え込む時の癖だ。しかし今日は考え込んではいない。全て、準備済みだ。半年前から。


「まず、教会が主張する『異端的知識』の定義について、学術的に検証させていただきます」


 エミルの声は穏やかだった。しかし講義ではない。これは戦闘だ。学者の武器は論理であり、その切れ味は剣に劣らない。


「教会は複式簿記、原価計算、先物取引を『この世界に存在しない知識』と呼びました。しかし、それは正確ではありません」


 エミルが書類の束を取り出した。


「王立学術院の文献庫に、百五十年前の商業論文があります。東方の港町エーリヒスハーフェンで、一人の商人が『二重帳簿法』と呼ぶ記帳技法を考案していた記録です。取引を二つの側面、入りと出で同時に記録する方法。これは複式簿記と本質的に同一の概念です」


 傍聴席がざわめいた。カーティスの顔が初めて強張った。


「同様に、原価計算に相当する概念は、八十年前の鋳造師ギルドの内部文書に見られます。鉄の原価を『鉱石代』『炭代』『労賃』に分けて計上していた記録。先物取引については、三百年前の穀物商組合が『収穫前契約』と呼んでいた慣行が」


 大司教が異議を唱えた。


「裁判長。証人の引用する文献は検証不能です。王立学術院の文献庫は、一般には公開されていない」


 エミルが微笑んだ。穏やかな、学者の笑みだ。しかしその下に刃がある。


「大司教殿。学術院の文献は確かに一般公開されていません。しかし王国法第四十二条により、裁判で証拠として提出された文献は裁判長が検証する権限を持ちます。検証を拒否するのは、教会の方ですか?」


 裁判長が頷いた。「文献は裁判所が検証する。異議は却下」


 大司教の表情がわずかに歪んだ。エミルは続けた。


「つまり、セラフィーナさんが使った経営手法は、『この世界に存在しない知識』ではなく、『この世界でまだ体系化されていなかった知識』です。発見されていなかっただけの合理的技法であり、異端の産物ではありません」


 学術的反駁の第一段階が終わった。しかしエミルの本番はここからだ。


「続いて、魔獣災害の真の原因について証言します」


 エミルが鞄から小さな箱を取り出した。木製の箱。蓋を開けると、暗紫色の結晶が入っていた。光を受けて不気味に脈動している。法廷の前列にいる教会関係者が思わず身を引いた。


「これは魔獣の体内から回収した魔力結晶です。辺境の魔獣災害の際、最初の戦闘で倒した先遣隊の魔獣から発見されました」


 結晶を裁判長の前に提出した。


「通常の魔獣は魔力結晶を持ちません。魔獣は魔力脈から漏出した野生魔力によって発生する自然現象です。しかしこの結晶は人工物です」


 法廷が凍った。


「結晶の構造を分析した結果、内部に規則的な魔力パターンが刻まれていることが判明しました。自然発生の魔力にはこのような規則性は存在しません。つまり、誰かがこの結晶を作り、魔獣の体内に埋め込んだ。魔獣を強化し、特定の方角——辺境ヘルムガルドの方角に誘導するために」


 傍聴席のざわめきが爆発的に広がった。裁判長が三度槌を打って静粛を求めた。セラフィーナはレオンハルトを見た。レオンハルトは腕を組んだまま微動だにしない。しかし目が満足そうに光っている。この証拠は、レオンハルトが王都で議会に提出しようとしていたものだ。それを法廷で先に出した。教会が反論を準備する前に。経営戦略で言う「相手の想定外のタイミングで切り札を出す」。エミルは、それを完璧に実行した。


「さらに、魔獣災害の際、教会の使節団が辺境に滞在していました。団長の老神官は、魔獣が千体以上出現した際にも不自然なほど冷静でした。驚きも恐怖もなかった。まるで、それが起こることを事前に知っていたかのように」


 大司教が立ち上がった。


「裁判長! 証人は教会を魔獣災害の首謀者として告発しています。これは」


「異議は受け付けます。しかし証人の証言は続けさせる。事実の提示は法廷の権利です」


 裁判長の声は厳格だった。中立を保っている。しかしエミルの証言に興味を持っている表情だ。


 エミルが最後の証拠を取り出した。一冊のノート。革表紙。古い。角が擦り切れている。


「これはエリザベート・ローゼンクランツの研究ノートです。辺境の地下から発見されました」


 法廷が再び凍った。母の名前。教会が「異端の聖女」と呼んだ女性のノート。


「大司教殿は昨日、エリザベートを異端と呼びました。しかしこのノートを読めば、彼女が何を研究していたかがわかります」


 ノートのページを開いた。


「エリザベートの研究テーマは、『聖女の力の安全な運用方法』でした。聖光草を触媒として使い、聖女の生命力の消耗を最小限にする技法。なぜそんな研究をしたか。理由は単純です。教会が聖女を消耗品として扱っていたからです」


 エミルの声が初めて、感情を帯びた。学者の冷静さの下に、息子としての怒りが滲んでいる。


「教会の内部文書、これも地下から回収しましたが、そこにはこう記されています。『百年ごとに聖女の生命力を魔核に注入し、封印を維持する。注入が完了すれば聖女は死ぬ。次の百年で新たな聖女が生まれ、同じことを繰り返す』」


 法廷が騒然となった。傍聴席の貴族たちが互いに顔を見合わせている。一般傍聴人の中に、顔を覆って泣いている女性がいた。聖女信仰の篤い人なのだろう。自分が信じていた教会が、聖女を使い捨てていた事実に。


「歴代七名の聖女のうち、六名が三十歳前に亡くなっています。教会はそれを『神の召命』と説明してきました。しかし実態は過労死です。生命力を搾り取られて死んだのです」


 過労死。エミルがその言葉を使った時、セラフィーナの心臓が跳ねた。前世の自分の死因と同じ言葉。聖女の過労死。OLの過労死。構造が人を殺す。時代も世界も関係なく。


「エリザベートはこの構造を見抜いた最初の聖女候補でした。そして聖光草を使って構造を変えようとした。教会はそれを異端と呼んで追放した。構造を変えようとする者を排除する。それが教会の本質です」


 エミルが眼鏡を外した。レンズを拭かなかった。外しただけだ。裸眼の目が大司教を見据えた。


「大司教殿。あなたは昨日、セラフィーナさんの母を『異端の聖女』と呼びました。では問います。聖女を道具として扱い、三十歳で使い捨て、その構造を隠蔽し続けた教会は、何と呼ぶべきですか」


 大司教が沈黙した。初めての沈黙だった。三日間の裁判で、この老人が言葉を失ったのは、この瞬間だけだ。


 しかし沈黙は長くなかった。大司教は深呼吸し、声を絞り出した。


「証人の提出した証拠は、教会の機密文書から不正に入手されたものだ。法的に無効です」


 エミルが眼鏡をかけ直した。そして微笑んだ。この笑みを、セラフィーナは知っている。転生の秘密を語り合った夜のあの笑みだ。全てを知っている者の、静かな勝利の笑み。


「いいえ、大司教殿。エリザベートの研究ノートは地下の廃坑から発見されたものであり、教会の管理下にはありませんでした。そして教会の内部文書については——教会の図書館の公開棚にありました」


 一拍置いた。


「もっとも、僕が調べた直後に、非公開に移されましたが」


 法廷が爆発した。傍聴席からの声が壁に反響し、裁判長の槌が何度も打たれた。教会関係者の席から苛立ちと動揺が溢れている。


 エミルが証言台を降りた。学者の足取りで、静かに。しかしその背中には、戦い終えた者の疲労と、やるべきことをやり切った者の充実がある。セラフィーナの前を通り過ぎる時、小さく囁いた。


「次はあなたの番です。数字だけでは勝てない。しかし数字と真実の両方があれば、前例は覆せます」


 セラフィーナは頷いた。エミルの言う「次」は明日のことではない。今日の証言で教会の闘を暴いた。しかしまだ大司教の最後の切り札が残っている。「セラフィーナはこの世界の人間か」という問い。転生者の正体。帳簿でも学術でもその問いには答えられない。


 裁判長が本日の閉廷を宣言した。しかし法廷の空気は、昨日までとは完全に変わっていた。教会が告発者から被告発者に、立場が逆転し始めている。


 法廷を出る時、商務大臣ノーヴァルが息子カーティスに何か囁いているのが見えた。カーティスの顔が蒼白だった。人工魔力結晶の証拠が出たことで、教会との結託が裏目に出る可能性に、今気づいたのだろう。商人は利益のない戦には残らない。カーティスが教会から離反する日は近いかもしれない。


 宿舎に戻った夜、エミルは書斎の椅子に深く沈んでいた。疲労が顔に出ている。眼鏡を外し、目を閉じている。セラフィーナが茶を持っていくと、エミルは目を開けた。


「ありがとうございます。母上のノートを法廷で読み上げた時、声が震えていませんでしたか」


「気づきませんでしたわ」


「それなら良かった。学者は感情で証言してはいけない。しかし」


 エミルの声が掠れた。


「母上の名前を大司教が『異端』と呼んだ時、学者ではいられなくなりそうでした」


 息子としての感情。学者の仮面の下にある、母を愛した記憶。エミルは全ての知性を、セラフィーナを守るために使った。しかしその動機の深いところには、母の名誉を取り戻したいという祈りがある。


「明日、全てが決まります」


「ええ。明日ですわ」

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