表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/125

裁かれる者——処刑台への召喚状

 会議室に顔を揃えたのは、エミル、ギュンター、ヨハン、ヘルガ、ナターリア、リリアーヌ。レオンハルトとルキウスは既に王都に戻っている。しかし二人からの鴉便が、昨夜のうちに届いていた。


「王都での裁判が決まりました。教会の大司教クレメンスが、王国評議会に公開裁判を正式請求。私は被告として出廷します」


 静まり返った会議室に、ヘルガの息を飲む音だけが聞こえた。


「出廷しなければ、リリアーヌさんを教会に引き渡すよう正式要請が出されます。リリアーヌさんを渡すことは論外です」


 リリアーヌの目が潤んだ。しかし泣かなかった。唇を噛んで、真っ直ぐにセラフィーナを見ている。半年前、辺境に家出同然で来た少女は、もうそこにはいない。


「セラフィーナ様。私のせいで——」


「あなたのせいではありません。教会の構造の問題です。あなたが存在すること自体は、誰の罪でもない」


 前世の上司が言った「お前の体調管理が悪い」という言葉を思い出した。過労死した社員を責める上司。暴走した聖女を理由に領主を裁く教会。責任の転嫁。構造的暴力。本質は同じだ。


 エミルがレオンハルトの鴉便を読み上げた。


「『余は法廷に立つ。王太子として、この裁判の不当性を告発する。フリッツが百五十年前のヴィーゼンベルク勅令の全文を入手した。王権が教会裁判を拒否した先例として使える。辺境の証拠資料を全て持参されたし。逃げるなよ』」


 最後の一言にセラフィーナは苦笑した。逃げない。逃げるのは前世で十分やった。深夜のオフィスから逃げ出す勇気さえなかった前世とは、もう違う。


 ルキウスの鴉便は短かった。


「『護衛する。文句は受け付けない』」


 五文字。いや、九文字か。この男は長い言葉を必要としない。しかしその九文字に込められた重みは、レオンハルトの長文に劣らない。


「しかし問題があります」


 エミルが声を落とした。


「カーティス・ノーヴァルが教会側の証人として名乗りを上げています。フェルディナント殿の情報では、カーティスはセラフィーナさんの『異常な知識』、つまり先物取引、原価計算、複式簿記といった概念を証拠として列挙するつもりです」


「カーティスが。あの男が証人に」


 皮肉だ。かつてセラフィーナの商業手法を「辺境の小娘の商売ごっこ」と嘲笑した男が、今度はその手法を「異端の知識」として法廷に持ち出す。攻撃の角度を変えただけだ。商人として潰せなかったから、教会の力を借りて法的に潰そうとしている。


「そしてもう一人、証人リストに『ヴァルトシュタイン家の関係者』と記載があります」


 ナターリアが息を呑んだ。


「父上が証人に?」


「名前は記載されていません。しかし『ヴァルトシュタイン家の関係者』と明記されています。父上本人か、あるいは父上が送り込んだ誰かです」


 父が教会側の証人として法廷に立つ。ありえないことではない。セラフィーナの返書、あの辞退の手紙を読んだ父が、怒りのあまり教会側についた可能性がある。あるいは政治的な計算で、教会に貸しを作ろうとしている可能性も。父は常に計算する人間だ。感情ではなく利害で動く。


 しかしブレンナーの言葉が脳裏を過ぎった。「愛し方がわからなくなった」。母のことを、今でも書斎の肖像画の前で立っている父。あの男は本当に、娘を処刑に追い込むつもりなのか。


 セラフィーナは窓に目を向けた。復興作業の音が聞こえている。城壁を直す音。槌の音。人の声。この音を、もう一度聞くために、法廷から生きて帰らなければならない。


「対策を整理しますわ」


 セラフィーナは白い紙にペンを走らせた。前世の危機管理マニュアルが頭の中に蘇る。リスクの洗い出し、対策の策定、担当の割り振り、期限の設定。監査法人が来る前の夜と同じ手順だ。ただし今回の監査は命が懸かっている。前世の監査で最悪の結果は始末書だった。今回の最悪は火刑だ。


「第一に、証拠資料の整備。辺境経営の全帳簿を持参します。領地の収支、領民の生活水準改善データ、薬草園の成果、鍛冶場の雇用創出。全てが『異端の知識』ではなく『合理的な経営手法』であったことを数字で証明します」


「帳簿の写しは私が用意しますわ」


 ナターリアが手を挙げた。妹の帳簿の腕は、ヨハンに教わった基礎の上に、セラフィーナが仕込んだ応用が乗り始めている。


「第二に、北方警備費の不正流用の証拠。教会が三十年間、辺境に資金を流して封印装置を管理していた事実。魔獣災害を『セラフィーナの異端行為が招いた天罰』とする教会の主張に対し、『教会自身が封印を意図的に弱体化させた可能性がある』という反論の根拠になります」


「この分析は僕が引き受けます」


 エミルが頷いた。


「第三に、エミル殿の学術的反証。教会が主張する『異端的知識』について、学術的に反駁していただきます。複式簿記や原価計算は『発見されていなかっただけの合理的技法』であり、異端の産物ではないと」


「王立学術院の文献を引用して証明します。実はこの反論は、半年前から準備していました」


 半年前から。エミルはこの日が来ることを予測していたのだ。学者の先見性か、共犯者の用心深さか。


「第四に、リリアーヌさん」


 リリアーヌが顔を上げた。


「あなたには辺境に残っていただきます。何があっても辺境を離れないでください」


「でも——セラフィーナ様が——」


「私が法廷で戦えるのは、あなたがここで安全でいてくれるからです。あなたが教会の手に渡れば、私の戦う理由がなくなります」


 リリアーヌの目から涙がこぼれた。しかし頷いた。強い頷きだった。


「わかりました。待っています。ここで待っています」


 ヘルガが立ち上がった。


「あたしはここを守るよ。ギュンターと二人で、この辺境を回す。あんたが帰ってくる場所を、綺麗にしておく」


「必ず帰ってきなさい。あんたの席は空けておくから」


 ヘルガの言葉が胸に染みた。前世では「お前の席は空けておく」と言ってくれる人はいなかった。倒れた翌週には、別の人間が座っていた。


 ギュンターが渋い顔で言った。


「三十年前と同じ手口だ。教会と商人が手を組んで辺境を潰す。あの時は誰も止められなかった。エリザベート様を守れなかった。しかし今度は違う」


 老商人の目に、四十年分の悔恨と決意が燃えていた。


「今度こそ守り切る。帰りを待つ」


 ヨハンが静かに言った。


「お供いたします。セラフィーナ様」


「ヨハン。危険ですわ」


「危険でないことは、今まで一度もございませんでした。従者は主の隣にいるものです」


 迷いのない声だった。この男は最初から、そのつもりだったのだろう。婚約破棄の日も、辺境への馬車旅も、帳簿の夜更かしも。全て隣にいた男だ。


 出発は三日後と決まった。王都まで馬車で十日。裁判の日程は二週間後。ぎりぎりの日程だ。


 会議が終わった後、ナターリアがセラフィーナの部屋に来た。密書で知らせてきた「ヴァルトシュタイン家の関係者」について、もう一つ情報があるという。


「姉上。ナターリアの手紙の侍女グレーテル——母上の元侍女のことを覚えていらっしゃいますか」


「ええ。手紙の仲介をしてくれた方でしょう」


「グレーテルから最後に来た密書に、こう書いてありました。『旦那様は教会の要請を三度断った。しかし四度目に折れた』と」


 三度断った。父は最初から教会側についていたわけではない。三度拒否した上で、四度目に屈した。何が変わったのか。


「さらにグレーテルはこうも書いています。『旦那様は書斎で、夜中まで何かを書いておられる。手紙ではない。もっと長い文書を。焼いては書き直しておられる』」


 焼いては書き直す。何を書いているのか。誰に向けた文書なのか。


「父上は何かを準備しているのかもしれません。教会側か、それとも……」


 ナターリアの声が不安に震えていた。しかしその目は真っ直ぐだ。父を恐れながらも、真実を見つめようとしている。


「わかりません。しかし法廷で会えば、わかるでしょう」


 セラフィーナは妹の手を握った。小さな手だ。しかしこの手は、もう震えていなかった。


 セラフィーナは執務室の窓から外を見た。復興が進む辺境の街。城壁の修繕。鍛冶場の煙。薬草園の畑。この景色を守らなければならない。


 ゲームの処刑イベント。大法廷。断頭台。前世でプレイ動画を見た時は、「ひどい展開だな」と思っただけだった。画面の向こうの出来事だった。しかし今は自分がそこに立つ。


 ペンを取った。レオンハルトへの返書を書く。


『レオンハルト。


 出廷します。逃げません。帳簿を全て持っていきます。法廷を私の経理部にしてやりますわ。


 追伸。リリアーヌさんの蜂蜜菓子を差し入れとして持参します。法廷の休憩時間に』


 最後の一文は冗談だ。しかし冗談を書ける余裕があるうちは、まだ大丈夫だ。


 封をした。鴉便で送る。鴉が窓から飛び立つのを見送った。王都へ向かう鴉の影が、夕空に消えていく。


 三日後に出発する。ゲームの処刑イベントの舞台に、自分の足で向かう。前世では処刑の前に逃げ出す選択肢があった。辺境に引きこもり、教会の手が届かない場所で生きる選択肢も。しかしそうすればリリアーヌが犠牲になる。この辺境が犠牲になる。


 前世の佐藤凛は、逃げることも戦うこともできずに壊れた。今世のセラフィーナは戦うことを選ぶ。帳簿を武器に。仲間を背に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ