第3話 始まりの森 の中ごろ
「ところでこれ、アンタ一人でやったの?」
セトの後ろの方を覗き込み、まるで収穫期の麦畑かのように一定の幅で伐採されたセトの通り道を見た。
「あ? そうだけど、やりすぎたかな・・・森さんごめん!」
「森はこんなの屁でもないわ。むしろ伸びすぎた髪を切ってもらってスッキリしたんじゃないかしら? 」
無我夢中でレベル上げをしていたため、我に帰りやりすぎたのでは? と、反省したが大丈夫だと知り安心するセト。
「それよりどうやったの? 見たところ何も持ってないようだけど」
「どうやってって、こうしてこうだよっ!」
セトはその場で拳を突き出し、マジカルパンチ(物理)を繰り出した。
レベル上げの成果か、とんでもない威力の通常攻撃が放たれ、その風圧で彼女を唖然とさせる。
「アンタ、見慣れない服装してるけど戦士系の人? こんなとこまで修行でもしに来たの?」
セトはまだこちらに来てから装備を変えていないので、死んだ直後のTシャツと半ズボンのままだった。
「いや、なんというか一応魔法使いなんだけど、うーん色々あって・・・」
どう説明したものか考えてるとセトの腹の虫が声を上げる。
「うっ・・・」
「はぁ・・・まぁ、いいわ。じきに暗くなるから着いて来なさい。大したものは無いけど、お腹空いてるんでしょ?」
「そういえばこっちに来る前からなんも食べてなかったなー。有難い、恩にきるよ!」
成り行きに任せ彼女に着いていくセトだが、道中気まずい沈黙に耐えかね自己紹介し始める。
「えっと、俺セト・シンって言うんだけど君は?」
一拍おいて答える。
「そうね、メルスとでも呼んでくれる? それよりアンタさっき魔法使いって言ってたけど、何も魔法使ってないように見えたわ。どういう原理なの? あの攻撃」
「う~ん、自分が戦士職だと思ってそっちの修行ばかりしてたからかなー。だから魔法はからっきしなんだよ」
ステ振りという概念があるのか分からないので、適当にはぐらかす。
「そう、何だかよくわからないけどまぁいいわ。」
「そういう君はさっき変身魔法みたいなの使ってたみたいだけど、あれは何?」
メルスと出会った時、見たこともないような動物の姿をしていたことについて聞いてみる。
「あれは魔法じゃないわ。幻獣のちからを借りてたの。アタシ幻獣使いだから」
「へ~幻獣か、ちなみにあれは何に変身してたんだ?」
一瞬立ち止まり、思いつめた表情をちらつかせた。
「あれは魔族のバブボブ。あなたを見つける少し前にバブボブの鳴き声が聞こえた気がしたから探してたの。奴らは同族には関心を示さないから、見つかったときの保険ってやつね」
(バブボブ? ずいぶんふざけた名前だな~。危険なモンスターなのかな?)
セトは気になりつつも、これ以上踏み込んではいけない気がしたので追求はしなかった。
「ついたわ」
「おー、ここが・・・?」
どうやらエルフの集落のようで木々の上に連なる秘密基地のような家が沢山あった。
しかしセトは違和感を感じずにはいられなかった。
「あれ? まだ寝静まる時間じゃないと思うけど、誰もいないな・・・」
そう、この集落にはメルスとセト以外の気配が一切感じられない。廃村と言うにはすべての建物が昨日まで使われていたかのように綺麗だった。
「アタシの家はこっちよ」
「おじゃましまーす」
案内されるまま、家に上がり部屋を確認するもやはり誰もいない。
不審に思いながら用意されたテーブル席につく。
「おまたせ、ほんとに大したものがなくてごめんなさいね」
しばらく経ち、テーブルに用意されたのは木製のボウルいっぱいに入れられた様々な木の実や野いちごのようなもの。
そして何枚かの皿に分けられたただの草。
「いや、用意してくれるだけでありがたいよ。じゃあいただきます!」
セトがボウルに入った木の実をすくおうとすると。
「何してるのかしら? あなたのはそっち、これはアタシの分よ」
メルスが指さしたのはただの草。
木の実はすべてメルスの分で、セトは目を点にした。
「え、これってただの草じゃん! 食い物じゃないだろ?」
ニヤリとほくそ笑むメルス。そして言う。
「まぁ騙されたと思って食べて見なさい」
「いや、どう見ても草にしか・・・あれ、うまいぞ!!」
食感はただ漠然と草なのだが、味がしっかりする。
それも草に味付けをしたものではなく何故かステーキの味がした。しっかり肉の脂の甘さも感じられる。
「何だこれ!!」
「その草は食べる人が、今食べたいと思ってる味になる特殊な草なのよ」
続けて別の皿の草も食べる。
「おお! こっちはクリームスープの味だ!!」
見た目、食感はただの草なのだがまごうことなきスープの味に感動する。
不思議と腹も膨れてきて最後の小さな皿に乗った草を食べる。
「あ、これはアイスだ! あれ・・・なんだこれ」
セトは死ぬ前に一番食べたかったアイスの味を舌に感じると目元から一粒の雫がおちた。
やがて雫は雨のように降り注ぐ。
一度湧き上がった感情は雪崩のように勢いをまして、気がつけば小さく嗚咽をあげて泣いていた。
(おかしいな・・・。まだ一日も経ってないのにものすごく長く感じた・・・。なんで、俺がこんな目に合わないとダメなんだ・・・)
今日一日、特に彼になにか危険が訪れたわけではなかったが、あまりにも目まぐるしく変わる状況に心が悲鳴を上げていた。
「アンタもいろいろ大変なことがあったのね・・・。ねぇ、この村アタシ達以外に誰もいないの気づいた?」
セトは初対面の女の子に泣き顔を見られてしまった恥ずかしさですぐに何もなかったかのように平静を装う。
「あぁ、そういえばおかしいと思ってたんだ。何か事情でも?」
小さなため息をこぼし、その事情を語りだす。
「ええ。ここもちゃんとしたエルフの集落だったの、十年前までは。」
「十年前?」
「アタシは見ての通り他のみんなとは違う髪と肌を持って生まれてきたの。だから村のみんなからは悪魔の子だって恐れられていつも一人だったわ」
真剣な顔でただ傾聴するセト。
「アタシはどうしても友達が欲しくて毎日お星様にお願いしてた。そんなある日、アタシの幻獣使いとしての才能が芽生え始めたの。」
彼女は立ち上がって窓のそばへ行き、外を遠い目で見つめて続けた。
「最初の頃は幻獣をこっちに呼ぶことができず、ただ意思疎通しかできなかったの。それを見てお爺ちゃんがアタシが壊れたんじゃないかって心配して、幻獣とのお話をやめるように言ってきたの。」
(たしかに、他人からしたら見えない何かと喋ってるわけだもんな。)
お爺ちゃんの心境を察してるところ、再び彼女は元いた席に座る。
「たしかこのテーブルだったわ。星が綺麗な夜、この場所でその事についてお爺ちゃんにきつく言われて、ついそのまま喧嘩してしまって家を飛び出たの。この集落の近くに湖があるんだけど、そこで一人で泣いていた。その時なにか、変な音が聞こえたの。」
「変な音? 動物の鳴き声とか?」
「ええ、鳴き声もあったわ。それとおかしなリズムを刻む音。けど周りを注意深く見渡したけど何も見えない。アタシは怖くなって、すぐに村に戻ったわ。」
(おかしなリズム・・・?なんだろうか?)
「でも、そこにあったアタシの村はもう地獄になってたわ。ある獣が村で暴れまわってて誰も手がつけられない状態だった。すぐに助けを呼ばないと、と考えたアタシは少し離れたとこにキャンプしに来ていた冒険者組合を訪ね、助けを求めたわ。」
「冒険者組合?」
「ええ、毎年この森に強化合宿をしにやってきていたの。でも、村を襲っている獣の特徴を言うとみんな一目散に逃げていったわ。もうアタシがなんとかするしかないと思って、何もできないくせに棒を持って村に戻ったの。」
その時、彼女が見た光景を想像するのはたやすいことだった。幼い少女には頭が回らなかったのだろうが、もう遅すぎたのだ。
「そしたら獣はいなくなってた。アタシはやたら赤くなった村中を駆け回ったけど、誰もいなくなってたの。その後しばらくして、自分の無力さと助けてくれなかった冒険者達を恨んだわ。」
「その獣ってもしかして・・・?」
「ええ、さっき話したバブボブよ。アタシはあの醜い獣を、みんなの仇を討つと決めたわ。それから必死にこの村でただ一人、鍛えてきたの。この村も時間をかけて少しずつ修復していってね」
「通りで、キレイなわけだ。そんな話、どうして俺に?」
しばらく考えた後、引きつった笑顔で言った。
「わかんない! なんかアンタ悪いやつじゃなさそうだって思ったし、何より人と合うのが久しぶりだったからかな・・・」
そんな話をしているともう結構な夜更けになっていた。
「さぁ、もう遅いし寝ましょう。アンタはパパとママの寝室を使って」
「あぁありがとう」
部屋に入りメルスの両親が使っていたベッドに寝転がる。
(あいつ、結構大変なことを経験してたんだな・・・。俺も頑張らないとな!)
目を閉じると、疲れていたのかすぐに眠りにつく・・・
が、しばらくして尿意で起きる。
寝ぼけたままトイレを探す。
「ここか・・・あ~ぁ」
やっとトイレにたどり着き、大きなあくびをしながら用を足す。
何者かの視線を感じ、目が冴えるセト。
「何だ? 誰かいるのか?」
《イエス。女神様に与えられた『視線』機能を使いました》
「なんだよ! お前かよ! もう、一生使うなその機能!!」
《セト様のブツは平均以下・・・と。女神様に報告しますか?》
「しねぇよ! てかもっとでかいしー!」
少し見えを張るセト。再び部屋へ戻る。
すると締めたはずの扉が開いていた。
「あれ、今度こそ誰かいるのか?」
恐る恐る除くとベッドに横たわるメルスの姿。
「おいおい、なんでこっち来てんだよ・・・」
すぐに起こして自分の部屋へ返そうとするが。
「パパァ・・・ママァ・・・寂しいよ・・・」
細く、今にも切れてしまいそうなかすかな声。
しかしセトはしっかりと聞き取った。
「そうか、こいつ小さい頃からずっと一人で、人間や同族の友達もいなかったんだろうなー。」
パチン!と自分の頬を一叩き。
「よし! 決めた。俺がこいつの友達になってやる。さっきの話を聞いたからじゃないぞ。こいつ、いいやつそうだし、それに可愛いからな。嫌だと言われても諦めねぇぞ!」
セトはメルスに布団をかけ自分は他の家の寝室を借り、再び眠りにつく。
(あれ、何でこんなに顔が熱いの!? アタシどうしちゃったんだろ・・・)
頬を叩く音で起きてしまったメルスに、臭いセリフを聞かれてた事をセトは知る由もなかった。
ーーーー プロローグまであと一日 ーーーー