表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/226

華麗なるわが家族(母親編)

 子育てを始めて、改めて親が様々な場面でなにを俺に言ってきたのかを思い出すことが多くなった。

 しかしそれを思い出せば思い出すほどに、俺を教育してきた母親のセンスに驚く。

 今日は記録ついでに二つほど紹介してみようと思う。


 幼い頃、ディズニーランドに連れて行ってもらった俺と妹。パレードで踊る人たちを見て、その笑顔に釘付けだった。

 母親はそんなダンサーたちを見て、「この人たちは親が死んだその日もああやって笑顔で踊らなきゃいけないのよ」と言った。

 パレード中にそういうことを言うのもすごいが、俺はその日、一生分のプロ意識という物を教えられた気がする。

 プロってのは、そういうもんなんだなと……。


「嘘をついてはいけない」

 そうだろう。どんなに嘘つきな親でも子供に表立って「嘘をついて生きていきなさい」と言い聞かせる親はいないんじゃないだろうか。

「嘘をついちゃいけないんだね」

 当時、俺は言ったのだと思う。そしたら、

「病気で死にそうな人に『大丈夫だよ』っていう嘘ならついていいのよ」

 そんなレアなシチュエーションじゃ年端もいかない幼児ではピンと来ないと思うのだが、俺はその日、一生分の人への気の使い方という物を教えられた気がする。


 ちなみに、あたりまえだがその当時、そんなに深いことを考えたわけはない。

「プロは悲しいことがあってもそれを表に出すようじゃダメだ」とか、「やさしさは真実を語ることばかりとは限らない」とか、そんなテツガクはあの人生の浅さでは思いもよらない。

 が、子供は理解できなくても、言葉それ自体を覚えているものだ。

 意味は分からなくても、印象に深い言葉は心に刺さって忘れない。

 それを大人になって咀嚼をするように振り返り、自分なりに理解する瞬間がある。

 親はなにも俺がその後思ったような意図を込めて言ったのではないかもしれない。でも、その言葉が俺という人間の、一つのルールを作っていることは間違いない。

 

 だから、子供に向けて「これはちょっと難しいし理解できないだろうから、言うのはやめておこう」と大人が子供に対してナメてかかる必要はないし、逆に「子供だから分かるまい」と思っていい加減なことを伝えれば、それは必ず心に残ってその言葉を吐いた本人を貶めることになる。

 学校の教師が繰り広げた後者の例も、いくつもあげつらうことができるが、それはこのエッセイで語ることではないと思うので置いておいて、ともあれ難しかろうが簡単だろうが、ちゃんと子供に伝えるべきことは伝えると……この親の並外れたセンスから学んだ一番大切なことはそういうことなのかもしれない。


 ……しかし、(母親編)とかタイトルに書いておいて、他にネタはあるのか?(笑)

 まぁ、いろいろ思い出したら書いてみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ