人間の匂い
人間は、いろんな匂いがする。
タバコ臭かったり香水臭かったり、にんにく臭かったりアルコール臭かったりという、人工的な匂いもあるけど、多くは自然発生する匂いで、本人では気づきづらい匂いたちだ。
ちょっと不思議なのは汗臭いのと乞食臭いのの差。汗臭いのを放置し続けると乞食臭くなっていくのか分からないが、明確に違う。
便所臭い奴もいる。あれもなんだろうと思うけど、思えば便所の匂いというのは、巡り巡って人間が作り出しているのだから、便所臭い人間がいてもおかしくないのか。
昨日、同じ〝便所臭い〟でも、珍しい便所臭さを持っている男に出会い、今日これを書いてみようと思い立った。
彼は確かに便所臭かった。しかし普通の便所ではない。なんというか、小学校のころ行った林間学校のトイレでしか嗅いだことのない、ピンポイントな便所の匂いを発していたのだ。あれはなんだ。
結構、自分の家の匂いを持っている人もいる。これは特に自分では気づかない気がするが、いろんな匂いが染みている。だからひょっとすれば彼の家が、私が小学校のころに一度だけ体験した珍しい便所の匂いと同じ匂いを発しているのかもしれない。
よりにもよって便所と同じ匂いなのはアレだが、建築材料の何かの匂いだとすれば、あの匂いはいったい何の成分なんだろう。
ちなみに小学校のころ、家が宗教上の理由でずっと線香を焚いていたせいで、ずっと線香の匂いをかぐわせていた奴がいた。いやまぁ悪い匂いじゃないんだけど、やっぱりちょっとクラスでは特別視されてしまってはいた。
匂いというのは、大事だと思う。
頭の匂いもいろいろある。
男の一つの条件として、背が高いのが有利という時代はとうに過ぎたか。分からんけど、満員電車で一人だけ背が高いというのは隣のダレカの頭の匂いを嗅ぎ続けなければならず、これが意外に辛いと聞いたことがある。
そういう意味では私もご迷惑をかける側だっただろう。もっとも満員電車などほとんど乗ったことがないが。
ワキの匂いが異様なのは、その昔、その匂いに異性を引き寄せるフェロモンが含まれていたらしい。これもよく分からないが今ではそれが必要なくなって、匂いはその名残なのだそうだ。
……っていうけど、この匂いで「あなうれしや」となる女子などいたのだろうか。……いや。
とある風俗嬢が「お客のワキの匂いってなんでどんなに洗ってもとれないんだろう」と嘆いていたから、決して歓迎されるものではないと思うのだが……。
ところで昔、私はとあるブログに行き着いたことがある。そのブログ、今もあるのかは分からないが、死体の掃除屋さんが書いているブログだった。これが非常に生々しい。
孤独死だったり、何らかの理由で死亡後なかなか発見されないケースが結構あるらしいのだが、見た目と臭いで、吐かない新人はいないそうだ。
ある意味達観されているその方のブログの内容に呆然としながら、食い入るように読み進めてしまったのを覚えているが、そんな彼がふとこぼしていた言葉があった。
「人間は生きてる時はいろんな匂いがするけど、男も女も、死んで腐るとみな同じ臭いになる」
……どうやら、いろいろな匂いを発するというのは、生きている者の特権らしい。
生前にもらったいろいろな匂いをこの世に還して、存在を消すのだ。
つまり匂いこそ、人間が生きているという証なのかもしれない。人はいろんな匂いを発しながら、自己表現をしているのかもしれない。
インターネットは匂いが伝わらない。リモート化していく仕事環境で、どんどん人間の匂いに触れる機会も減っている。それはあるいは、生きた人間たちのやり取りではなくなってくるのかもしれないな。




