日本語が足りない!
小説を描くことを『趣味』と言われるのが嫌いだ。
確かに、小説での収益は現在のところ一円もない。しかし、そのような理由で『じゃあ趣味でしょ?』と言われるほど腹が立つこともない。
例えば、プレステとかでゲームをする。もはや滅多にゲームなんざしないが、やれば楽しい。ゲーム内で思うようにいかないことがあっても基本的には『遊ぶために』ゲームをやっているのだから、これを苦悩というのはおこがましい。遊んで遊んで週三回でもやっていれば「あ、俺の趣味はゲームです」と言って差し支えないだろう。
しかし小説はどうだ。
金になってないからとて、それにかかる労力と苦悩、何度描くのをやめたくなるか分からない自分の表現能力への葛藤と、やりたいこともやらずに文章を見つめている時間。
これが本当に、『楽しくやっているだけのゲーム』と同じ『趣味』と言えるのか。
例えば。
プロの存在しないスポーツは数多く存在する。
しかしそれぞれに、最高峰を決める大会などがあり、そのステージは生き馬の目を抜くような競争が行われているはずだ。
栄光を勝ち取るために行われる努力は生半可なものではない。追い込んで追い込んで、楽しさなんてぶっ飛ぶところまで自分を追い込まなければ、一つだって勝つことはできない。
あんなに苦しい思いをして身体を痛めつけて、それでも
「でもプロじゃないよね。金になってないよね。じゃあ趣味だろ?」
ということになるか?
プロのない競技に携わるオリンピック選手全員に言えるか?それ。
仕事と趣味の差は、要するに収入だ。
職業となれば、誰も趣味とは言わない。しかし職業となりえないと、その行いは多く、趣味と呼ばれるものになる。
しかしつらつらと述べてきた通り、ただ楽しく遊ぶ習慣を身につけていることと、真剣に何かを目指して打ち込むことは、同じ無収入でも明確に違うものだと、少なくともわたしは信じている。
しかしそうだとして……行き当たる問題があるのだ。
すなわち、日本語が"ない"。
ただ楽しく遊ぶ週間を『趣味』というとして、わたしが言わんとしている場所には、日本語が存在しない。
自分を紹介するとする。
「俺、小説描くのが仕事です」は適当でない。
「俺、小説描くのが趣味です」も適当ではないとすると。
「俺、小説描くのが○○です」
……ここに当てはまる日本語ってなんだ。現状、存在しないのではなかろうか。
まぁ結局言葉遊びの部分でしかなく、「結局金になってなきゃ一緒でしょ?」という意識で話されたらどのような言葉が生まれても何の意味もなさないのだが、とにかく小説を趣味と言いたくない矢久は、じゃあ今、自分は何者なんだろうと思うことがある。
間違ってはいけないのは、例えば小説もスポーツも、趣味にもなりえるということだ。小説やスポーツが高尚なものでゲームが低俗と言っているわけでも決してない。
要するに意識の問題で、どのようなものでも、『楽しい。思うようにいかないことがあっても基本楽しくやってます』というものは趣味なのだ。
逆にゲームに命を賭けておられる方もいることだろう。eスポーツがどうのと騒がれている時代だ。ゲームが趣味と言われて怒りだす人種もこれから増えていくかもしれない。
『楽しいだけでやっていられる間』と『壁にぶち当たって楽しくもなくなってきて、それでも突き詰められるか』というところに、趣味と○○の差はあるのではないかと思う。
であれば、どのようなものでも○○にもなりえるということになる。
とにかく日本語が足りない。矢久はいつか、何かの小説でこの部分の造語をしてやろうと思っている。
よく履き違えてる人いるけど、"好き"と"楽しい"は、違う要素だ




