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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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ヴヴヴヴヴヴヴヴ

 世界から『ヴ』が消える。……そういうニュースが矢久の元にも舞い込んだ。

 実際どういうことかといえば、現在世界で使われている国名から『ヴ』と言う標記をなくして、標記を統一しようってことらしい、

 具体的には、

『セントクリストファー=ネーヴィス』

『カーボヴェルデ』

 が、それぞれ

『セントクリストファー=ネービス』

『カーボベルデ』

 に変わるそうで……。


 てか、そんな名前の国、今聞くまで知らなかったからアレなんだけど、ともかく発案は外務省。

 狙いは大使館の名前を「親しみ易く」するためだそうで、ネットで検索する際に、統一されてる方が検索に引っかかるでしょ?って事らしい。

 それ自体はいいよ。その方が外務省が仕事がしやすいって言うのなら、やりゃいいとは思う。

 問題はそれを皮切りに、徐々に『ヴ』という表現自体がご法度になっていくんじゃないかってことだ。


 それが一般化すると、もう、目に浮かぶことがある。

 『ヴ』を使わないようにしよーー的な運動のあとしばらくして、ヴィアンカさんという女の子を主人公に物語を描くことにより巻き起こる、

「もう、『ヴィ』は使われない表現ですよ?」

 まるで鬼の首を取ったかのような、"有識者"の揚げ足取り。

 出版社とかもそれに乗っかって、

「いまはビで統一していますので、ヴィでは出版できませんね」

 のように"作品の質とかは関係ないところで"ぶった切られる可能性。

 ……馬鹿馬鹿しい。


「大げさだよ。まったくなくなるわけないじゃん」

 と考えた方、たぶん正解だ。

 しかし日本語は、卑近なところでも「ゐ」とか「ゑ」とかを失っている。きっと「い」と「え」とは多少意味合いが違っただろうに、俺は、その違いを認識すらできない。「ヴ」も同じになる可能性がないと言い切れるか。

 実際、文字がなくなることそれ自体は、時代が受け入れていくしかないことなのだろうとは思う。

 しかしだ。お偉いさんが勝手にそうやって日本語を狭めていくことによって、起こるはずだった発想の選択肢が一つ消えるってことはまちがいない。矢久が「ゐ、ゑ」の使い分けができなくなったように。

 文言が簡単になるほどに、人は脳みそを使わなくなっていくわけで、それが結果、日本語という、実に多彩な表現が可能な言語の特性を消していくことに繋がることは、きっといえる。

 ……それが、日本の財産を一つ、食い潰すことになることを、モノ書きとして懸念するのは、決して大げさなことではないと思う。


 これは、一時期『円周率を3でもOK』と言ってた問題とある種似ている。

 確かに円周率が3なら、3,14よりもはるかに速く計算は終わるだろう。しかし、3は3であって、3,14ではないのだ。

 同じこと。『ヴェ』でも『ベ』でも意味は通るだろう。しかし『ヴェ』は『ヴェ』であって『ベ』ではない。

 これを

「だいたい一緒じゃん。細かいこというな」

 と発想することが脳レベルの低下だと言っている。そこが、「嘘でもいいや」となった時、一つ人間は、そうなる前には考えもせずに受け入れていたものが、"考えもせずに"受け入れられなくなるのだ。それを脳レベルの低下と言わずになんと言う?


 今回は、外務省がただ、二つの国名を変えたかったってだけ。

 だけど、それが蝶々の起こした水辺の波紋が向こう岸で嵐を引き起こす可能性はない、と、誰が言い切れるのだろう。

 一般の人には、本当に、蝶々の作った波紋だろう。しかし俺らは表現者。

「赤色も朱色も紅色も、所詮みんな赤でしょ?」

 では、日本の繊細な文学表現は成り立たなくなると思うのだが、如何?

円周率は正確には3,14でもねーぞってハナシは単なる揚げ足取り。

言及しているのは言語の問題であり、円周率はこの問題とは直接関わらない。

似ているということを例に挙げただけである。

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