姫(2)の姫三姉妹
プッチンプリンの空の容器に向かって
「たるー」
と、唱えると、何でも好きな食べ物が出てくるという魔法の遊びを、姫(2)は一人でせっせと遊んでる。かわいい。
その姫(2)には、姫シールみたいな三姉妹のシール姫のお友達がいる。
ちょっと分厚いシールで、たぶん使用方法は違うのだが、そのシールが、どこにも張り付かなくなるほどにベタベタ触られながら、トコトコいろんな場所を歩いているのだ。
三姉妹。上から、にんじん姫、じゃがいも姫、肉姫。
……壮絶なネーミングである。
魔王様(♀)も別の姫三姉妹を持っておられるのだが、魔王様(♀)というのは、自分の大事なものはすべてしまってしまうという特性があり、矢久の家を闊歩しているのはもっぱら、にんじん、じゃがいも、肉の三姉妹。
本当にいっぱい、いっぱい遊んでいる。姫たちもまさか一度貼り付けられて終わりなところをあんなに遊んでくれたら感無量だろう。
にんじん姫なんて遊ばれすぎて右手と右足がもげてどこかへいってしまっている。
そんな姿をぼんやり見ながら、思うのだ。
人はいつ、人を差別するようになるのだろうかと。
三姉妹はいつも一緒だ。
にんじん姫に、腕がなかろうが足がなかろうが、姫(2)は他の姉妹と変わらぬ愛情を彼女に注いでいる。彼女だけ別の場所に放置されたりすることもなければ、わたしがどれに手を出しても怒る。
そこには何の隔たりもないし、にんじん姫は姫(2)の愛情をいっぱいに受けて、今日も笑顔だ。
人はいつ、その気持ちを忘れるんだろう。
それは差別に限らず、きっといじめとか、そういう問題にも繋がっていくのだと思うのだが、2歳の頃にはなかった気持ちが、いずれのどこかで芽生えるということで間違いない。
ということは、それらの感情は、あるいは人間の中で、無くてはならないモノなのかもしれない。
だとすればなんでだ。なぜ、人が人を除外しようとする心理が、人には必要なのだろう。わたしは、そんな気持ちの存在しない、無垢な姫(2)を見ながら、しみじみ思ってしまう。
そんな姫がかわいらしくてしかたないから、わたしはおもむろに彼女のことを抱きしめる。
すると姫(2)は言うのだ。
「だっこしないで。ママがいいママがいい」
さ、差別だーーーーーーー!!!!!(笑)




