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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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魔王様(♀)、ただいま四歳、小咄

 魔王様(♀)は四歳となり、だいぶ人間らしくなってこられた。

 気がつくと一人で明後日の方に向かって「先生おはよ」と歌いながら地面に頭がつくほどに頭を下げて、幼稚園に行く時の練習をしている様は微笑ましい。


 我々召使いの言葉もかなり理解するようになり、「今何時?」などと聞くと、目覚まし時計を持ってきてくれたりもする。ただ、問題はその目覚ましはすでに壊れているせいで動かず、ずっと11時20分を指したままであるのだが……。

「それはもう動かないのよ」

 召使い2が苦笑いすると、時計の背中の時間合わせ用のツマミを回しながら、

「ここまわすと動くのじゃ」

 と提案してくれたりする。確かにその通り。

 その通りなのだが、それだと、たとえ針は動いても今が何時なのかを把握することはできないことには気付いてらっしゃらない様子だ。


 時計といえば、「大きなのっぽの古時計」という歌は、ほとんどの方はご存知かと思う。おじいさんの生まれた朝に買ってきた時計が、100年の時をおじいさんと共に生き、そしておじいさんと共に活動を止める歌である。

 そういう歌の意味を、ある程度ちゃんと理解できるようになった魔王様(♀)。育て甲斐があった。

 ……ところで、うちのばーさまはもうそろそろ100歳になる。それを魔王様(♀)が知った時の言葉は衝撃的だった。

「大ばーばは、もう死ぬの?」

 ……どうやら「大きなのっぽの古時計」のおかげで、100になると人は死ぬと思っているらしい。100歳で死んだおじいさんの話を理解した分、厄介な人生の法則を、彼女の頭は構築してしまったようだ。

 ……頼むから本人の前でその質問だけは避けてほしいところである。


 そんな魔王様(♀)は、水族館に行った。

 私はその時期非常に忙しく、結局私を抜いた家族で行ったのだが、その水族館は入場すると即、海に繋がる大パノラマな窓が設置されていたらしい。

 魔王様(♀)は、『水族館にいる魚たちは透明な水槽の中にいる』ことを理解している。そのため、どうやら目の前に広がる海の光景を、水槽と勘違いしたようだ。

 海面を走るサーファーたちの群れをみて、魔王様(♀)は大はしゃぎ。

「あ!! ペンギンだ!!!」

 ……まぁ確かに、サーファーの、黒いテカテカの全身タイツみたいな格好は、ペンギンの表皮に似てなくてもない。本人はその窓を水槽だと信じているため、その誤解を解くことも非常に困難だったようだ。


 「忙しさが一段落したら山に連れて行け」というので、山にも連れて行ってみた。

 魔王だけに体力は異常で、知り合いの男の子が五歳で登りきれなかったところを、一つの休憩もなく登りきってしまうほどの健脚ぶり。

 山は県内でも有名な山で、中腹や山頂には寺や神社がある。おかげで「ゆうやけこやけの歌」の「山のお寺の鐘がなる」の鐘がどういうものかが分かってくれたようだが、魔王様(♀)は、そんな寺や神社の一角を指差して大はしゃぎ。

「たぷりだ!!!!」

「え?」

「たぷり!! おっきいたぷり!!!」

 たぷり……?

 たぷりとはなんだろう。首を捻る私の隣で、

「わらわはたぷりが大好きなのじゃ!!」

 とはしゃぎ、より大きな"たぷり"を見つけて興奮している。

 召使い2によると、どうも寺や神社などの伝統的な日本建築物の柱の上に載っていたりするスライム型の、アレのことらしい。ちゃんといえば擬宝珠(ぎぼし)という。大昔に爆風スランプというユニットが歌った、東京武道館のてっぺんにある巨大たまねぎのことだ。

 それを、魔王様(♀)は独自に「たぷり」と命名されたらしい。

「なぜたぷり……?」

 そういう疑問が沸くだろう?……沸くに決まってるんだ。私も聞いてみた。

「なぜたぷりですか?」

「どうみてもたぷりだろう?」

「……」

 魔王様(♀)にしてみれば語るまでもない。「どうみてもたぷり」らしい。

 なるほどたぷり。うん……たぷり。

 まぁ、擬宝珠というよりはかわいらしいので、矢久の家では、アレは"たぷり"ということに落ち着いた。


 そんな魔王様(♀)。

「大きくなったら何になる?」

 ……と質問すると、蛇になると明言する魔王様(♀)。

 なぜ、手も足も捨て去って爬虫類の晩年期を迎えたいのかはわからないが、とりあえずそれだけは思いとどまらせようと、召使いたちは躍起だ。


 魔王様、ああ魔王様、魔王様。

「♪大きな栗の木の下で、あたまかたひざポン、大きな栗の木の下で」

 という歌が意味不明な魔王様(♀)。

 エンターテインメントに載せられるか微妙なところと思いつつ、どこかに書き記しておかなければ、きっといつか記憶の向こうへ追いやられてしまうのであろう、この幼児の一ページを、最近手付かずになっているエッセイ欄に、そっと載せておいてみようと思った冬の晴れ間の昼下がり……。

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