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思いの甘さ

近所のおばさんたちの挨拶もそこそこに家に入れば、厳しい表情で父が居間に座っていた。

思わず引き下がりそうになるが、ここで引いて後回しにはできないので勇気を振り絞る。


「父様」

「そこに座りなさい」


真向かいを指定され、渋々座る。


「相手の家に話はつけてある」

「父様!私はここに」

「店のことなら問題ない。あいつらがいる」


そう言って父が指し示したのは、お店の方。お客さんがいるらしく、数人の談笑が聞こえる。

「あいつら」とは店の従業員のこと。たしかに彼らに任せれば何事も問題はなくて。


「だからおまえは安心して梅納寺に行け」


決定事項だと告げ、父は店の方へ行ってしまう。

一人取り残され、どうするべきか考える。父に聞いてもらえないなら、相手側に。

夢次が思い浮かび、胸がしめつけられる。今は会いたくないけれど。

そっと立ち上がると、家を出た。





きっと来ると思っていた。だからわざわざ店の前で不自然にならないよう立っていた。

案の定、寒さの為か頬と耳を赤らませて彼女は来た。

無言で近寄る。五歩くらいの距離でお互い止まる。

真剣な表情とは程遠い、泣きそうな顔で彼女は口を開く。


「私はあなたのもとへは行けません。簾桜家のために」

「わかった」


そのまま振り返り店に入る。

彼女がそう望むなら言えることはなかった。





「私はあなたのもとへは行けません。簾桜家のために」


震える声で告げれば、そっけない返事がくる。

そしてそのまま彼はお店の中に入ってしまう。

どこか期待していたらしい自分に呆れる。こぼれそうになる涙をこらえ、元来た道を戻る。

戻っても今日はやることがないと思い至り、家に帰りたくないのもあってふらふらと歩く。


「まるで夢遊病者のようだな」


気付けば目の前に清院がいた。今日は蜜柑を抱えていない。


「壺鈴、甘い物が食べたい。あそこへ行くぞ」


勝手に手を引っ張られ店へ連れて行かれる。甘味処としては有名なところ。店内は相変わらず賑わっている。

朱院から清院は甘い物が好きだと聞いていたからわかってはいたが、次々と頼んでいくので心配になる。


「お腹壊しますよ」

「問題はないぞ。いつものことだからな」

「いつも……」

いつも夢次はこれに付き合っていたのかと思うと、律儀なんだと改めて思う。なんだかんだいって優しいのだ、基本は。

彼を思い出し、また視界がにじむ。これで良かったと思うのになぜ前よりも冷静になれず、苦しいままなのだろう。

ついと目の前にあんみつが現れる。見れば、清院がそっぽを向きながら差し出していた。

微笑んで礼を言えば、照れたような返事。おかしくて笑うと怒られる。

少し機嫌を損ねたらしいけれどぜんざいを口にすると嬉しそうになる。


「清院殿。何かお話があったのでしょう?」


図星だったらしい彼女は、一瞬動きを止める。そして仕方ないといった様子で懐に手を伸ばすと、一通の手紙らしきものを取り出す。


「朱院が残した手紙だ。いつの間にか入れられていてな」


差し出された手紙をそっと手にする。表に「壺鈴様へ」、裏に小さく彼女の名前が達筆に書かれている。すっと伸ばされた字が彼女らしい。

そっと中を開く。折りたたまれた紙をおそるおそる開くと、綺麗に流れるような字が並ぶ。仄かに彼女のにおいがした。

長くはないけれど短くもない文章をつらつら読む。自分と会えて良かったということ、彼女の生い立ち、黄泉のこと、そして初恋の話が書かれていた。

冬呀の言葉を思い返す。彼は殺してしまったと言っていたが、この手紙では病死となっている。

朱院が禁忌を犯してまでも彼を救おうと懸命に動いたが、願いは叶わず眠りについたという。


『あなたにはそんな思いをしてほしくなかった』


いつだって傍で話を聞いてくれた。答えを出す手助けをしてくれた。その理由に触れられた気がする。

最後に書かれていた言葉に思わず頬が熱くなる。

思わず手紙で顔を隠すと、清院が呆れたような溜息を吐く。


「どうせいつかは否が応でも朱院に会う。どうせ逝くなら今生を謳歌してからのほうがよかろう」

「それはどういう意味です」

「素直に己が望む道を行けと言っているのだ。本音はわかっている」

「っ……!」


思わず否定しようと言葉をあげかけるが、そっちの方が嘘だと思うとやる気をなくし溜息が出る。

けれど、清院の言うことは正しい。たった一度しかない人生。魂は輪廻するとはいっても、「自分」という存在でいられるのはこの一時。

どんな人生であれ悔いは残したくないから。


「ありがとう、清院」


微笑めば、彼女も笑う。

あんこを頬につけている姿は可愛かった。



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