ふたりのかたち
結婚します。
あれな描写はありませぬ。
「重い」
朝から着替えやら頭に装飾されるわで悲惨だった上に、この橋を渡りきらないとだめらしく、億劫になる。普段より何枚も重ねられた衣装、無駄に重いだけの装飾、慣れない白粉に気分が少し優れない。
「もう少しだ。耐えろ」
小声で夢次は言う。そっちは軽いでしょう、と思わず皮肉が出そうになり口を閉ざす。
こんなときにまで言い争うほどの気力はなかった。
結局縁談は進み、春風が吹き始める時期に式となった。早急だったのは自分の気が変らぬうちと思った父のせいかもしれない。
彼に手を引かれながら一歩ずつ慎重に歩く。
桜の木を過ぎ、川の上に架かる橋を渡り、そして咲き乱れる梅の木のもとに到着する。
仄かな花の香りが届く。そっと視線だけ上に向けると、やっと咲いたばかりの花が薄墨色となった。
「喧嘩ばかりするでないぞ」
梅の木の下には清院がいた。こちらを見てにやりと笑う姿は誰かさんに似ている。
「夢次。壺鈴を泣かせるな」
「わかってる。いきなりなんだ」
花弁が舞った。そこで気付く。
「清院殿!」
「先に逝く」
「ありがとう!」
薄れゆく彼女に必死に叫ぶ。夢次も何か叫んでいた。
視界を覆うほどの花弁で目を瞑る。頬に当たるそれらは柔らかく、そして一瞬。
そっと目を開ければ幻だったかのように花はいつもの白花だった。
「口に入った」
夢次が嫌そうな顔で吐き出す。
「皆に見られてますよ」
「仕方ないだろ」
「せめて手巾で覆ってください。みっともないです」
渋々口元を覆う彼に思わず笑みがこぼれる。
そっと差し出された手に自分の手を重ねる。
「行こうか」
「はい」
お互いに微笑んで、元来た道を並んで歩いた。
どこかで下手な鶯が鳴く。
去年よりは上手かったかもしれない。
恙無く式は進み、宵の帳が下りる。後ろを気にしないよう外を眺めていれば、そよかな柔らかい風が吹く。
まだ少し肌寒いけれど、閉める気にはなれず空を見上げる。
散りばめられた星が己の存在を主張するように瞬き、夜空を彩っていた。
背後で襖を開ける音がしたがわざと知らぬふりをする。
そのまま空を見上げていれば、そっと包み込むように抱きしめられる。
「冷えてるじゃないか」
咎めるような声にも聞こえなかったふり。
本当は機会を掴みたかったけれど、思うように口は開かなかった。
反応しなかったから空気が気まずくなる。
彼とまともに対面したのは冬に縁談話を断って以来だった。式の間は緊張などで話せたけれど、二人きりになるとどうすればいいのかわからない。
両手を握りしめる。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ」
本気でわけがわからないといった彼の様子に、どう説明すべきか言葉を選ぶ。
「あなたに『一人で抱え込むな』と言われた時のことです。心配してくれたのに、あんなこと言って……ごめんなさい」
「ほんとにな」
溜息を吐いて彼は言う。なぜあんなことを言ってしまったのか、後悔ばかり募る。謝っても、彼を傷つけたことに変わりはないと知っている。
「怒っていますよね」
こわかった。彼に嫌われるのが。
頭の上からまた溜息が聞こえる。また怒られるのかと身構えた。
くる、と回転させられ彼と向かい合わせになる。顔を両手で挟まれ視線を合わせられる。
「俺たちは夫婦になったんだ。そうだな?」
「はい」
「約束してほしい。これからは何でも話すと。一人きりで抱え込まないと。できるか?」
同じ質問だった。けれど前とはその言葉の重みが違う。
一生を共にする相手との約束。
だけど彼は「できるか」と問う。逃げ道があるようで明確な答えを導く問いだった。
「……はい」
そっと答えれば、ほっと安心したような顔になる彼。
すると突然外で破裂するような音が響く。
思わず彼にしがみつき外を見れば、夜空を色とりどりの光が照らす。
次々と咲く大輪。
「花火?」
「ああ。俺もさっき聞いたんだが、特注で作ってもらったらしい」
「え、まさか私たちのために?」
「そうらしいな」
普通に彼は話すが、信じられなくてさすが梅納寺は違うなと驚嘆していると思いもかけない言葉が降り注ぐ。
「おまえの父親の提案らしい」
「父様の!?」
あんなに彼と一緒にいるのを快く思っていなかった父が、なぜいきなり彼との縁談話を持ちかけたり、こうしてわざわざ時期外れの花火まで用意し祝ってくれるのかは謎のままだった。
それでも父の精一杯の気持ちが嬉しい。
「ところで『うん』ってなんだ」
また後ろから抱きしめた格好で突然意味のわからないことを夢次は言う。
「何ですか」
「俺が告白したとき。『うん』しか言ってなかったじゃないか」
そしてまたくるりと彼と対面する形になる。どうして花火を見させてくれないんだろうと心の片隅でむっとする。
「ちゃんとおまえの口から聞きたい」
さりげなく誰かから聞いたというような言葉に、梅都の顔が浮かぶ。ありえなくない。
「なぁ、俺のことどう思ってる」
「今ここにいる理由を考えればわかると思いますが」
羞恥で顔が赤くなるのを感じながら答えるが、「おまえの口から聞きたい」と再度言われる。
「ち、近くないですか」
さりげなく彼は近づいてきて体が密着する。追い詰められているようで慌てて口を開く。
「好きです」
「なに? 花火の音で聞こえなかった」
「好きです!」
「もう一回」
この男わざとやってると睨めば、笑いながら「おまえが可愛いのがいけない」と頬を撫でられる。
背後で連続的に花火が打ち上がる音がする。それはそろそろ終盤の合図。
「あなたが……好きです」
その時の嬉しそうな彼の笑顔で、この人で良かったと思った。
そんな思いに浸っているとなぜか抱きかかえられ布団に横たえられる。
「な、なにするんですか!」
「いや、初夜ですることっていったら決まってるだろ」
当然のように言いながら覆いかぶさってくる彼を近づけまいと押す。
「ま、まだ心の準備がっ……」
するとすぐに彼はどいてくれる。内心ほっとしながら彼を見る。
「無理強いはしない。まぁ今日なら周囲も公認だがな」
「公認って……」
けれど彼はさっさと自分の布団に入る。
背を向けてしまうので自分の布団に入るが隣が気になってつい目を向けてしまう。
ところがすぐに彼はこちらに寝返りしてくるので、慌てて反対方向を向く。
「なぁ……抱きしめていいか」
ぽそっと呟くような声。
「ど、どうぞ……」
本当は寂しかったなんて言えなくて、可愛くない返事だったけれど彼はまるで壊れものを扱うように抱きしめ、頭を撫でる。
それが気持ち良くていつの間にか眠りに落ちていた。
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まだどこか違和感のある鶯の鳴き声ではっと飛び起きる。
すでに外は明るく、隣に彼の姿はなかった。布団も綺麗に畳まれ片付けられていた。
寝過ごしたと慌てて身支度を整え、居間に行くと夢次の母親に声をかけられる。
「夢次なら散歩よ」
見透かされた言葉に思わず動きを止めれば、笑われる。
「せめて食べてから行きなさい」
そう言って机の上にご飯が並べられていく。それを手伝いながら、初日から何もできない自分に溜息を吐く。
「すみません、お手伝いもせずに」
けれど彼女は微笑む。
「疲れたでしょう? 今日はゆっくり休みなさい」
優しい言葉に申し訳なさすぎて、明日からはきちんと起きようと誓う。
「ありがとうございます」
「気にしないで。ほら、早くしないと帰ってきちゃうわよ」
別に一緒に散歩するつもりはないが流れから食べる羽目になる。
母の作るご飯とはどこか違う味だったけれど、それは優しい味だった。
どうやらそれほど遅いわけではなかったらしく、まだ人通りはない道を少し駆け足で行く。彼の散歩はどういう道なのか知らないがなんとなくあの橋に向かう。
思ったとおり、橋の中央に立っていた。
渡り始めたところで彼は振り向く。そして微笑んで手招きしてくれるので、小走りに向かえば肩を抱き寄せられる。
「結局“ココロ”が何なのかわからないままだったな」
流れる川を見ながらぽそりと彼は言う。
わからないままだけれど、ひとつわかることがある。
「大切なものです」
「そうだな」
お互い顔を見合せ、そっと笑う。
『あなたの“ココロ”は今何処にありますか?』
以前、朱院に問われた言葉が思い浮かぶ。
今なら迷わず答えられるような気がした。
どちらからともなく、手を繋ぐ。
どこからかひらひらと舞い降りる薄い色の花弁。
はっと見上げたその先には――――。
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→梅都&壺鈴&夢次
「お、遅くなってすまねぇ」
「綺麗な色ですね! ああ、もしかしてあの大量の蜜柑は」
「実はおまえの親父さんから頼まれてよぉ。祝いの品」
「一体父様は何を考えているのかさっぱりです。あんなに怒っていたのに急に縁談なんて」
「それが父親ってもんなんだよ……」
「はぁ。梅都殿もですよ。知っていて教えてくれないこと多いし……ほんとに男の方とは」
「なんかあったのか?」
「別になんでもありませんけど」
「ほんとに何もなかったよな」
「そうなんですか、夢次様」
「心の準備ができてないんだとさ。ところでこの色、壺鈴には合わない。やり直しだ」
「……わかりやした」
「でも私、この色好きですよ。それに……朱院と清院も材料集めてくれたんですよね? 私これがいいです」
「おまえがそういうなら」
「じゃ、これで」
「梅、これとは別でもうひとつ作れ」
「え゛っ」
「でもっ……」
「俺からの贈り物だ。受け取ってほしい」
「夢次殿……」
「作るのは俺ですがね」
「織るのも仕立てるのも俺だ。問題ない」
「嬉しい、です」
「ラブラブなことで」
「清院殿も仰ってましたけど……ラブラブってなんですか?」
「お熱いですねってこと」
「///」
「……」
梅桜物語これにて完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これからは短編集を更新していきますので、よろしかったらそちらもお付き合いください。




