誘い、誘われ
ふと足が止まる。
連れがどうかしたのかと尋ねてきて、慌てて平静を取りつくろい微笑む。
「知り合いを見かけたもので」
「まぁ。あたくしのことでしたらお気になさらず」
「いえいえ。女性を待たせるなんてできませんよ。とくに、あなたのような綺麗な人を」
「ほんとに口が上手いんだから」
袖口で口元を覆いおかしそうに笑う女性を見ながら、一瞬見た二人を思い返す。
たしかあれは簾桜家の仕入れ先の息子だった。「なぜ二人で?」と訝しむ。
「夢次様、あすこのお店などいかがでしょう」
彼女が示したのは、まさに二人が入って行った場所だった。思わず声を出しそうになりどうにか押し留まりながら、「あなたがそう望むのでしたら」と言えば嬉しそうに彼女は歩き出す。
本当なら何が何でも行きたくなかったのだが、それだけでは理由にならない。断るのも面倒になった。
そこはこじんまりとした普通の飯屋。なぜ彼女がここにしたのかは謎だが、変に気張った店よりかはこっちの方が良い。昼時ということもあり人は多かった。
さっと店内を見回す。出入り口付近には見当たらず、少し奥まった場所に二人はいた。
何やら楽しそうに自分には見せたことのない顔で笑う彼女を見て、少しむっとなる。
「ここにしましょう、夢次様」
そういえば連れがいるのだと我に返り、彼女の方を見る。仕切りで遮られているが荒い目なので、ちょうど二人を見ることができる位置。
「ねぇ、何にしましょうか」
またもや気を逸らしていたことに自分でも驚きながら、それでも連れの言葉で並ぶ品名を眺める。
「これも美味しそう。でもでもこっちも……」
「じゃあ両方頼んで半分にしますか」
「もう、夢次様ったら」
もちろん冗談な話をしながら選んで注文する。
彼女と話しながらも時折仕切りの向こう側を見ていれば、突然彼女が立ち上がると後ろを振り向く。
「先程から何をそんなに気にしていらっしゃいますの?」
気分を害させてしまったと気付いてもすでに遅く、彼女は仕切りの向こうを見ている。
けれど彼女の反応は違った。
「あら、冬呀?」
「知り合いか?」
「ええ、腐れ縁ですの。あ、もしかして冬呀と一緒にいる方が夢次様のお知り合いですの?」
女性とはこんなにも頭が回るものなのかと内心感嘆しながら、「ただの同業者です」と答える。
「そんなに同業者の動向が気になりますの?」
何か鋭い質問に一瞬言葉がつまるも、肯定すれば彼女も別の話題を始めてくれた。
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「ねぇねぇ。あそこの美男美女、恋人かなぁ」
「絵になるよねぇ」
ご飯を食べ終え雑談をしていると、ふとそんな女の子たちの会話が耳に入る。彼も気になったらしく二人で顔を見合せながら、周囲の視線を辿る。
少し離れているがちょうど正面らしく、荒い目の仕切り越しに覗く。
「あ」
「あ」
声を上げたのは自分だけではなく彼もだった。
また顔を見合せる。
「もしかしてお知り合いですか?」
「腐れ縁です。彼はあなたのお知り合いで?」
「ええ」
同業者です、と付け加えれば納得したように頷く。
そしてまた仕切り越しに二人を見る。
皆が言うようにそれはまさにお似合いの二人。恋人と思われてもおかしくないほどに。
普段は見せることのない優しい微笑み。どんな話をしているかはわからないが、女性は楽しそうに笑っている。自分といる時は面白い話などしないのに。
「どうします?合流しますか?」
「え?」
思いがけない彼の言葉に思わず手を振る。だが途中で彼が知り合いの方と話したいのかもしれないと思い至り尋ねる。
「毎日っていうほど顔を合わせてるので用事というものはありませんが…」
「毎日、ですか」
家が近いのだろうかと首を捻る。
けれどそれには答えてはくれず、行きましょうかと手を差し伸べてくれるのでその手を借り立ち上がる。
すると目の前に例の二人組が立ち塞がった。
驚きで思考が停止する。
目の前に立つ夢次はどこか不機嫌そうに眉を寄せていた。
「目立ってますよ、黄蝶」
「お会計よろしくね」
「はいはい」
女性も女性だが、あっさり了承した彼が信じられなくて見上げればにっこりと笑う。
「いつものことですから」
「私のは……」
「女性に払わせるわけにはいきません」
「俺も自分の分は払う」
「お気になさらないでください。それより、黄蝶が何か失礼なことをしませんでしたか?」
「とくにはないが」
「そうですか。では会計して参ります。壺鈴様、少しお待ちください」
「すみません」
どうしても引き下がらないので任せることにする。あとで何かお礼をしなければと考えていると、女性がじっと見つめてくる。
整った顔立ちの綺麗な女性に見つめられると自然と後退したくなる。それは決して睨んでいるというわけではないのだが。
ところが女性は突然近寄ってくると、何を思ったのか抱きついてきた。
「な、なななな!?」
夢次も驚いた表情になる。そんなのはお構いなしに女性はやけに嬉しそうに話しかけてきた。
「初めまして、壺鈴ちゃん。冬呀がいつもお世話になっています」
「い、いえ。そんな。お世話になっているのはこちらの方で」
よくわからないまま社交辞令で返す。女性は黄蝶と名乗った。
じっと夢次を見る。彼はなんだ、といった様子でさらに眉を寄せ複雑な表情になる。
そこへ彼――冬呀が戻ってきたので四人で店を出た。




