仲が良いほど口は悪い
【師走】
「っくしゅん」
押さえたつもりが思わず漏れる声。
隣で同じように箒で掃いていた簪屋のおばさんに風邪かと心配された。
それはないはずと伝えれば、じゃあ噂でもされているんじゃないかと言う。
「壺鈴ちゃんは美人さんだからねぇ」
その言葉に向かいの金物屋のおじさんまでも加わり、なぜか自分の話題になる。
「うちのがもうちっと使えればなぁ」
「なんだったらお嫁さんに」
「いやはや、それは悪い。壺鈴ちゃんにはもうっと良い人がええよなぁ」
「そういえば梅納寺さんとこの息子さん…ええと」
「夢次殿ですか?」
「そうそう。最近よく一緒にいるとこ見かけるけど、実際」
「ついに男ができたのか!」
「そ、そんなんじゃありませんってば!」
ここでもそんな話か、と冷や汗が出る思いで必死に否定する。
なぜか近所のおばさんやおじさんが集まってきて、その話を続けるのでその場から逃げだそうと慌てて飛び出すと、何かにぶつかった。
そのまま前のめりに倒れそうになったとき、ふと強い力で腕を引っ張られる。
「朝から良い頭突きだったな」
皮肉たっぷりの声に顔を上げれば、なんというタイミングなのか夢次が立っていた。
「ゆ、夢次殿!?なんでこんなところに!」
「散歩していただけだ。そっちが勝手にぶつかってきたんだろ」
「ご、ごめんなさい」
もう何が何だかで、とりあえず頭を下げ謝る。
後ろから口笛らしき音がしてばっと振り返ると、皆一斉に立ち去って行った。
「なんだったんだ?」
一人、不思議そうというより迷惑そうに顔をしかめる夢次。
聞かせるわけにもいかないので慌てて話題を探す。
「ゆ、夢次殿はいつもこの時間に散歩されるのですか?」
「たまに。そっちは?」
「あ、店の前を掃除していただけです。お早いんですね」
「そうでもないと思うが」
たしかに考えてみれば、時間的にたいていの人は起きている。やってしまったと心の内で叫べば、後ろから助け舟がくる。
「朝から二人揃って……壺鈴、おはよう。おはようございます、夢次様」
「梅都殿、おはよう」
駆け寄ってきたのは幼馴染の梅都だった。
なぜか大量の蜜柑を抱えている。
「どうしたんですか、こんなに」
「ああ、ちっとな……それよりなんで二人ここに?」
「偶然会っただけだ」
「さいで」
なぜか夢次は疲れたように息を吐く。あまり突っ込まないあたり梅都には見当がついているのだろうか。
そういえば、と思い出したように梅都は話す。
「二人ともかなり噂になってるみたいで」
「は?」
「どんな噂ですか」
離れているが梅都の後ろで聞き耳を立てている簪屋のおばさんに、夢次も気付いたらしく眉を寄せるが、それでも止めなかった。
もしかして、と気が気でなかった。それでも気になって続きを促す。
「お似合いだって」
「どこがだ」
即答だった。そしてさらに深い溜息を吐くあたり、夢次らしいといえばそうなのかもしれない。向かいの金物屋のおじさんが「おやおや」と呟く声が聞こえた。
そもそもそんな話をここでするのがおかしい。場所を改めるべきと言いかけたとき、でもなぁとまた梅都はこりもなく言う。
「俺もお似合いだと思うんですが」
「何を基準にしてそんなことを言う」
つきあってられないという感じで夢次は立ち去ろうとしたが、なぜかおばさんがそこに入ってきて「あんたもそう思うかい」などと言い出す。
そして先程ではないがまた数人集まり、口々に似たようなことを言う。
「どういうことだ」
小声で夢次に聞かれるがこちらもよくわからない状態なので、苦笑いで返す。
そんなに彼と二人でいるところを見られていたとは思わず、世間の恐ろしさをひしひしと感じる。
どれも仕事に関してのことで私用ではないのだけれど。
おばさんが寄ってきて「壺鈴ちゃんはどんな人がいいんだい」と聞いてくる。
皆一斉にこちらを向くので逃げだしたくてたまらなかった。
どんな人、と聞かれても考えたことがなかったからすぐに返答できず沈黙が降りる。
焦れば焦るほど、思い出してはいけない記憶が脳をかすめる。
それをぐっとこらえ深く息を吸う。
「私は、簾桜家に来てくれる人を望みます」
振り払うように告げる。
すると今度は梅都が夢次に同じ質問をする。
「俺もこっちに嫁いでくれる方がいい」
その言葉に辺りは「そうだいねぇ」と納得したように自然と解散した。
ほっと息を吐く。
「そんなに心配ならおまえが簾桜家に入ればいいんじゃないか? 染め師と両立して」
二人はまだ話を続けていたらしく、けれど夢次の方が優勢のようだった。その顔に彼らしい意地の悪い笑みが浮かんでいる。
それを見てやっと落ち着く。
「梅都殿は友人としては良いですが、それはちょっと……」
「さりげなく酷いこと言うのな、壺鈴」
「簾桜家の者として答えたまでです」
梅都のうなだれた姿がおかしくて笑うと、同じように夢次も笑う。
すると梅都は「やっぱりお似合いだぜ」とまるで捨て台詞のように吐き、元気よく走り去って行った。
「大丈夫か」
なぜか夢次に顔を覗きこまれる。なんのことかと首を捻ると、不自然な呼吸をしていたと言われ思わず驚いてしまう。
「俺しか気付いていないと思う」
人が心配する点を次々と言い当てる彼に、もう全て見透かされているのではと少し距離を取って「大丈夫です」と告げる。
彼は「そうか」と言うと、そっと頭に触れてきた。
何をされるのかと軽く身構えると、優しく撫でられた。
数回そうするとそのまま去って行く。
その背を見送り、よくわからないまま店の中へ入った。
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「おはようございます」
大きな屋敷の門をくぐると、庭先で見知った人がいたので少し大きめで声をかける。
離れていたが届いたらしく、いつもの穏やかな笑顔で駆け寄ってくると挨拶を返してくれる。
「寒いでしょう。どうぞ中へ」
優しく誘導してくれる彼は仕入先の息子で、体調の優れないという父の代わりに仕事の話はたいてい彼が受けていた。
話しやすく融通も利かせてくれ、大変助かっている。
「そういえば例の新作できあがりましたよ。ご覧になります?」
「宜しければ」
そうしてできあがったという新しい反物を見せてもらったり、世間話を交えながら用件を片づけているといつの間にかお昼になっていた。
「よかったら一緒にご飯どうですか?」
その言葉に一瞬止まる。今朝のできごとが脳裏をよぎり、また噂になったらと考えると言葉に詰まる。
「ご迷惑でしたら……」
「い、いえ。喜んで」
「よかった」
断る理由はないので笑顔で答えれば、彼も笑顔になる。
「良いお店があるんですよ。あ、嫌いな食べ物とかは?」
「とくにないので大丈夫ですよ」
「女性の方にしては珍しいですね」
「よく言われます」
二人で好きなものや苦手なもの、様々な話をする。彼は話し上手で、話題が尽きることがない。夢次とだったらいつも口喧嘩のような調子になってしまうのに。
頭の片隅でそんなことを考えてはっと我に返る。
なぜ彼と夢次を比較するようなことを考えたのか、心の内で不思議に思いながら彼のおすすめだというお店へ入った。




