第三十四話 手のかかる子
「ラーメン行きましょ」
「肉でしょ」
「寿司がいいのじゃ」
記憶喪失の少女を抱えながらも腹は減ったままでそれぞれが食べたいものを言う。悠江と叶未はラーメンと肉を主張するがそこに少女が寿司を主張する。
少女の顔立ちはどこか外国人のようであるが、寿司が好きであるのだろうか。
三者三様に好きなものを述べて意見を通そうとするがそう簡単にはいかないようだ。
結局再びじゃんけんの流れになる。いつかの打ち上げ時もこうして揉めたような気もしなくはないが、恒例行事なのだろうか。最初はグーと三人で手を出し合って、勝敗を決する。
決まったのは。
「満足じゃったぞ」
満面の笑みで寿司を堪能したらしい少女。
叶未も悠江もなんだかんだ色々とネタを食べて満足気にしている。ただし、支払いを行った時二人の顔は引きつっていたが。
「叶未さんだけならまだしも、この子まであんなに食うなんて」
「私並みに食べる人初めて見たかも」
あれもこれもと注文しては、口に寿司を詰め込んでいく少女に二人は内心驚愕していた。
目の前で職人が握る、いわゆる『回らない』寿司であったために店の店主が握ってくれていたのだが、休む暇が一切なかったようだ。
叶未も相当な量を喰らっていたのだが、勢いで言えば少女の方が勝っていたほどである。
デザートに和菓子をいただくことができたが、その時も当然一つでは収まらなかった。叶未も日常的に多く食すが、それなりに高給取りの彼女らの懐事情であれば支払いは問題なかった。
けれど、単純に大食いが二人に増えてしまったからか払えない額ではなくとも金額に目が飛び出た。
二人の先を先導している少女は機嫌よく歩きながら会計のことなど気にもしていないようだ。
「この体のどこに入っていったのやら」
呆れたように呟く悠江に叶未はなんとなしに答える。
「私と同じで異線に使うエネルギーが人より多いのかもね」
叶未は能力使用時のエネルギー消費が激しいことに加え、戦闘時の動きも身体能力を大きく活用したものであるからか依頼を終えると特に空腹が強くなる。
その結果普段からも大食いになった。
この少女が同じ理屈なら、叶未のように戦って体力を消耗しているとは考えにくい。子供なりに普通に遊んだりスポーツをしたりしてエネルギーを使うことはあり得るだろうが。
だとすれば、少女の持つ能力が強力なものであることが容易に想像できる。
そしてそれは、財布事情に頭を悩ませていた二人の頭にも浮かんでいた。
「珍しい異線持ちってことかもッスね。叶未さんレベルの消耗具合は珍しいッスけど、それでもいない話じゃないでしょ」
「そうだね。強力な能力は探せば割といるからね」
「なら、なんで難しい顔してるんスか?」
改札に向かいながら、悠江は叶未に問いかける。
「あの子、さっき寿司屋に入った時子供とは思えない風格だったよ。しかも店主を値踏みするみたいな視線を送ってた。今はそんなに大物だと思わせるような気配はないけど」
記憶を失っているのなら、無意識下で行っていたことになる。叶未は前を歩く少女が只者ではないことを危惧し始めていた。
「天空の国の住人だとしてあの子の親とか相当地位が高いんじゃないかな」
「だとしたら、安全に配慮して届けないと国際問題になりかねないッスね」
爆弾を抱えこんでしまったといった面持ちで悠江は両手で顔を覆う。
「何をしておる。早よう行くぞ」
切符を買っていないのに改札を通ろうとしているので慌てて二人は止める。
「切符買わないと通っちゃダメッス…ってそうか記憶失くしてるのか」
「そうであったか。では買ってくれ」
「どうせ所持金なんてないだろうから、こっちで買うつもりッスけど偉そうッスね」
「妾は偉いぞ」
「ん?記憶戻ったの?」
唐突に自分の身分に関することを口にしたので思わず聞く叶未。
「いや、なぜそう思ったのか…わからぬがそうであった気がする。そんなあやふやなものじゃ」
少女自身もよく分かっていなさそうな感触で記憶の手がかりは掴み損ねたが、悠江と叶未はただの妄想の類が現実味を帯びてきて辟易する。天空の国のお偉い方の関係者かもしれないということに。
切符を買って少女に渡すと、二人は交通系ICカードで通り少女は切符を入れて通る。
少女はまるで初めての出来事のように目を輝かせている。
電車に乗って少女を挟んで三人で座ると、彼女はまたしても周囲をきょろきょろと見渡している。
「人が多く乗っておるのぉ。しかし、空調が効いておるおかげで暑くはないのじゃ」
天空の国の住人と確定したわけではないが、確率が高いと睨んでいた二人はそこには電車もないのだろうかと疑問に思う。
飛空艇は高度な技術が使われており、嵐に見舞われても無事に切り抜けることが可能であるという。
他にも移動手段や各種娯楽施設に用いられている技術も高いものばかりとなっている。
そこまで発展していて電車がないなんてことはあるのだろうかと二人は考えた。
「電車、見たことないの?」
叶未は我慢できず聞いてしまう。
「さてな。少なくともこれほど多くの人間と同乗するのは初めてのことじゃ」
なにか言い回しに引っ掛かりを覚えるが、それ以上は追及しなかった。
国軍横浜支部の最寄り駅に到着すると、悠江は早速どこかに電話を掛ける。
「あーはい、そうです。着きましたんで、よろしくお願いします」
「案内人の人?」
「そうッス。休みの日に呼び出して心苦しいんスけど」
「案内人とはなんぞや?」
「知らなくていいことッス」
この少女が天空の国の住人でもそうでなくとも自分たちの正体を明かすわけにはいかないと考えていた悠江。叶未も同様で、口にしてしまってからハッとした。
「とにかく、一旦君は預かってもらうッス。宿舎の管理人さんに」
「ここから近いのか?」
「近くはないッスね。けど、運転手さん呼んでるんでその人に送ってもらうッス」
「仕事に同行してはダメか?」
「色々と機密もあるんスよ」
「むむ、まぁ仕方あるまい。車はどこじゃ」
駅前に出るとどこに車が来ているのかと周りを見渡す。
「近くの駐車場に停めてあるそうッス」
「そうか、では行くか」
場所も分かっていないのに前を歩く少女に溜め息を吐きながら、道案内する悠江。叶未は支部が近いこともあり、神経を尖らせて敵組織がいないかどうか気配を探り続けている。
軍人に被害を出したような組織なら、この辺りに張っていても不思議ではないからだ。
結局何事もなく、駐車場に到着して影守隊専属の運転手が乗る黒い車に少女を乗せる。
「じゃあ、お願いしますッス」
強面の男性は無言で一つ頷くと、車を出発させる。
「行きましょうか」
「そうだね」
支部に向けて再び移動し始める二人。
バスに乗って支部の前まで到着すると、案内人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
迎えてくれたのは、短髪の軍の制服を着た青年だった。
案内人とは、全国各地の国軍支部に必ず一人はいる影守隊へ情報や様々な事情を教える軍人である。
軍上層部と政府高官から、特別な閲覧権限を与えられており限られた人間しか見ることのできない機密情報以外ならほとんどの情報を入手できる。
最も、それは影守隊の人間が依頼を行う際に協力をする時でしかあらゆる情報の閲覧権はなく、基本的には一般的な軍人と同じであり、多くは事務職に就いている。
目の前の彼もまた普段は事務作業をしており、支部内でも目立たない存在である。
「どうもッス、休日に呼び出してしまってすみません」
「いえ、同僚にも被害が出ておりますから。微力ながらお力になれればと」
少し身体が強張った彼からは怒りも感じられた。
「でも、支部にまで来る必要あったの?」
「封武の欠片と思わしきものを保管しているのですが、生憎持ち出すことはできず足を運んでいただきました」
案内人が軽く頭を下げて答える。
「それでは私に付いてきてください」
そういうと彼は前を歩いて二人を案内する。
支部の中は訓練場や兵器を収容する倉庫も備え付けられている。
支部の建物そのものは武骨な長方形の建物で、あまり魅力的な場所とは言い難かった。正面から広い敷地を経由して大きく迂回しながら裏口に着くと、案内人が地面に手をかざして地下への丸い扉が開かれる。先には梯子が続いており、案内人が先に行くと続いて二人も降りる。
「ここに資料と証拠を運んでおります。すぐに元の場所に戻さなくてはなりませんのでお急ぎを」
棚がいくつも並び、そこには段ボールが無造作に置かれており中には書類が束になって入れられていた。
薄暗い電球の下には机が一つあり、その上にはポリ袋に入れられた封武の欠片が置かれていた。
「叶未さん、早速分析お願いするッス」
「おっけー」
そう言って、叶未は人差し指に指輪を嵌めながら封武を取り出して触れる。
「改良版は生物の要素も解析してくれるからある程度なにか分かるはずだよ」
鎧南との戦闘以降に相手が生物だと何もわからないのは改めて不便だと感じて、解析程度はできるように注文した叶未。
「さて、なにが出るかな」




