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63 ワルツの調べに乗って


 大広間へ入った瞬間、エステルは息を呑んだ。


(クラウド様……なんて神々しい……!)


 ほとんど装飾品のないトレンメル城の大広間。大理石と豪奢なシャンデリア、緋色の絨毯だけのその空間。

 そこに、あたかもひとつの装飾品かのように、クラウドが佇んでいた。


 黒と金を基調としたシンプルな夜会服を軍服風にアレンジした衣装で、クラウドの長身と軍人らしい体躯、銀色の髪を最大限に引き立てている。

 控えめに要所に入れられた淡い紫色はクラウドの瞳の色であり、エステルのラベンダー色のドレスともよく似合っていた。


 まるで軍神のような凛々しい姿にエステルが見惚れていると、クラウドが振り返りった。


「エステル……」


 それ以上言葉が出てこない。

 妖精エルフの姫ようなその姿に、クラウドはゆっくり近付いた。


 目の前に立ったクラウドが、じっとエステルを見つめる。

 その紫色の双眸が柔らかに和んだ。


「きれいだ、エステル」


 包みこむような声音に、エステルは頬が熱くなる。

「あ、りがとう、ございます」

 そう言うのが精いっぱいで。


す、とクラウドが手を差し出した。


「行こう。ダンスの予行練習だそうだ」

「は、はい」


 エステルはクラウドの大きな手のひらに自分の手を重ねた。


 二人が大広間の中央まで歩くと、静かにワルツが流れ出す。


(どうしよう、緊張して思うように動けない……!)


 慣れないヒールの靴を履いていることもあり、練習中のような足運びができない。

 焦っていると、クラウドが耳元でささやいた。


「だいじょうぶ。力を抜いて。俺に任せて」

 見上げれば端麗な顔が額のすぐ上で笑んでいる。

 軽く頷いたクラウドに応えるように、エステルはできるだけ力を抜いてクラウドに身を任せた。


 瞬間、ふわり、と身体が楽になるのがわかった。


 まるで自分が音楽の一部になったかのように軽やかに身体が動く。

 楽しい、とエステルは思った。ダンスというのは、こんなに心躍るものなのか。


(クラウド様のおかげだわ)


 クラウドのリードは完璧で、エステルがステップを踏み外してもそれをなかったかのようにカバーする。しっかりとエステルの手や肩を握り、背を支え、エステルが次の動きをしやすいように導いてくれる。


(ああ、こうしてクラウド様にずっと導かれていきたい……)


 夢心地でエステルは思う。


(ずっとこの時が続けばいいのに)


 クラウドに寄り添い、クラウドが苦しんでいるときは支え、喜びのときは共に分かち合って。季節を、年月を、一緒に渡っていきたい。


(わたし、こんなにもクラウド様のことを大事に想っていたんだわ……)


 今さら気付いたことに胸がしめつけられる。

 ただの優しい夫、契約結婚の相手ではなく、クラウドを一人の男性としてこんなにも大切に想っているのだ。


 けれど、別れのときは近い。

 それを思うとエステルは切なくて心乱れた。


 そんなエステルをリードしつつ、クラウドは内心首を傾げる。


(緊張は解けたように見えるが)

 素直に身を任せてくれたエステルが愛おしい。そしてエステルのダンスの上手さに驚く。アグネスやアベルから聞いていたが、練習量だけでは補えない天性の才能がエステルにはある。一緒に踊っているとそれがよくわかった。


(だが……)


 エステルの手からは甘い想いが伝わってくる。クラウドを少なからず男として見てくれているのだと感じる。赤く染まった頬も、見つめ返す瞳も、すべてがクラウドに向いていると感じる。


 それなのに。

 なぜエステルはこんなに悲しそうなのだ?


 エステルの揺れる瞳を見つめていると胸がしめつけられるように痛い。

(この痛さにエステルも苛まれているのだろうか)

 そう思うと、エステルを支える手に思わず力が入る。


 エステルとクラウドは互いに見つめ合い、言葉もなくワルツの調べに身を任せた。




 その様子を端で見ているメイドたちはもう溜息しか出ない。

「お美しいわねえ」

「ほんと」


 うっとりと見物するメイドたちの中で、アンもまた目を輝かせてうっとりしていた。

「エステル様の美しさはもう女神級だわ! 尊すぎるっ……それを独り占めできるクラウド様が羨ましいけどこちらも目眩がするくらい素敵すぎてもう心臓がヤバすぎる!!」

 萌えに萌えて悶えていたアンが、ふと首を傾げる。


「でも、お二人を見てると、なんだか鬼気迫るくらい切なくなるんだけど……なんでだろう???」




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