ヒロインの手掛かり
「ふぅ・・・とりあえず一段落か・・・」
疲れたように息を吐く遥。側には先程アッシェ・ベルタに斬られて血まみれの男・・・ジルと、アッシェ・ベルタ本人が横たわっている。アッシェがジルを殺すとは思わなかったので、どうしようかと思ったが・・・まあ、別に助ける義理はないので放置しておくことにした。
アッシェ・ベルタに転生した異世界人としての人格は遥が消したので、今のアッシェ・ベルタは多分、本来のアッシェ・ベルタなのか・・・はたまた、器を消したので空っぽになってほとんど死んだようなものかもしれないが、厄介なものは消せたのでとりあえず大丈夫だろう。
「さて・・・使用人に見つかる前に退散しないといけないけど・・・その前に少しだけ調べるか」
遥が現在いるのは、アッシェ・ベルタの自室だ。ヒロインに対する情報があるかもしれないので遥は使用人に気づかれる前になるべく情報を集めようと部屋の中を探してみた。
とはいえ、アッシェ・ベルタの部屋は思ったよりも物が少ない・・・というか、生活感があまりないように思えるぐらいに最低限の家具と、道具が置いてあるくらいなのであまり調べる必要はないかもしれないが・・・
「うん?これは・・・」
本棚の裏を見た時に遥は裏に何かが挟まっているのを見つけて、奥にあるそれを手を伸ばして掴む。埃まみれのそれをパンパンとなんどか埃を払ってから見ると・・・日本語で書かれた日記のようなものに見えた。
中を数ページ読んでみると、最初は異世界転生に関する考察のようなものが書いてあった。そうとう興奮していたのが、文字から伝わってくるような強筆で書かれたそれを数ページ読んでいくが・・・途中からは、貴族の教育に関する辛いことを愚痴るような内容になっていた。
「まあ・・・チートがなくて、貴族の生活があわなければそうなるよな・・・」
ラノベのように転生してチートもなしに、貴族の生活に耐えられる人間というのは現代社会にどれくらいいるだろうか?貴族に対して楽なイメージを抱いている人ほど、実際に転生してみると、面倒なことと、辛いことの連続で心が折れるのは仕方ないだろう。
そうして辛いことを述べる文章が何ページも続いていたが・・・半分を過ぎた辺りからだろうか。具体的には学園に入ってからその文章は変わってきた。
ヒロインと出会ってから、アッシェ・ベルタの日記にはヒロインのことばかり書いてあった。
何日に、何を話したのか。今日は何回会ったのか。彼女の好物や、貢いだ宝石や服などについても事細かに書いてあった。
アッシェ・ベルタが出来る範囲で、アッシェは彼女にかなり入れ込んでいたことは理解できた。
いや・・・もはや、洗脳されているかのようにどっぷりはまっているのがわかった。
人格が変わるほどの異常な執着。恋をすると人間は変わるというが・・・どちらかといえば別人レベルの変化を遂げたように思えるアッシェ・ベルタ。そんな彼を変えたヒロインに遥は得体のしれない恐怖を抱いていた。
「やっぱり・・・男を魅力する系統の力か?」
一番理解できそうなのはその辺だ。目の前に倒れている二人や、ルナの元婚約者の王子などが、ヒロインに入れ込んでいるなら、そちらの線が高いだろう。
仮に万人の洗脳なら、ルナも洗脳されていて、普通にフェードアウトしていただろう。そうなっていないのと、シルベスターにおいて、同性からの支持が少ないという情報から導き出される回答は、異性を魅力・・・洗脳する力。
もちろん断定するには証拠が少ないが・・・前にジルの頭を覗いた時に感じたヒロインの雰囲気からするにその可能性は極めて高いだろう。
「まあ・・・とりあえずルナの邪魔になるなら消せばいいか」
電波系なヒロインだろうが、狡猾なヒロインだろうが、ルナを害そうとするなら容赦するつもりはなかった。元々、ルナが魔の森に追放された時からヒロインは遥にとっては敵なので、潰すことに躊躇いはなかった。
日記を閉じて、遥は部屋を後にした。これ以上は情報を得られそうにないのと・・・そろそろ誰かきそうな気配がしたからだ。
後に、アッシェ・ベルタがどうなったのは遥は知らないが・・・ベルタ公爵家に大きな出来事が起こったのは言うまでもないだろう。