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ずんずんと先を歩いて行く彼は、どこにも目をくれず、まっすぐ校舎西側一階の端に位置する、暗くて狭いトイレを目指していた。校舎内で教師に見つからない場所と言えば、もうここしか思いつかないからだ。特別教室が並ぶ西側は授業の時しか近寄らないし、しかも余ったスペースに無理やり作ったかのような狭いトイレは、掃除も行き届いておらず、光も入らず暗いために誰からも敬遠されている。
彼女たちは誰にもばれないように私に嫌がらせをしようとしていた。普段のストレスの発散のためかどうかは知らないが、いつの間にか私がターゲットにされている。そのうち飽きるだろうと放っておいたせいもあるだろうが、日が経つにつれどんどん嫌がらせはヒートアップしてきた。例えば、最初は教科書に落書きをされたり、呪いの手紙が机の中に入っていたり、上履きを黒の油性ペンで真っ黒にされたり、いじめにしては可愛いもんだったし、古典的で面白かった。それが最近では靴を捨てたり、教科書を引き裂いたり、画鋲を入れてみたり、体操着を穴だらけにしたり、一番堪えたのはカバンの中身が裏庭の池のコイのえさにされた時だ。コイだって迷惑だし、私だって迷惑だ。
それでも碌な友達がいない私には、頼れる人も、かばってくれる人も、相談に乗ってくれる人もいなかった。
学校を休むことも考えたが、それだけは絶対に嫌だった。無駄にプライドが高いせいで、休むことで負けを認めるのが嫌で仕方なかったのだ。どこかの大先生は、『助けてと声をあげることも、時には逃げることも勇気のある素晴らしい行動であり、自分の身を守る手段だ。』なんて言っていた。
その言葉が、余計私に勇気もなくて自分の身も守れないどうしようもない奴というレッテルを張っているようで気分が悪かった。
そうっやってどんどん自分の殻に閉じこもって、一人になろうとして、自分のプライドを守り続けてきた。
そんな私のクソみたいな孤独感と独りよがりなプライドの殻を、目の前を歩くこの男は簡単にぶち壊してくれた。
「あ、あったよ。君の靴でしょ?これ。」
やっぱり靴は、西側のトイレにあった。ゴミ箱の中に投げ入れることも億劫だったのか、トイレの入り口に転がっていた真っ黒なローファーには傷一つなく、薄汚れた埃がまとわりついただけだった。
「傷もないし、靴の中も何もないかな。よかったね〜、これで帰れるよ。」
靴を渡してくれた彼は汚れた手を払ってから、再び私の手を取って歩き始めた。
「いつもこんなことされてるの?」
玄関に向かって歩いていく彼は、さっきとは違ってとてもゆっくり丁寧に歩いてくれている。私と同じ歩幅で、同じ息づかいで、私のパーソナルスペースに簡単に入り込んでくる。
「どうかな―」
けれどもやっぱり素直になれなくて、私はあいまいな返事を返してしまう。このままではだめだと頭の中で警告が鳴り続ける。やっと手を差し伸べてくれる人が現れたのに、いつだってそのチャンスをつぶしているのは私自身だ。
(勇気を振り絞れ、私!!)
―まだ夜は明けない
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