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 ガチャ


 手に伝わる冷たい金属の感覚に体を強張らせながらも、僕はグッと体で押し込みながらドアを開けた。ドアを開けると、ビュッと風が僕にぶつかって来た。僕は思わず、顔を背けたが夕日に照らされた道を歩み始めた。初めて触れる、コンクリートの地面。一歩、一歩進む度に底が薄いスリッパから伝わるカツカツとした痛みが足の裏を刺激する。風景、音、匂い、肌の感覚、味、僕の五感のすべてが新鮮だった。僕は今、いつも寝ている白い壁に囲まれた病室から抜け出し、果てしなく続き先が見えない大きな色とりどりの壁に囲まれた外にいた。


「探したぞ、春子」


 洗濯された白いシーツが周りに、はためくなか、春子は長く伸びた黒い髪の毛をなびかせながら風に当たっていた。


「まさか、この病院に屋上があるなんて知らなかった。春子はこのことを知っていたのか?」


 春子は聞こえてないのか僕の問いかけに答えようとはしない。ずっと、僕に背中を見せたまま風に当たっている。僕は手に持っていたタオルを春子めがけて投げ込んだ。タオルは風にヒラヒラと舞いながら、春子の顔に巻き付く。


「ちょっと、何よ!」


 春子は自分の顔に巻き付いたタオルをうっとうしそうに剥がし投げ捨てようとしたが、何かに気付いた春子は僕が投げたタオルをじっと見つめている。


「昨日、春子が僕にぶつけてきたタオルだよ。そのタオル、リハビリ室のとき僕の上に掛かっていたものと一緒だった。ありがとう、春子」


 僕は春子に聞いてほしくて、さっきより大きな声で話した。


「そんなこと言うために、わざわざここまで来たの? もう、分かったから病室帰りなよ。風邪ひくよ」


 春子は僕を言葉では気遣いながら笑顔を浮かべているが、どこか表情が引きつっている。


「春子も、それは一緒だろ。春子に話したいこともあるし、病室に戻らないか?」


 僕は春子に手を差し向けた。しかし、春子は僕の方を向いただけで、僕の手を取ろうとはしない。


「話? 明久は私に死んでほしいのでしょ? そんなこと思っている人と話すことなんて何もないよ」


 春子は僕を突き放すかのように、横に首を二三度軽く振った。


「違う! あの時は…… 」


「違う? 何が違うの! 明久も心のなかで、私を馬鹿にしていた! 私の夢を応援する振りだけして、本当は…… 明久は私を勝手に死ねと思っていたのよ!」


 春子は苦しそうに最後の言葉を振り絞った。春子は僕の目から見ても分かるぐらい震えていた。両ひざに手をのせて、なんとか体を支えている。


「春子…… 」


 もう、僕のもう一つの不治の病は限界だった。


『勝手に夢でも叶えて、死んでしまえ!』

『勝手に夢でも叶えて、死んでしまえ!』

『勝手に夢でも叶えて、死んでしまえ!』


 春子の苦しむ姿を見ると、何回ものことがあの時の事が体全体をめぐった。僕も苦しかった。呼吸は乱れ、頭はふらふらする。春子から目を離し、ここから逃げ出せばきっと体は楽になるはずなのに、リハビリ室のときのようにもう一つの不治の病が僕の体を春子に進めた。


「こっちに来ないで!」


 春子は僕が一歩進む度にその分、後ずさりした。それでも、僕はゆっくりと春子に近づいた。


 ズ、ズ、ズ、ズ…… ガシャン!


 春子が周囲に囲まれた柵に体をぶつけた。春子はそれでも、僕から離れようと体を柵にぶつけながら足を後ろに動かした。僕と春子の距離が縮まってくる。そして、僕の目の前に春子の顔が来るぐらいまで僕と春子は近づいた。


「いや…… 来ないで…… 明久なんて、嫌いよ。明久なんて、死ねばいぃ……」


「僕は春子に死んでほしくない」


「嘘よ。あの時、死ねって言った……」


「言った。けれど、僕の本音ではない」


「どうして…… そんなこと分かるのよ!」


「だって、本音であんなこと言う人は今の僕見たいな顔はしないから」


 僕の言葉に春子は目を見開いた。僕、自身今、自分がどんな顔をしているなんて分からない。けれど、どうにかして僕は春子にあの時の自分の言葉は本音ではないと、伝えたかった。


「何よ、それ…… 明久、自分の顔を鏡で見てきた? 今のあなたの顔ひどいわよ。眉なんかしわができるくらい寄って、目も垂れ下がって、今にも涙があふれてきそうよ。下唇なんて上唇に隠れて見えない…… ど、どうして、そんなにも悲しそうな顔をしているの……」


「悲しいからだよ…… あの時のことを思い出す度にこんな顔になる。春子が悲しむ姿を見る度に、自分の本音を言いたくなる」


 春子の両手が僕の顔を包み込むかのように、そっと僕の頬辺り伸びてきた。


「だったら、明久。私に聞かせてほしい。あなたの本音を……」


 僕は一度、瞬きより深く数秒目を瞑った。そして、目を開き、春子を見た。


「僕は君に生きてほしい。僕よりも長く、生きてずっと僕の傍に居てほしい」


「それって、私に夢を諦めろ、ってこと?」


 顔が近いためか、僕は春子の目つきが厳しくなるのがすぐに分かった。


「違う。夢を叶えるのは僕が死んでからということだよ」


「なにそれ…… だめよ。明久は私の夢が実現するまで死んではだめ。明久が生きる意味は私を生かして私の夢を叶えることよ」


「僕の生きる意味……」


「そう…… 誓える?」


「—― 誓える」


「では、誓いの……」


 ―― あぁ、誓いのキスか……


 僕は春子の唇を塞ぐように自分の唇を合わせて、キスをした。それは、実際に短い時間だったかもしれないが、誓いが深くなるように僕は春子の体を両手でしっかりと支えて深いキスをした。


「ば、ばか…… な、なにしているのよ!」


 僕が春子から唇を離すとなぜか、春子の顔がやけに赤い。熱でもあるのだろうか? いや、それにしてはいくらなんでも赤過ぎる。まるで、ゆで上がったタコのようだ。


「誓いのって言ったら、キスだろ?」


「違うわー!!」


 僕はこの後、ゆでダコみたいな赤色になる強烈なビンタを右頬に受けたのであった。

 

 外は夕日がすっかりと沈み、頭上にはきれいな一等星が輝いていた。もし、お母さんが居れば『もう、遅いから帰って来なさい』っていうかもしれない。


 ―― もう遅いからと……





















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