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「明久君、最後の質問どういう意味?」
誰もいなくなるはずだった診療室に木下が僕を引き留めた。電気も消されて、日除けのブラインドから微かに漏れ出した日差しの光が今、二人きりのこの部屋を照らしていた。
「別に、深い意味はないですよ。それとも、死にかけた人間が体の事を心配して何かおかしいですか?」
僕は木下の質問に顔色一つ変えずに、平然と返した。
「犯しくはないわ。普段なら、私だってなんとも思わないわよ。けど、あなたはそんな人じゃない…… 明久君、春子さんと何かあった?」
木下の目にはもう涙はなかったが、木下の目は悲しげに僕を見つめていた。
「ハハハ…… 木下さんには隠し事できないな。はい、そうですね…… 僕は春子を傷つけてしまいました。たぶん、もう…… どうしようもなくズタズタに」
「—― そう。何があったの?」
それから、僕は昨夜に春子と何があったのか木下に話し始めた。僕が話している間、木下は僕を責めようともせず、ただ静かに耳を傾けて聞いてくれた。時折、僕が木下を見ると、『聞いているよ』と僕に伝えるためか、やさしく目を合わせてきてくれた。そして、最後に僕が春子に言ってしまった言葉を伝えた。
『勝手に夢でも叶えて、死んでしまえ!』
その言葉に、木下の顔は歪んだ。木下は感情を抑えるためか、口を手で覆った。けれど、それでも抑えきれない感情が木下の目からあふれた。僕はそんな木下を見て、口を止めたが木下は首を横に振り僕に話の続きを促した。木下は結局、最後まで僕の話を黙って聞いてくれた。
「ありがとう…… 話してくれて」
木下は鼻をすすっている。声は涙声ではっきりしていない。
「いえ、すみません。変な気分にさせちゃって…… 僕、最低ですよね」
「—― 最低ね。でも、明久君の本音ではない」
木下はきっぱりと言い切った。目はまだ充血しているが、木下の瞳は何かを確信しているのか、どこにもぶれずに僕を見つめている。
「どうして、そんなこと分かるのですか? 僕、自身さえも分からないのですよ!あの時、僕は変でした。熱があるわけでもないのに、体が熱くて頭がカッカッして春子と言い合いが続くと更に熱くなるし…… これは僕の病気ですか!」
「違うわ。それはあなたの怒りよ」
「怒り? 僕が…… 春子に? 今までそんな事一度もなかった!」
「それは、今まであなたが人と深く関わらず、ただ流されるままに生きてきたからよ」
「—― っつ。だとしても、僕の怒りってことは…… あの言葉は僕の本音でしょ!」
「それは違うわ」
「何が…… 違うのですか。僕は春子を傷つけた…… 最低な男で…… 自分の言葉も分からない、ダメ人間。これのどこが違うのですか!」
僕は木下に喰いかかる勢いだった。血が沸騰して体が熱い。頭が、カッカッとしてきてのぼせたようにボーとする。
―― やばい、また僕は……
そう思ったとき、僕の体は引っ張られ木下の胸元に飛び込んでいた。
「大丈夫…… 落ち着いて」
僕の頭にふさふさと優しい感触が伝わる。この感触は知っていた、お母さんのと同じだ。木下の胸から心音が伝わる。ドクドクと生々しい音が僕の乱れた心音と同調して僕を落ち着かせた。
「大丈夫よ。本音でそんなこと言う人は、今のあなたのよう顔はしませんよ」
木下は頭を撫でながら、お母さんが子供に絵本を読み聞かせるようにやさしく僕に語り掛けた。
「僕、どうすれば……」
「しっかり、春子さんともう一度話しなさい。もちろん、謝ることも忘れずにね。あと、春子さんに会う前に、その顔は直していくのよ」
木下が僕を自分の体から放すと、僕の目の辺りをこすってきた。
「わ、分かってるよ! 春子には絶対言わないでね!」
僕は木下の手を振り払うと、服の袖でゴシゴシとこび付いた汚れを落とすかのように強く拭き取った。
「それと、木下さん……」
「ん?」
「あ…… あり」
「あり?」
「あり…… ありがと!」
ポカーンと口を開ける木下を前に、僕は木下に素早くそして、深く一礼して勢いよく診療室を出た。廊下に跳び出ると、夕日が窓から差し込んでいた。ずっと続くオレンジ色の道先に僕は微かな光を見えた気がした。




