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ピッ、ピッ、ピピピピ
「三十…… 七・五度ね。今日はいつもよりも体温が高いわね。どこか気分が悪いの、春子さん?」
木下が温度計のメモリを読みながら、春子の額に手を当てている。春子ははだけた服を手で肩まで戻している。
「だ、大丈夫。す…… 少し気分がすぐれないだけです」
春子は笑顔を作っているものの笑顔を作ったあと、何かを考え込むようにベッドへ横になった。
「そ、そぅ…… もし、これ以上ひどくなるようだったらナースコールでも押して私をすぐに呼ぶのよ」
「は、はい……」
木下は春子の体を気遣いつつもそれ以上深追いをせずに、病室から出て行った。ドアが閉まるとともに、再び訪れる静寂の空間。つい数か月前までは、これが普通で僕自身も当たり前のようにこの静寂を受け入れていた。しかし、今ではこの静寂が僕の肌にチクチクとした刺激をもたらす、受け入れがたいものになっていた。
ガサ、ガサ、
僕はベッドの中で寝返りを打ちながら、ひたすらこの刺激に耐えていた。春子もゴソゴソと布団を何度も布団を被り直していた。そんな二人の物音が、この静寂な空間に不協和音を奏でてか、僕のチクチクとし肌の刺激は痛さを増していった。
「明久君、ご両親がお見えになりました。診療室へ、お通りください」
木下とは、別の看護師が僕を呼びに来た。
―― あぁ、今日は中間報告の日だったか
今日は丁度僕の余命の半分が過ぎた所だった。そして、その余命の半分が過ぎたときに治療の中間報告が医師から親同伴のもと、僕に告げられることになっていた。僕は看護師の付き添いのもと診療室に向かった。ベッドから病室に出る間も春子はベッドに寝たままだった。
取手がついたドアを左に流す。部屋に入ると、今日はお母さんだけではなくお父さんも病院に来ていた。医師の傍には、資料のような紙を片手に木下が立っていたた。
「明久くん、ここに座って」
木下が僕を丸い椅子へと誘導した。そして、僕の後ろにはお母さん、お父さんが左右に分かれて付いた。二人とも言葉を発さずただ、黙って僕の肩に手を置いた。医師が木下から資料を受け取ると、僕らの方に体を向けてきた。
「明久君、最近の体の調子はどう?」
丸いレンズ越しに顔にしわが寄った医師が僕に聞いてきた。
「うーん…… 普通かな」
僕は木下を横目で見ながら、よく分からず答えた。一般的に体調が悪いとされている、発熱、吐き気、咳なんていうものは、僕にとっては日常茶飯事の出来事にしか過ぎないため、自分の中での健康の良し悪しという基準はないに等しかった。
「先生、最近の明久君は体温、血圧とも安定しております。日頃の生活においても食欲はあり、時々薬の作用で吐き気を催すことがありますがこの時点での明久君の体調は良好と言っていいでしょう」
木下が僕の目線に気付いてか医師に補足の説明をした。
「へぇー、ほー…… なるほどね」
医師が資料と木下の情報を照らし合わせている。その間、僕たちはただ医師の
答えを待つしかなかった。
「そ、それであきちゃ、明久の容態は……」
お母さんが医師の答えを待ち切れず、口を開いた。お母さんは緊張しているのか僕の肩にグッとした重さが掛かる。
「そうですね……」
医師はまだ考えがまとまらないのか資料のほうから目を離さない。
「先生、何か他に必要な資料はいりますか? 必要でしたら、もってきますが」
木下も医師の答えを催促するかのように医師に語りかけた。
「いや、大丈夫……」
医師は木下を、手を上げて制した後、見ていた資料をトントンと揃え机の上に置くと僕達の方を見た。
「お母さん、お父さん、そして明久君喜んでください。明久君の治療は予想よりも順調ですよ」
今まで難しい顔をしていた医師の丸レンズの奥から初めて笑顔が見えた。
「本当ですか!」
僕の後ろにいたお父さんが僕よりも前に勢いのあまり乗り出してきた。お母さんは腰が抜けたのか地面に座り込み、口をパクパクさせ放心状態になっていた。
「よ、よかった。本当に……よかった」
木下は今にでも泣きそうな顔をして目を潤わしていた。
―― 順調なんだ…… 僕はまだ死なないのか
「それでね、明久君。これからも薬の摂取で体の健康を整えながら、明久君が生きていける道を探していこう。お父さん、お母さんもこれからも明久君を支えてくださいね!」
「はい!」
お母さん、お父さんが僕の背中を押すような迷いのない返事をした。僕は二人の顔を見るために見上げた。二人とも笑顔で、僕に気付いて更に笑った。
死は悲しみしか生まない。僕の最後の結果も死だろう。きっと、それは二人も知っている。けれど、二人は今、笑っている
―― 二人には、僕の未来はどのように見えているのだろう。僕にはよく見えないや…… だから今は笑っておこう。
僕は二人の笑顔に同調するかのように笑顔を返した。
「じゃ、それではこれで……」
「あのーすみません。一つ聞いていいですか?」
僕は医師にどうしても一つ聞いておきたいことがあった。
「ん? なんだね」
「僕の肺という臓器は健康ですか?」
医師が再び、資料をペラペラとめくり一枚の写真を取り出した。その写真は僕のレントゲ写真だった。医師は目を細めて、僕のレントゲン写真をまじまじと見つめる。
「君の病気は別に肺に影響するものじゃないからね。今は、運動があまりできないから小さな肺だけど、元気になって運動をすればすぐに年齢相応の肺にもどるよ」
「そうですか。ありがとうございました」
「明久君、治療頑張ってね」
僕は医師に一礼した。医師は手を振りながら、白衣をはためかせて裏へと帰っていった。お母さんも、お父さんも僕の良い結果を家族のみんなに知らせるために足早に診療室を出て行った。僕の報告会では珍しい、めでたい報告会になり僕の中間報告は終わった…… はずだった……
「明久君、最後の質問どういう意味?」




