第62話 祝杯
それはまさに奇跡だった。
いや。
呪い・・なのか。
関白の口元が、
ゆっくりと吊り上がったかと思うと、
その顔に刻まれていた深い皺が、
みるみる肌と同化していった。
たるんでいた皮膚が引き締まり、
頬の線が鋭く持ち上がった。
鷲鼻の輪郭が際立ち、
血色の良かった唇は、
さらに生々しい赤みを帯びた。
白く長い髪がパラパラと抜け落ち、
同時に根元から黒い髪が生えてきた。
やや曲がっていた背中が
パキパキという音を立てて
真っ直ぐに伸び、
全身を包み込んでいた黒緑の羽織が
内側から蠢くようにもぞもぞと波打った。
そこに立っていたのは、
もはや老人ではなかった。
「どうだ?
懐かしいだろ?」
関白がゆっくりと口を開いた。
私はそんな関白を呆然と見つめていた。
「・・本当に・・若返ったのね」
「フフフ。
力がみなぎってくるようだ。
京花。
今夜はお前を満足させられるぞ」
私は関白から視線をそらして、
小さく溜息を吐いた。
「・・それより。
どこか異常はない?」
「ん?
何ともないが。
それがどうした?」
「う、ううん。
それならいいんだけど。
『時は金なり』の件もあるから・・」
「フフフ。
呪物は言霊を現したもの。
『棚から牡丹餅』は
思いがけない幸運、
労せずして良い物を得ること、
を意味する諺だ。
何も心配することはない。
それよりも。
祝杯をあげるぞ。
酒を持ってこい」
関白がにやりと口元を歪めた。
そのねっとりと纏わりつくような
視線から逃げるように、
私はキッチンへ向かった。
棚から1本の赤ワインを選んで、
栓を抜いた。
私はグラスにワインを注ぎながら、
ソファーに座って足を組んでいる関白を
盗み見た。
関白は旨そうに煙草を燻らせていた。
「どうした?」
関白の声で私は我に返った。
軽く頭を振り、
グラスを手に関白のもとへ戻った。
私は無言で、
左手のワイングラスを差し出した。
「源之介のことは残念だった」
関白がグラスを揺らした。
私は彼の対面に座った。
関白が私の方を見てグラスを掲げた。
「源之介の死を悼み、
そして
本来の俺の姿を取り戻したことに」
私は躊躇いながらグラスを合わせた。
チリンッ
甲高い音が鳴った。
「乾杯」
関白がグラスを呷った。
私もそれに続いた。




