第53話 一文字との出会い④
静まり返った店内に、
氷の触れ合う乾いた音だけが
微かに響いていた。
ふいにドアが開き、
僅かに外の空気が流れ込んできた。
その気配に遅れて、
男が1人、
入ってきた。
「・・若返りの秘宝。
失った時を取り戻す禁忌の遺物。
それが・・。
関白が探している呪物です」
「なるほど。
莫大な財産を手に入れて改めて、
失った時間の価値に気付いた、
というわけか」
一文字が「ククク」と笑った。
私はグラスで唇を湿らせてから、
大きく息を吸い込んだ。
「・・あなたの提案を受け入れます。
ですが。
条件があります」
「条件だと?」
一文字が眉をひそめた。
「あなたと契約するのは、
あくまでも私です。
あなたは関白には接触しないで下さい。
報酬については。
私が関白から受け取って、
責任を持ってお支払いします。
それが守れるのであれば、
契約に応じます」
「・・いいだろう。
契約成立だ。
当然。
この契約を破り、
報酬が支払われなかった場合、
それは嘘を吐いたことと同義だ。
つまり。
舌を抜かれることになるが、
それでも構わないんだな?」
「目的の呪物を見つけ出せれば。
10億円程度のお金を
関白が渋ることはありません」
「ククク。
流石だな。
ところで。
これは好奇心で聞くんだが。
御堂の財産だが。
一体どういう形で
保管されてるんだ?」
私はそれに答える代わりに、
カウンターにいる坊主頭の男性へ
向かって手を挙げた。
「ニューヨークを1杯、
お願いします」
「マスター。
俺にはテキーラをショットで」
私の声に被せるように、
一文字も注文した。
坊主頭の男性はにこりと微笑み、
大きく頷いた。
しばらくして。
結女がグラスを運んできた。
彼女が空のグラスを下げるのを
見届けてから私は口を開いた。
「関白は・・疑り深い性格で、
銀行には日常の生活で必要な最低限の
金額しか入金していないはずです。
残りの財産については、
私も源之介もわかりません」
「まさか。
すべて現金で保管してるのか?」
一文字が目を丸くした。
「あるいは。
宝石や金などの貴金属でしょうか。
関白は各地に別荘を所有しています。
私が知っているのは、
そのうちの3か所だけです」
「なるほど。
恋人にも秘密ってわけか。
随分と用心深い性格だな」
一文字は笑うと、
手の甲に塩を置いてそっと舐めた。
それからショットグラスを一気に呷って、
ライムを齧った。
「それで。
御堂が探している呪物に関して、
何か手掛かりはあるのか?」
私はグラスに口をつけた。
ウイスキーの芳醇なコクと
ライムの酸味、
そしてシロップの甘みが
絶妙に調和して口の中に広がった。
「呪物が昔から語り継がれている言霊を
具現化した物であるとすれば。
その形が手掛かりになるはずです。
失ったモノを取り戻す
ということから考えると。
そうですね。
例えば。
『覆水盆に返らず』とか・・」
「なるほど。
ところで。
京花ちゃんの持っている呪物は
何だい?」
一文字の目が鋭く光った。
「・・私は所持していません。
呪物の恐ろしさは
十分理解しているつもりですから。
それと。
その呼び方はやめて下さい」
「つれないな。
俺は美人とは仲良くしたいんだが」
ふいに男の目の奥に妖しげな色が滲んだ。
私は思わず視線をそらした。
「そんな目で見ないで下さい・・」
私は一文字に気付かれないように
そっと息を吐き出した。
アルコールは判断を鈍らせる。
「今、俺とヤりたいと思っただろ?」
「な、何を言ってるんですか!
わ、私は・・」
私が口を開こうとした瞬間、
一文字が手でそれを制した。
「気を付けた方がいい。
その言葉。
偽りなら・・死ぬぜ」
私は咄嗟に続く言葉を呑み込んだ。
「もう一度聞くぜ。
一瞬でも。
俺に抱かれたいと思っただろ?」
一文字が真っ直ぐ私を見ていた。
どくん。
心臓が跳ねた。
私は大きく息を吸った。
それからこくんと唾を飲み込んだ。
そして。
躊躇いがちに頷いた。
「ククク。
続きは場所を変えて話そうか」
そう言って一文字は立ち上がった。
「どうした?
行くぞ、京花」
一文字がじっと私を見下ろしていた。
私はグラスを一気に呷った。




