化け物
「おいおい、こんなんで本当に大丈夫なのか?」
「夜盗とか来たら一発アウトだろうね……」
未来の勇者であるグレンがいるというシータ村へやってきたはいいものの、やってきた俺達はその田舎っぷりに圧倒されていた。
しかしこうやって衛兵の姿も見えなけりゃあ、遠くからだと人の姿すらぽつぽつとしか見えないぞ。
肝心の防衛設備も外側にぐるりと木の柵が巡らされているだけ……吹けば飛ぶような防衛能力しかないぞ。
「ふううううううううっ!!」
「わっ、ちょっとマスキュラー!!」
試しに身体強化を使って全力で息を吐いたら、柵が物理的に吹き飛んでいってしまった。
よ、弱ぇ……元の場所に戻して土をガチガチに圧縮して、強度を上げておくことにしよう。
それでも応急処置にしかならないだろうが。
「こんなの野性のイノシシとか来たら終わりな気がするんだが……」
「田舎ってそういうもんなのかもね」
「たしかに、よくよく考えたらウィスクも野性の生き物とかほとんどいないもんな」
この世界には魔物が出現するが、何も至る所に魔物が出現しまくるほどに難易度ヘルモードってわけじゃない。
当然ながら魔物が出ることがない平和な地域も存在しているし、こういう牧歌的な村も田舎ではそう珍しくはないのだろう。
(原作ファンとしては色々と見て回りたいところだが……それより何より、先に着替えてぇな。譲ってくれないだろうか)
グレンが育った地と考えると色々と興味深くはあるのだが、何せ背中からスプラッシュマウンテンされてミリアのかぐわしきかほり(精一杯の婉曲表現)のするシャツから一刻も早く着替えてしまいたい。
「ふんふん、ふふーん」
グロッキーだったミリアも息を吸っているうちに調子が戻ってきたようで、元気に腕を振りながら歩いている。
うん、元気が一番だ。俺の背中にスプラッシュしなければ最高だった。
「とりあえず民家探して交渉しよう。まず準備するのは宿と着替えだな」
「そうだね! ……あ! マスキュラー、もしよければ私の服着てく?」
「いいのか?」
一刻も早く着替えたかった俺は、その提案に即座に乗ることにした。
その時の俺はつい失念していたのだ、もしガタイのいい俺が小柄なミリアの服を着れば、どのような惨劇が起こるかということを……。
「ひ、ひいいいっ!」
「筋肉の化け物っ!?」
「ぷぷ……筋肉の化け物だって」
「ええそうです、私が筋肉の化け物です(ムキッ)」
腕の筋肉を隆起させながら、俺は心で泣いていた。
ミリアの着替えを着用した俺は現在、ボディコンじゃねぇかこれというレベルでぱっつぱつの女物の服を着ていた。
全身を締め付けられながら村の中を歩くゴリマッチョの姿がまともに見えるはずもなく……時折俺に挨拶をしてこようとした村人達も俺の姿を見て、ひえっと悲鳴を上げながら去っていった。
「うーん、ミスったな……いっそのこと交渉はミリアに任せるか」
「ご、ごめんね、服が私のサイズのしかなくて……」
「いや、逆に男物の着替えとか持ってた方がびっくりだろ」
やってきた新たな第一村人の姿が見えた瞬間、俺は魔力凝集を足に行い使い一瞬でその場から消えて家の影へと隠れた。
え、何人も出会ってるじゃないかって?
いいんだよ皆逃げ散っていったんだから。実質これがファーストコンタクトだ。
「あのー、すみません」
「あらー、えらいべっぴんさんねぇ。どうしたの、何かお困りごとかしら?」
ちょっとふくよかな感じの女性は見た目が完全にいたいけな美少女であるミリアにあっという間に心を許し、着替えと宿を用意してくれることになった。
さ、先ほどまでの俺の苦労は一体……。
「実は同行者も一人いるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「あら、たしかに女の子一人の旅は危ないもんねぇ。ええ大丈夫よ、どこにいるのかしら?」
「大丈夫だって、マスキュラー!」
「おうっ」
「き、筋肉の化け物ッ!?」
「どうも、筋肉の化け物です(涙を流しながら自己紹介)」
俺は涙をちょちょぎれさせながら、おうちにお邪魔させてもらうことになるのだった……。
♢♢♢
無事宿を取った俺達は、情報収集をしてグレンの家に向かうことにした。
「マスキュラーはこんなところに、何しに来たの? そのグレンって人に用があるってことだよね?」
ミリアからすれば、王都をひたすら東に進んで行った先にあるクソ田舎にわざわざ人を訪ねにくるのが不思議でならないらしい。
どこまで説明したもんか迷ったが……俺はミリアのことを信頼している。
別に話しても構わないだろう。
「ん、まあそうだな」
「それは……何かお願いしに来たってこと?」
「いや、グレンはまだ子供だ。お願いというよりは……経過観察、的な?」
「なぜ疑問形?」
「理由は何個もあるからだな」
自分がここにグレンを見に来た一番の理由は、グレンの経過観察。
『ルモア・ファンタジア』の物語は彼、グレンを起点として始まる。
魔王軍の動きが妙なことも考慮した上で、彼の無事を確認したいって気持ちが強いな。
会ってどうするかまでは細かく決めてない。
まあゲームでは俺に当てられた役目は残念なことにポーション投げ担当大臣だが、幸いに今の俺は魔王軍幹部をぶん殴って倒せるくらいには強い。
多分まだゲーム開始前のこの時点だとほとんど魔法も使えないはずだから、自衛ができる程度には鍛えてやるのもいいと思っている。
だがまあそれはそれとして第二の理由として、やっぱり原作ファンとしてグレンを一度生で見たいという気持ちは強い。
居る場所がわかってて行った方がいい理由があるんなら、そりゃ原作ファンとして行かないわけにはいかないよなぁ!?
シータ村行くの、行くの日和ってる奴いる!?(つい先日まで日和ってた)
「いわば聖地巡礼みたいなもんだな」
「聖地……? 聖地って教国の大聖堂のこととかじゃないの?」
「俺にとってはここが聖地なんだよ」
「変わった聖地だねぇ」
俺は言われた通りにグレンがいる家へとやってきていた。
さすが田舎なことはあり村の中のプライベートはDX化がまったく進んでいない中小企業のごとくガバガバであった。
「ここがグレンの生家か……」
俺はなんとなく、両手を擦って拝んでしまった。
前世日本人の記憶が、気付けば二礼二拍手一礼という規則正しいビートを刻んでいた。
癖になってんだ……参拝すんの(日本人の鑑)。
「え、嘘……マスキュラーにとっての聖地ってここのことなの!?」
驚いているミリアを置き去りにし、俺は家のドアをノックをした。
パワー系ではあるが力の加減ができないわけではないので、無論グーパンでドアを壊したりするようなことはない。
「はーい……」
ドアを開いて現れたのは、一人の美魔女。
サブヒロインの一人(と一部の熱狂的なファンが言い続けてる普通のサブキャラ)であるグレンの母、シズカさんじゃないか!
グレンを育ててもなおその体型と美貌を維持するシズカにバブみを感じた者達は多く、家に帰ってきて会話をするだけにもかかわらず人気投票では上位二十位には常に食い込んでくる人気ぶり。
『ルモア・ファンタジア』のブースでシズカ同人誌を作る同人作家達は面構えが違うというのは、即売会に行くオタク達の中では有名な話だ。
ちなみに俺は彼女のことは普通に好きだが、さすがにそこまで常軌を逸した好意を抱いてはいない。
普通にかわいいお母さんだな、と思うくらいである。
「あらやだ、おばさんにそんなこと言っても何も出ませんよ」
「くっ……その謙虚さが、素晴らしいんですよ! 偉い人にはそれがわからんのです!」
「マスキュラー、急にどうしたの!?」
おっといけない。
あふれ出る母性にやられ、ついバブみ男子になりかけてしまった。
「す、すみません、マスキュラーと言います。実はグレン君の……」
とそこまで言って俺は気付いた。
……やべぇ、向こう側が納得できるような説明をまったく用意してないぞ。
どうする、どうすんのよ、俺。
うおおおおお、唸れ俺の灰色の脳細胞ゥゥゥゥゥッ!!
「俺は……グ、グレン君の噂を聞いてやってきました!」
「グレンの……噂?」
「はい、なんでも将来有望な若者がこのシータ村にはいると! 将来有望な若者に手ほどきをすることを至上の喜びとしている俺からすれば見逃すことができなかったので、こうして足を運んだ次第です」
「あらあら、それはまあご丁寧に」
「なんでこんなむちゃくちゃな理由で説得できるの……(驚愕)」
後ろでがびーんとしているミリアに、俺はふふんとどや顔をしながら胸を張った。
どうだ、やっぱり世の中はここだよ、ここ(頭トントン)。
「でもごめんなさい、グレンは今うちにいなくって……多分広場の辺りで遊んでるんじゃないかしら」
「わかりました、またお邪魔させていただきます!」
俺が礼儀正しくグレン家を後にして意気揚々と歩き出すと、なぜか後ろにいるミリアがこちらをジト目で覗いてきた。
「マスキュラーって、ああいうのが好きなの?」
「……いや、まあ好きではあるな、うん」
「なるほど、やはり胸囲か、胸囲が足りないのか……」
ブツブツ言いながら下を向く彼女の頭を撫でてやりながら、広場へ向かう。
するとそこにはお目当ての人物であるグレンと……その幼なじみでありメインヒロインの一人でもある、ナージャの姿があった。
「ナージャ……僕が君を守るよ、何があっても」
「グレン……」
グレンの言葉に、ナージャが頬を赤くしながら俯く。
二人の間には、猛烈なアオハルの気配が漂っていた。
「――リア充爆発しろ!」
「急にどうしたの!? なんかこの村入ってからおかしいよ、マスキュラー!?」




