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【第七話】悪役令嬢は求婚される



第一王子リオンのミネへの贈り物は、あの夜会でのミネの装いを、更に品質を上げて幅広く展開させた感じになっていた。

これまで原色に近い色ばかりを好んでいたミネに、両親が与えたプレ・デビュタントの衣装は白に近い卯の花色。

これは本来のデビュタントが純白でなくてはならない“しきたり”に倣ったもので、白に近い淡い色が王家より指定されていたため。

去年の第一王子リオンも、今年の第二王子レオンも、白菫(しろすみれ)色の燕尾服だった。


そのせいか、リオンから贈られたドレスや小物が悉く淡い色合いだったことで、侍女たちの顔色が青褪めていく。

侍女頭のラオシュゥ夫人から報告を受けたマオ公爵夫人は、愛娘のミネに現状を告げると、少し困ったように眉を下げた。


「貴女の好みではないかもしれないけれど、第一王子殿下からのお気持ちですからね」


「ええ、お母さま、分かっております。それにわたくし、昨夜のお衣装を着てみて改めて、淡いお色も好きになりましたの。新しいお洋服は淡いお色のものをお願いしようと考えていたところでしたから、わたくしの気持ちが届いたみたいで嬉しいですわ」


そもそもこれがリオンの嗜好なのだろう。

彼が望むなら、どんな色にでも染まりたい。

そう思って、ミネは自嘲した。


結局そうなのだ。


ミネはリオンに対して、盲目的になりすぎる。

何度生まれ変わっても、何度酷い扱いを受けても、それを変えることはできなかった。


「そう…、ええ、そうね。良かったわ」


夫人はほっと胸を撫で下ろす。


「ミネも随分お姉さんになったわね」


淑女として、その歳では有り得ないほどの落ち着きと思考。

十八歳までの経験を十回も繰り返したのだから当然ではあるのだが、そこから先の経験はまだないため、幾つになっても夫人から見れば子どもには違いない。

ふふ――と微笑んで、夫人は優しくミネの頭を撫でた。


「ああ、そうだわ。この様子だと、今日の内にも第一王子殿下がお見えになるかもしれないわね」


「え?」


「だからミネ、頂いたものの中から見繕って、すぐに身に着けることができるように準備をしておきなさい。貴方たちにも、宜しくお願いするわね」


夫人が侍女たちにぱちりとウインクをすると、「はい!」と元気の良い返事が返ってくる。

先程までの悲痛な表情が嘘のようだ。


言われるままに準備をしていると、夫人の予想通り、父親のマオ公爵の帰宅と共に第一王子が訪れるとの先触れが届いた。

頂いたものの中から、リオンの瞳の色味を薄めたような勿忘草色(わすれなぐさいろ)のドレスを纏い、月白の靴下と靴を履く。

瑠璃紺のリボンを刺し色に使えば、少しきりりとした印象になった。

アクセサリーをごてごて着けるのは品がない。

小花をイメージした小さな青玉(サファイア)のブローチを、襟元にひとつ着ける。


晩餐の少し前に、マオ公爵が帰宅した。

同じ馬車で訪れたリオンは、帰りは公爵の部下であるコウ伯爵に送って貰うらしい。

別の馬車で訪れたコウ伯爵が、リオン直属の侍従と、護衛の騎士と共にリオンの後ろに控えている。

出迎えた公爵夫人に挨拶をした後、リオンはミネの姿を見留めてこの世のものとは思えないほどの麗しさで破顔した。


「ミネ嬢!」


視線で右手を求められ、少し浮かせるとその甲に口付けを落とされる。

さすがに前回のように、跪いて掌に口付けることはなかったが、その美しい所作に公爵邸の使用人たちからは感嘆の溜息が漏れた。


「突然の訪問に、愛らしいいでたちで出迎えてくれて、魂が震えるようだよ」


瞳を潤ませるリオンに、ミネも感激して胸がいっぱいになる。


「素敵な贈り物をありがとうございます」


「気に入って貰えただろうか」


「ええ、とても!わたくしが欲していた遥か上の逸品を贈って頂き、余りの幸福感で涙が溢れそうでした」


決してお世辞ではない、心からの感想を素直に述べると、リオンも幸せそうに目を細めた。


「さあさあ、中にお入りくださいな。晩餐をご一緒頂けますでしょう?」


「ええ。お言葉に甘えて」


晩餐の用意が整うまで、応接室で寛いでもらうことになったリオンを、ミネが案内する。

室内に入ったリオンは、きりりと王子の顔になって公爵夫妻に向かい合った。


「公爵には城で国王から直接話があったのだが」


侍従から音もなく自然な動作でリオンに渡された書状には、国王の勅令が標されていた。


「シィツゥ国王の命により、ここに、ミネ=マオ公爵令嬢をリオン=シィツゥ第一王子の妃候補として内定する」


晴れ晴れとした表情で宣言を行ったリオンは、改めてミネに視線を落とし、右手をとる。

渋い顔の公爵と、微笑みが溢れる夫人の前で、リオンはまた跪いた。


「ミネ=マオ公爵令嬢。此度は私の一存で話を進めてしまった。貴女には妃教育など苦労をかけてしまうと思う。だが、私はこの国を担うに相応しい王になりたいし、貴女には傍で支えて貰いたい。貴女に愛を傾けて貰えるよう、私も尽力する。どうか、私と結婚して欲しい」


昨夜と同じくミネの掌を返して口付けたリオンは、視線を上げてミネの答えを待つ。


過去百年。

ミネとリオンの婚約は書面だけで締結した。

顔を合わせるのは建国記念の夜会のみ。

それも最初の登場の時だけで、ミネは放置されていた。

会話もなく、手紙の遣り取りもない。

ダンスを踊ったこともない。

当然、誕生日などの贈り物もなく、本来であれば夜会へは婚約者から送られるドレスで参加するのが常であるのに、ミネは自分で仕立てを依頼したドレスでしか参加できなかった。

靴も装飾品も全て自前。


求婚の言葉など、あろうはずもなかった。


期待に輝くリオンの瞳は、傷付いたミネの昏い闇を吸い込んでゆく。

この言葉を、待っていた。

百年、待っていた。

求められる言葉を、愛される幸せを、ミネは切望していた。


「…はい。不束者ですが、宜しくお願い致します」


王命だから仕方なくだとか、第一王子の求婚だからとか、そんな理由ではなく、心からミネが喜びを享受していることは誰の目にも明らかで。


リオンは立ち上がり、ミネを抱きあげてくるくる廻り。

公爵は諦めの苦笑でふたりを見詰め。

夫人はころころと微笑みを零し。

シャノワールは言葉を失って茫然としていた。


真っ赤になったミネは、リオンに抱きつきながら恥ずかしそうに顔を隠す。

けれどもそこから漏れ出る暖かな空気は、屋敷全体を幸福感で包み込んだ。


『良かったね、ミネ』


――ツウ様。ありがとうございます。


『吾は何もしていないからね。これは王子の真実たる言動だ。このまま維持できるかどうかは、そなたの頑張り次第だよ』


――はい。わたくしは今世こそ、この恋を実らせます。



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