【第八話】悪役令嬢は溺愛される
社交シーズンも始まったばかりということもあり、婚約披露は準備期間を考慮して、三ヶ月半後の“花まつり”の夜会で行われることとなった。
扁桃の花が満開になる次期で、寒さもやや落ち着く時期に入り、気持ちも華やかで明るくなる。
第一王子リオンから贈られた珊瑚色のドレスは、刺し色として甚三紅が用いられ、リボンと靴も同じ色合いで揃えられている。
リオンの髪と同じ向日葵色の装飾品が輝くミネは、幼いながらも気品ある淑女として申し分なかった。
王族と共に招待客からの祝辞を受けたミネは、次期王妃に相応しい笑みを返す。
文句のつけようのない淑女だった。
本来は、こうあるべきだったのにね――とミネは自嘲する。
夜会ということで、未成年のリオンとミネは最初の挨拶だけで辞し、翌日の午後に開かれる茶会で、同世代の令息令嬢に披露されることになった。
これにはリオンの側近候補、ミネの側近候補の見定めの意味もある。
年齢差一歳前後の、侯爵家以上の少年少女が招待され、今回は男子十名、女子十二名だった。
ここには第二王子のレオンも含まれる。
彼らは六人ずつのよっつのグループに別れて席に着き、ある程度の時間で席を移動してミネとリオンに挨拶をした。
全員と満遍なく話をするために、ミネとリオンのテーブルは席次を決めていない。
高位貴族だけが集まっていたため、半数以上が顔見知り。
最終的にはミネと仲の良い親戚筋のご令嬢たちが、その場に纏まった。
シャティグレ公爵令嬢、レオパール公爵令嬢、メラノレウカ侯爵令嬢の三名の令嬢たち。
そしてレオン。
シャティグレ=ラオフゥ公爵令嬢は、マオ公爵家の親戚にあたるラオフゥ公爵の娘で、ミネの従姉妹だ。
先日、この国の宰相を務めるリィ侯爵の嫡男、ブレロー=リィとの婚約が決まったと聞いている。
ミネとは“シャティ”“ミネ”と気軽に呼び合う仲だ。
向日葵色の髪を靡かせ、大きな扁桃型をした杜若色の瞳を持つシャティ。
これまでの百年で、最後までミネの気持ちに寄り添ってくれたのは、彼女だけだった。
「今季になってから夜会の後、使用人が“王宮のお料理を頂ける”とはしゃいでいましたの。あれ、ミネの案なのですってね」
シャティの言葉に、ミネは冷や汗をかく。
思わず、隣のテーブルにいるムートン=ヤン侯爵令息に目を遣った。
「ムートン=ヤン卿からお聞きしましたのよ。夜会の後の残ったお料理を、各家の使用人へのお土産にしてから、王宮の料理人の皆さまが喜んでいるって」
「へぇ。ミィがそう進言したのかい?」
婚約の締結から今日まで三ヶ月半の間に、リオンはミネとの距離をぐっと縮めていた。
最初は“ミネ嬢”だったのが、いつの間にか“ミネ”と呼び捨てになり、最終的に“誰とも被らない自分だけの愛称で呼びたい”と言い出し、“ミィ”に落ち着いた。
少し吊り目のミネを見て、“子猫みたいで可愛いから!”と言う。
今までの百年では、“悪魔のように吊り上がった恐ろしい眼”と言って、ラパンと共に蔑んでいたのに。
「廃棄してしまうのは、勿体ないですわね、とお話しただけなのですが…」
まさかそんなことになるとは、思いもしなかった。
建国記念の次の夜会で試しに実施され、好評を得たので継続化したのだ。
マオ家の使用人にも感謝された。
しかしその裏話がこうして広まってしまうとは。
恥ずかしくて目を伏せると、それすら愛おしいと言うように、リオンが微笑む。
砂糖を吐きそうなほど甘い――と周囲に思われているとは気付きもせず、ミネはぽうっと頬を染めた。
幼い女の子たちの話は多岐に渡る。
料理やお菓子の話、ドレスやアクセサリーの話、音楽や舞台の話、物語や勉強の話。
女の子の話ばかりで、男子のリオンとレオンは辛くないのかと心配すると、“令嬢たちの率直な意見は参考になる”と、ふたりとも瞳を輝かせていた。
心配することはないようだ。
「そういえばメラノ、例の方はその後どう?」
シャティの意味深長な突然の問いかけに、思わずそわそわする。
“例の方”という言い回しから、メラノレウカ=ターションマオ侯爵令嬢の婚約絡みの話かと、幼いながらも色めき立つ。
ミネの隣に座すリオンは、さすがにこのまま聞いていて良いものなのかと、レオンと共に少し思案を始めた。
「あ、皆さま、違いますのよ。あるご令嬢のお話ですの」
メラノの応えに、なぁんだと浮きかけた腰を落ち着ける令嬢たちを見て、リオンもレオンも苦笑する。
くすくすと笑みを零すシャティは、分かっていてこの話題を出したらしい。
「シャティグレさまのおかげで、大分落ち着いたようですわ」
「そう、良かった」
何があったのか興味津々な面々に、シャティが品を保ったままの口調で話した内容に、同席した令嬢たちは――リオンとレオンも含めて、額を押さえた。
建国記念の夜会から、今回の花まつりの夜会までの間に、いくつかの茶会があり、貴族の令嬢たちはある程度の交流をしていた。
上位貴族だけのものもあるし、爵位に関係なく歳が近く気の合う者同士のものもある。
ミネも数回参加したし、マオ家でも開催していた。
最初にメラノの家で開催した茶会に、呼ばれなかった男爵令嬢から手紙が届いた。
“どうして案内状をくれないの”
メラノの方が家の爵位は上だけれど、メラノの父親ターションマオ侯爵よりもその令嬢の父親である男爵の方が親ほど歳が上だったので、どうしたものかと父親に相談した。
侯爵からは“放っておけ”との言葉を貰ったが、その先も手紙は届き続けた。
“次のお茶会には行きたい”
“お茶会に行く時には一緒に連れて行って”
“どうして返事をくれないの”
弱ってしまったメラノは、幼い頃より懇意にしていたシャティに相談した。
シャティが父親に相談すると、シャティの父ラオフゥ公爵とメラノの父ターションマオ侯爵とその男爵は同門で、面識があるらしい。
公爵の案で、ターションマオ侯爵から直接男爵に苦情の書簡を認め、手紙を含めて令嬢からメラノへの接触をさせないよう申し渡した。
同時に、あまりにも礼儀作法がなっていないから、茶会も建国記念の夜会も、社交と名の付く場には全て、“淑女として認められるまで参加させるな”とも指示を出した。
そしてその淑女判定は、ラオフゥ公爵家の判定人を遣わすとも。
今のところ、全然、淑女教育は進んでいないという。
――ラパンの話よね…。
ツウの言う通り、これでは社交界で迷惑をかけ続けることになる。
ラパンが成長してまともになってくれることを、ミネは密かに願った。
「そもそもどうして、ターションマオ侯爵令嬢は、その令嬢をお茶会に呼ばなかったんだい?」
レオンの素朴な疑問に、メラノは眉を下げて答える。
「先程シャティグレさまが仰ったように、礼儀作法がなっていませんの。挨拶もできない、姿勢もなっていない、食べ方も…」
「ああ、あれは酷かったですわね」
昨年のプレ・デビュタントで見たというレオパール=バオ公爵令嬢が、眉根を寄せて言い募る。
「食器の音は立てる、口の周りは汚す、ぽろぽろと零す、もう見ていてこちらの食欲が失せるほどでしたわ」
「プレ・デビュタントですのに、みっつくらいの歳の子どもが紛れ込んだのかと思いましたのよ」
「そう…」
眉間に皺を寄せるリオンを見て、ミネは口惜しい気持ちになった。
婚約披露で楽しいはずのこの席で、ラパンの話などしたくない。
百年経ってせっかく掴んだ、リオンとの幸せな時間なのだ。
「この場にいない方の話など、あまりするものではありませんわ」
ミネの言葉に、全員がはっとする。
ミネとしては因縁のラパンの話などしたくなかっただけなのだけれど、彼女たちには“陰口、良くない!”と取られたようで。
なんて心優しい、聖女のような方なのだ――というような目で見られて居心地が悪くなる。
「それはそうと、ミネ。お気をつけなさいね」
「え?」
微妙な空気を察してか、そう言ったシャティに、ミネは驚きの目を向ける。
メラノが引き継いで言う話では。
「わたくしへの手紙の中で、どうも彼女が拘っていたのが、マオ令嬢のようなのです。何故か、“マオ家のお茶会に行きたい”という要望が多かったのですわ」
背筋がぞぉっとした。
ラパンの執着を感じる。
紫水晶の在処を、本能的に感じているのか、探ろうとしているのか。
これは何か、対策を練らなくてはならないかもしれない。
そこはかとない恐怖からくる震えを抑えるように、両腕を抱くようにすると、横からリオンが肩を抱いてくれた。
「大丈夫。私がミィを護るから」
リオンがミネを溺愛する様子は、八歳前後の令嬢たちが初めて目にするもので――自身の両親や兄姉よりも身近な年頃の男女として――理想のカップルとして社交界に拡められることとなった。
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