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【第三話】悪役令嬢はこの世界を識る

識る(しる)

見分ける、知識を得る、認識する、などの意味の表現。


Weblio辞書より



やや灰色みがかった薄い青紫色の光が、人を(かたど)る。

ミネの姿に良く似たそれは、しかし女にも男にも見えた。


『驚かせてしまったね』


(たお)やかな笑みを浮かべて、その少年だか少女だかは口を開く。

相変わらず声は耳を通さず、脳に直接響いていた。


「精霊、と?」


『ああ。(われ)迷いの森(シィミィスンイン)の精霊、ツゥスウェジンだ』


精霊は神の御使い。

二度名乗らせてしまった不敬を詫びて、最敬礼(カーテシー)をする。


『良い良い。吾はそなたの上に立とうとは思わぬ』


そ――とミネの頬に掌を添えたツゥスウェジンは、よく耐えた、と労いの言葉を口にした。

今までの百年を慮るように、ツゥスウェジンの手はミネを撫で続ける。


「ふ…ぅ…っ」


堪え切れない想いが、溢れるように涙となってミネの頬を濡らした。


何度も()いた。

何度も助けを請うた。

何度も呪詛を吐いた。


どうにもならなかった。

誰も分かってはくれなかったし、誰も助けてはくれなかった。


孤独の中で百年を過ごし、終わることのない絶望の中で、気が狂うことも許されず。

気が遠くなるほどの暗闇の中を、ただひたすら、真摯に歩み続けてきた。


幸せである瞬間は僅かだった。


「どうして…っ、どうしてわたくしが…っ」


こんな目に遭うのかと。

どこに答えがあるのかと。

分からないまま、諦めていた。


なのに。


『やっと、呪縛が解けたのだ』


真実を話そう――と、ツゥスウェジンが語った真実は、荒唐無稽なものだった。



この世界は、別の次元の世界にある、“乙女ゲーム”と呼ばれる物語の世界である。

乙女ゲーム【迷いの森のウサギちゃん】は、プレイヤーが主人公の少女になり、“迷いの森”で精霊の力を授かって、複数の男性との恋を成就させていく物語だ。

“僕の可愛いウサギちゃん”という鳥肌ものの台詞が謳い文句。

結末は決まっておらず、主人公の選択次第で物語が変わっていくというもの。

ツゥスウェジン曰く、この世界にいる主人公――ラパン=トウツ男爵令嬢は、第一王子リオン=シィツゥをメインの攻略対象とし、ゲームを進めているのだという。


ゲームは攻略対象が悪役令嬢との婚約を破棄し、主人公と結婚式を挙げるところで終幕(エンディング)を迎える。

だが、このラパンは特定の位置で出直し(リセット)を繰り返していた。


そう。

リオンがミネに婚約破棄を言い渡した瞬間だ。


そのせいで物語は終幕を迎えることなく、何度も同じ時間を繰り返す。

ラパンは何度も何度も、リオンを攻略する恋愛を楽しんでいたのだ。


「酷い…」


両手で顔を覆い、ミネは嗚咽を漏らす。

慟哭ともいえるその涙に、ツゥスウェジンも憐れむように言葉をかけた。


『酷遇されし子よ。創造主の強制力が働いて、今までそなたを助けることは許されなかった』


迷いの森の精霊は、紫水晶を手にした者だけを助ける制約がある。

ラパンがどれほど汚い行いをしても、彼女が望むならそれを助けなければならないのだ。

だからミネの扱いに胸を痛めても、どうすることもできなかった。


『だが、このゲームには裏コマンドがある』


ツゥスウェジンの声が力強いものになり、ミネは思わず顔を上げた。


『終幕を迎えずに同じ攻略対象を十回攻略して出直し(リセット)た場合、創造主の強制力が解けるのだ』


つまり、迷いの森の精霊が自由に動けるようになる。


『今までは、いつもあやつ(ラパン)紫水晶()に触れていた――まあそうせねばゲームが始まらぬからだが。だから今回は、そなたを先に導いたのだ』


「わたくしを?」


『そうだ。国王への挨拶は、そなたよりもあやつが後だ。毎回あやつは夜会を辞してからここへ来る。誰も吾の存在など知らぬからな。恐らく油断しているのであろう。だから先にそなたを招いたのだ』


人に触れられた紫水晶は、精霊ツゥスウェジンに姿を変え、元居た場所から移動ができる。

最初に触れた者と契約をして、常に行動を共にするのだ。


『あやつは吾をブローチとして身に着けておったが、そなたはどうする?』


言われて思い返してみれば、ラパンは大きな紫水晶のブローチを、見せびらかすかのようにいつも着けていた。

最初の夜会開始時にはなかったそれが、国王への挨拶が終わってリオンとダンスをした後からは、肌身離さず着けられていたのを思い出す。

“リオン様から貰ったの!”と自慢げに言っていたが、実際はツゥスウェジンから貰っていたのだ。


「精霊様は、彼女とも会話をなさっていたのですか?」


『堅苦しいのぉ。名前で呼べ』


「…つ…ツゥ…ス…ウェジン…様…?」


くすりと笑って、ツゥスウェジンは口調を軽いものに変えた。


『呼び難いよね。“ツウ”って呼べば良いよ』


突然の砕けた物言いに動転する。

精霊を愛称で呼ぶなどと、そんなことが許されるのだろうか。


「いえ…あの…」


『吾が良いと言ってるんだから、良いんだよ。口調も崩せば良いよ』


「口調は癖なので…」


十回も人生を繰り返しているミネは、大人から子どもへの急な意識降下(レベルダウン)が難しく、使用人にも丁寧に話し掛けるのが習癖だ。


『まぁ良いや。ええと、あやつと喋っていたか?否、あやつは応えを求めなかったからね。一方的に望みを言うだけだったよ』


「そうなのですか」


『そなたさえ良ければ、このように会話をすることはできるぞ』


「ありがとう存じます」


ミネにとっては嬉しい申し出だった。

家族にも婚約者にも言えない悩みや苦しみを、理解してくれる存在なのだ。

いつも傍にいてくれて話を聞いてくれる、それだけでミネの心は軽くなる。


『で?どうする?ブローチにする?』


紫水晶の加工をどうするかということだが。


恐らくラパンはここに来る。

紫水晶がなければ、誰かが手にしたと気付くだろう。

ミネが持っていることを知られるのは(まず)い気がする。


「あの…。わたくしが持っているということを、誰にも知られたくはないのです。隠し持つことはできますか?」


ふむ――と顎に手を遣って考え込むと、ツウはにやりと笑みを浮かべた。


『じゃあさ、コレはどう?』


ツウの掌にしゃらりと現れたのは、小さなロケット型のペンダント。

白金(プラチナ)素材の鎖と、楕円型の開閉式になっている小振りなチャーム。

そっと開くと、中央に三ミリほどの小さな紫水晶が埋め込まれていた。


『紫水晶の大きさは自由に変えられるよ。この上に肖像画でも嵌め込んで隠せば良い』


「まぁ、素敵!」


ツウはミネの首にふわりとペンダントをかけると、じっとその瞳を覗き込んだ。


『戻ろうか』


ぱちりと指を弾くと、さぁっと森の木々が霧のように消え、元居た瑠璃茉莉の前に戻る。

はっと振り向くと、兄のシャノワールが友人と語り合っている、先程と同じ光景が瞳に映った。


『迷いの森に入った時間に戻しておいたよ。あの者に、すぐに戻ると言っていただろう?』


「あ…ありがとうございます」


長い間、迷いの森にいたから、兄が心配しているだろうと思ったが、ツウが巧く時間を調整してくれたようだ。

来た時と同じく楚々とした足取りで会場に戻る。


壇上ではまだ侯爵家の面々が王族に礼をしているところだった。

伯爵家以下の貴族が挨拶できるのは、どれだけ先のことか。

リオンもレオンもまだ幼くて、表情を取り繕う技までは習得できていないのか、長丁場にうんざりした顔をしている。

最後尾のラパンは、うっとりとリオンを見詰めていた。


ツウの姿は契約をした人間にしか見えないらしい。

頭の中で念じるだけで、発声しなくても会話は成り立つそうだ。

隣に立つ美しいツウの存在を頼もしく思いつつ、ミネは兄の元へ戻っていった。



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