けいたろうは泣かなかった
二時間前に目が覚めた。しばらくこのままかとあきらめていたら、2回眠りに落ちた。これはあとの方である。
前の方の名残は何もなく、短かったように覚えている。デパートではなく、もどきのスーパーの幅広の階段を昇って上にきた。階段が使い込まれた赤に斑の入ったリノリウムだったのはようく覚えてる、きっとイチムラか長崎屋だったのだろう。コーヒーか何か飲み物を欲っしてうえに上がってきたのだ。したにはけいたろうとフミトが待っているのが分かっていたから、急いでそそくさと済ませようとしていた。子ども二人のためでなく、自分の喉を潤そうとやってきたのだ。だから、そぉーと、黙って、抜けてきた。自分ながらひどい父親だと思った。
泣き声がする。フミトの泣き声だ。階段の吹き抜けを通じてうえまでやってくる。したとうえの間は一つではないらしい。二つか三つ階をまたいで聞こえてくる。わたしは、したに向かって「此処、此処、すぐに戻るから」とだけ告げる。「ここ」ではなく此処と実のない返事をしたように思う。
飲み物は見つからず辺りをうろうろしていたら、けいたろうがフミトを負ぶって上がってきた。鼻水と涙でサランラップを巻いたフミトの顔といつもにも増してはち切れそうにパンパンのけいたろうの足首がとび込んだ来た。
「フミトが、すっごく泣くから」
それ以上言うなと、わたしは目を離してうつむいた。それを続けたら、半ベソが崩れそうなけいたろうの段々に縮んで震えてる太い足首を見ていたら、こっちが泣けてしまうじゃないか。やむにやまれぬ覚悟をもって一歳になったフミトを負ぶい一段一段登ってきたけいたろうの四歳にならない顔があとから順繰りやってくる。かずを数えることが出来ていたら、あと幾つ先が残っているのか一歩づつ登っていけばどれだけ残りが減っていくのか勘定できたら、少しは気の足しになったかしれん。
そんな身勝手な不憫が溢れてきた。
ポケットから一枚しかないティッシュを取り出してフミトの顔を拭いた。すぐに吸い取ってベタベタになったので、右手で拭ったいろいろを左手に擦り付ける。それをただじっと黙って見ているけいたろうは、自分の顔を拭いてくれるティッシュのないのを知って、最後まで泣かなかった。




