長くて高いポっとん便所
大型潜水艦を縦に伸ばしたような建物なのだと思う。硬いノブを廻すと、扉に抑えられ圧縮していた空気がその分だけ膨らみ、奥で醸しだしている臭いが漏れた。
臭い。いいものがくると思わなかったが、誰かのいたずらのような塗り固めた匂いが鼻の奥に入いる。いたずらだから、ダメージを与えるそんな手の込んだシロモノなどではない。
ウンチの臭いだ。より正確に例えれば、むかしうんちだったものの上に新しいうんちが少しづつ混ざり堆積していった角が取れ丸みを帯びたバランスある匂いだ。ひるまず中に入ると上も下もそうとうに長そうだ。大型潜水艦を縦に伸ばした建物だから、深い高いというよりも長いと形容した方が立ち位置にあう。中は半坪ほどの狭い真四角の間取りが上下に延々伸びていて、その中をジグザグ角を切った螺旋階段が繋ぐ。つきあたりの天井に灯りを灯しているらしく、ぼんやりしたものが鉄骨の網目を反射させて此処まで届いている。多分、上のもっと先の方でも下のもっと先の方でも、ノブを廻すと同じ臭いと同じ景色の中に入っていくのだろう。
鉄骨の網目でつくった階段の踊り場には真ん中に二十センチ四方の丸い穴が空いている。光がぼんやりでもこうして此処まで届くのは、鉄骨のおのおのが反射した光をこの拡に集めて下に落とし込んでいく仕掛けによるところが大きいと臭いに鼻をつまみながら勤めて冷静に分析してみた。
そんな長々と出し惜しみしなくても、此処がポっとん便所として使用されてることは一目瞭然である。ようく眺めると拡を素通りせずに失敗した瓦礫がふちのあちらこちら土塁のささくれのようにこびりついている。
いまは便意はないので、しゃがまず上へと昇ってみる。もとい、前へ進んでみるがぴったりしっくりする。灯りが近づくのが早いので、行き止まりは思ったより早いかもしれない。そんな風にひとりで完結するものと数えていたら、三つ先のドアが開いて小さな男の子の手を引いた若い母親と目が合った。
「失礼しました」といって彼女はすぐにバタンと扉をしめた。ほんとうは便意もないのにこうしてポっとん便所の中を徘徊している方がどれだけ失礼か。それに、二人のうち此処を使いたかったのが男の子のほうでなくあの若い母親だったとしたら、こんな古式ゆかしい便所にまで大掛かりな構造がなされた建物だもの、きちんと男女別々に分かれた仕様に相違あるまい。だとしたら、此処がどこかわからず侵入した私の方が間違って女性用にはいりこんでいる可能性の方が大きい。
こんな処まで来て、みずしらずのあんな若い母親に虚偽の恥をかかせてしまっての後悔に苛まれる。
そこで目が覚めた。鼻腔にはうんちの臭いが残っている。それに少し、あの楚々とした若い母親に期せずして近づいてっしまった隠微な匂いも混じっている。それで、これからもその記憶を残しておきたい劣情にかられ、忘れ得ぬよう記した次第である。




