30年目の終着
先の夢の続きだから、あちこち移り変わった感覚は尻のあたりにまだ残っている。
電車を乗り継いで彼女のいる街までやってきたのだ。
先に喫茶店で待ってる彼女には、久しぶりに此処まで行くのでせっかくだから再会しようと誘い出したふしがある。なにか重たい別れがあったわけではない。付き合うまでたどれずにデートを装ったやりとりが1年あっただけなのだ。これだけの時間を経なくても、わたしにとって彼女はそれだけの距離を保ち続けているひとだった。
それにひきかえ、わたしはいけない。
窓から覗くその顔を見つけたら、嗚咽が塊になって喉から零れそうになるのを懸命にこらえる。年甲斐もなく誘い出したりするんじゃなかった。時が戻ったのではなく、ずっと背中に張り付いたものの存在を見せつけられる想いがきた。
時間と距離で守られてた煽情が再び燃え出してる。それなのに、それをおくびにも出そうとしない分別がうっとうしい。
「ほんとうの齢よりもずっと若く見えてるんだから・・・・齢をとったんだから、もうそんな年寄りじみた格好なんかやめて、若い子が着てるようなのを身に付けてればいいのに」と、となりのアソさんが楽しそうに話に割り込んでくる。
彼女の連れがアソさんなので彼女は妻なのかといぶかった。付き合いたての若い頃のようにあつあつしたセミロングと大きな瞳で、対峙する視線をどぎまぎさせて離さない。彼女が誰か見定められないまま現実が入ってくる。わたしの中はこんなにも動き回っているのに、限られた中の邂逅なのに、彼女はうなずくばかりで、遠くにいるまま。煽情が分別を遠くに追いやろうとする。
「スウェーターだけどね、ピンクっぽいの持ってる。そんな派手なのじゃなくてサーモンピンクよりも濃くて深くて落ち着いた色のものを」
彼女を真っ直ぐに見ていられる時間が一秒でも長くいられるよう、わたしはそのスウェーターの形容詞を並べるように、彼女への思いを並べていく。
目立つような喧しさはないんだ・・・・・
見つけたくれた誰かに届くような
よそ見をしたらほかの落ち葉に隠されてしまうような
だから、一度でも瞬きしてしまったら、目の前からきえてしまう。
アソさんがトイレに立ったので、わたしは彼女にだけ向かって何でもいいから喋り続けた。化粧も直すだろうからあと10分はふたりだけの世界にいられる。それからのあと、背中に張り付いてる煽情だけを連れて、わたしはこの街を去るのだ。
喋りながら、わざと彼女の手の甲に触れた。わたしが喋り続けている間ずっと頬づえをついている左手の甲に右手の甲を合わせた。わざとするぎこちなさにもひるまず彼女は頬づえをついたままだった。わたしは彼女のすこし低い体温が移るまでその姿勢を貫き通して喋り続けた。「背中合わせみたいだね」と、何度も零しそうになった。途中でアソさんが戻ってきたけど、もうそれはどうでもいいことだった。
こうして体温をとどめようとしていることを彼女は受け入れてくれた。それがあれば30年の終着をわたしも受け入れられると思った。