親殺しから始まる異世界体験
「後ろ足が太いか……細ーく細ーく…いや、これじゃ頭がデカ過ぎるなぁ」
俺は今、彫刻家だ。
真っ白な怪物の彫像を思考制御を使い、削っては盛って、削っては盛ってを繰り返して造形を整えていく。
ついでに可動部位の力線配置も一緒だ。
学生の頃、美術の成績は良くも悪くもなかった俺だが、今日ここに至って人生で一番気合を入れてアート製作に取り組んでいた。
本気で作るのも当然、なんせこれがそのまま自分の半身となるのだから。
魔獣として。
ゆうに3時間かけて造形を決め、そこから更に2時間掛けて直色を終えた時には既に深夜帯だった。
「さぁて、最後にキャラビルド……名前しか書く欄がねぇ……」
おいおい、冗談抜きで名前しか決められないじゃねえか。普通こういうゲームって自分でパラメータを決めていくんじゃないのかよ。
……………ぅぅん???そういえば他のスタイル特性にステータスってあったなぁ。まさかあれかよぉ!?
うーーん、まぁ気にする事もないか、面倒臭い手間が省けたと思えばむしろプラス。
たかがゲーム、気負わずにポジティブに行こうや。
んで、名前。名前ねぇ…………
『ユーザーネーム KG で開始しますか?』
「おぅとも」
『同意を確認。Didの同期が済み次第ゲームを開始します』
いい加減に始めたいもんだぜ、なぁ?
『……同期完了。ユーザーネーム KG のニューゲームを開始します。
貴方の旅に幸あらん事を』
空間を区切る線の密度が増えていく。見渡す限りが白い線で埋まり始め、しまいには業務用の光源を直視したほどの眩さになっていく。
眩しさに思わず目を竦め、存在しない瞼をきつく閉じる。
いつのまにか身体に感覚が出来ていた。
さっきまでいた電子空間の、モヤのように曖昧なそれじゃない。
咥内に並ぶ牙が擦れる音、喉を震わし漏れる唸り声、肺を通る粘り気さえ感じられる空気、外皮を撫でる刺激の感触、その下で役目を全うせんと蠕動する筋肉、軋む骨の多重奏、荒々しい心臓の鼓動。
自分がこの世界に存在すると、否が応にも叩きつけてくる原始的な感覚だ。
薄目に見えるのは、繭だ。
蚕のように白い、それでいてどこか土色を帯びた大きな繭。
そして俺はその中で眠っていたらしい。
どうにかして繭玉の中に収めたかったのだろう、手足は無理矢理に折り畳まれてぎゅうぎゅうに収納されている。窮屈で仕方ない。
「種族昆虫に選択した覚えはねぇんだがなぁ…」
『ようこそ Combat March の世界へ。これから冒険を始める貴方に、ゲームシステムの説明を提供します。』
「うぉっ!?この声、ゲーム始めても出張ってくるのかよ」
そんなでしゃばりさんから諸々の説明を受ける俺、in繭玉。
さっきから外に出ようとしてるのに身体がうまく動かねえ。黙って聞いとけってことか。
ゲームシステムはありきたりな説明だった。
ログインログアウトがどーたらGMコールがどーたらチャットシステムがどーたら。ある意味驚きというか当然というか、げんなりしたのは、【スタイルPheglai】はチャットシステムが使えないという事だ。会話行為不可能という制限は思ったより厳密らしい。
まぁ外部アプリ使えばそんなの解決するがな!HAHAHA!!!
俺が使えるユーザー機能とやらは《ミニマップ》と《名称表示》だけだった。
ミニマップは自分周辺の地形を円形に表示してくれるすげえ奴、思考制御で視界表示へのonoffが可能だ!
そんでこのイカした相棒によると、どうもこの周辺は全部森らしい!限界まで縮小しても緑一色しか見えない!……なんだこのゴミわ。
名称表示は読んで字の通り、さっそく目の前の鬱陶しい繭に使ってみる。
・揺籠の生繭
不特定の樹木に寄生する粘糸生物。内部に幼生の魔獣を匿い、孵化までを保護する奇妙な生態から「揺籠」の名を冠する。
なんじゃい、このネバネバが今まで俺を育ててくれたのか。
……ヘヘッ、これがバブみって奴か。ありがとよママン!
『mission発生!』
「うぉっち」
急に出てくんなよ
『「巣立ちを迎えて」
・揺籠の生繭を食べて、初めての因子を獲得しよう!』
………。
ごめんねママン。
俺くっちゃくっちゃママの分までクッチャクッチャ強く生きるよ!ゲフッ
動くようになった手足を使って、母親の身体を引き裂いて喰い千切りながら俺は生まれ落ちた。
『称号獲得!「親殺しの魔獣」』