洞窟の薄明
美樹に反対する様子はなく、むしろ長く待っていた好機を得たような表情で祐に従って立ち上がった。二人とも、かばんは置いていくつもりである。それは、隆志をここへ連れてきて、ここで話を聞こうという考えだったからだ。
灯りもそのままに、固い戸を丁寧に押し開けて二人は南館の廊下を無言で歩いた。埃舞う廊下の匂いが、いつもよりもずっと鼻を突くように感じた祐は、軽く咳払いをして、呼吸を落ち着かせて渡り廊下までを進んだ。渡り廊下を越え、左折する。普段にはない時間帯に、普段にはない形相で歩く二人に、昼休みの全てを廊下で過ごすいわゆる『廊下隊』の生徒達は尚の事二人の関係についての疑問を強めた。だがもちろん、いつもですら気に留めない二人が、今そんな事に気付く筈はなかった。
階段を上る。そしてついに、三〇六教室へと辿り着いた。頷き合って、二人は教室の扉を軽く開いて、中へと入った。
「……いや、来ると思ってたで」
教室の後ろ側の戸から二人は入ったのだが、そのすぐ近くの空き椅子に腰掛けて、隆志は茶色のブックカバーを掛けられた文庫本を読んでいた。そして二人を認めると、その文庫本を閉じながら、立ち上がった。
「ほな、いこか」
「え?」
「部室や。そのつもりやろ?」
隆志は文庫本を自分のかばんへとしまうと、まだぼうっとしている二人をよそに立ち上がった。
部室の固いはずの戸は、隆志の手によって簡単に閉じられた。
「何から話そか」
明るい表情でそう言う顔に、敵意や害意は感じない。見回りの先生が部室に入ってきた時には相当に嫌な思いを得たものだが、隆志に対してはそれが感じられなかった。
「どうして、祐くんの事を、追い掛け回しているんですか?」
美樹が、祐が何かを言うより先に、そう尋ねた。
「そやなぁ。まぁ、話は長くなるんやけどな。それでもええか? いや、ほんま何か悪い意図がある訳やないんや」
「というと?」
「……これから話すのは、ほんまの話や。笑わんって約束してくれるか?」
静かに美樹が頷いたので、祐も同じようにして頷く。
「ほなら……。話は、去年の春まで戻るんやけどな」
隆志はゆっくりと、その準備を丹念にしていたかのように落ち着いて、話し始めた。